軍師
「ユレイア公爵家襲撃を調査させてはいるが、軍を大きく動かせられない」
ローゼルは片手を机に預け、重心を移動させた。
オスロから、ミュゼア帝国軍が進軍していると聞いているエミリーローズは、次の戦争の予感に表情が曇る。
デモアとハヴェイが和平になって、穏やかな生活になると思っていた。
ローゼルが伝えるのは、思いもしない言葉。
「逃亡したアマディ・ユレイアが、ミュゼア帝国にいるものと思われる」
「アマディ様が?」
ローゼルはエミリーローズの表情を見て、何も知らないと悟る。
ミュゼア帝国で急に台頭してきた軍師が、アマディとの情報が入っている。
王太子の覚えもめでたく、第2王子の腹心として仕えているという。
アマディは、以前からミュゼア帝国と通じていたのだろう。
そうでなければ、あの年で軍師の地位を得られまい。
後になって調べると、優秀な兄二人の影に隠れて目立たなかったが、アマディは卓越した才知と学園でも認められていた。
だからこそローゼルは思う。
アマディに行った拷問。あれがアマディに、祖国を捨てさせた一因ではないのか?
もっと安全に国を出る事も出来たはずなのに、アマディはこの国での自分の存在価値を欲していたのかもしれない。
だが、ユレイア公爵は拷問を許可した。アマディに価値を見いださなかったのだ。
ユレイア公爵家の襲撃では、元公爵とジルディークのみが狙われた。
ゲイルが王宮に詰めて屋敷にいなかったこともあるが。
元公爵婦人や抵抗しなかった使用人には傷ひとつなかった。
「レネ、いやエミリーローズ姫、
貴女が小隊を引き連れて来たのは正解だ。
今の我が国は、貴女の警備に人を割ける状態ではないからな」
メイナード王太子は、どこまで情報をつかんでいるのか。
危険になれば、王女を力づくでも連れ帰るよう指示されているのだろう。
戦禍の中を逃げるには、軍隊でなければ無理だと分かっていて付けているのだ。
もちろん、我が国を戦地などにはしない。
「侍女殿、よくこの国に来られた。
辛かったであろう?」
ローゼルがキャスリンとライアに声をかける。
二人は、深く礼を取ると顔をあげた。
「辛いと嘆いても、無くならないなら、姫様に付いていきます」
「そうか、少しでもこの国のいいところも知って欲しいものだ」
ゆっくりしていくがいい、と言い残してローゼルは部屋を出て行った。
「どうやら、私は招かざる客ということね」
それは分かっていたけど、最悪のタイミングだったとエミリーローズでも気が付く。
ミュゼア帝国の進軍で緊張状態にあるのだろう。
お茶を蒸す時間にアマディは、お菓子の用意をする。
オレンバルの統括拠点である王宮の一室で、アマディは午後のお茶を淹れていた。
レネの作った菓子は美味かった。
自分の為だけに用意するレネの手作り。
母とレネと3人で、よくお茶をした。
あの時間がずっと続くなら、それでよかったんだ。
「やあ、アマディ。いい香りだな」
「ディックス、また来たのか?暇なのか?」
アマディも口では言っても、すぐにディックスの分も用意する。
「上手いな。よくこんな前線で菓子が手に入ったな?」
「焼くだけだ。王宮に残っていた食材で僕が作った」
何気にアマディが答える。
「暇なのは、お前だな。軍師殿」
3男とはいえ、公爵家の息子が菓子など作ることはない。
レネという侍女の手伝いで覚えたのだろう。
ディックスは、自分も恋人がいるが、ここまでの思い入れはない。
「ところで、作戦案を読んだ。
詳しく説明してくれ。兄の許可を取る」
「かしこまりました殿下。
新月の夜に、デモア王国に進軍しましょう」
ディックと気楽に呼んでいた呼称は殿下に代わり、ディックもアマディも顔つきが変わる。




