アマディの策略
瓦礫と化したオレンバルの王都では、ミュゼア帝国の統括拠点が設置されていた。
焼け残った王宮の一室がそれた。
ガン!
机が蹴られたのだ。
報告をしていた諜報員も驚いたように目を開く。
剣技も卓越した若い軍師は、普段穏やかで、戦勝地での強奪や凌辱を厳罰し、敗戦地の復興を援助し、人望があるのだ。
「王女が逃亡しただと?」
役立たずのハヴェイ王が!
何の為の密約だ!
「悪かった、貴方は良くやってくれている。引き続きハヴェイの情報を探ってくれ」
軍師は年上の諜報員を労うと、次の報告者を呼んだ。
レネが縁談から逃げたとしても、ミュゼア帝国第2王子ディックスとのものだ。自分とではない。
王族の結婚では、結婚式で初めて顔を合わすというのも少なくはない。
ディックスの結婚式はハヴェイ王女とのものだとしても、顔も知らない相手ということだ。
その結婚式に花嫁が入れ替わっていても気が付かない。
自分はディックスの想い人の身分の低い女性と結婚する。
だが、名前はそれでも花嫁は内密に交換する予定で、縁談を申し込んだのだ。
アマディは、クスリと笑う。
逃げたのならば、捕まえればいいのだ。
「軍師?」
次の報告をしていた武官が、アマディに問う。
「ああ、大丈夫、ちゃんと聞いている。
オレンバルは農業国家だ。その農地を荒らすことなく進軍できたようだな。
よく指揮してくれた。
王都陥落で金品の没収はかなりの額になる。命令を遵守した兵達に分け与えることが出来よう。
オレンバルの農家にも、兵士を出せば支度金をだすと触れをだせ」
制圧した国の国民が喜んで兵を出せば、進軍で疲れている自国の兵を休ませることが出来る。
「軍師、兵達も喜びます。
すぐに伝えます」
指揮官は、アマディに礼をすると部屋を出ていた。
アマディは、ミュゼアに来てすぐに頭角を出した。
兵士として盗賊退治に向かい、隊長よりも的確な指導で盗賊の討伐を成功させ、兵の安全を守った。
常に危険が高い下級兵士からの強い要望と、王太子の支援を得て、アマディは軍師という地位についた。
高位貴族達からの反対もあったが、アマディが武勲を挙げるたびに消えていった。
生まれた国、デモア王国では認められなかった能力が、ミュゼアでは認められる。
デモアでは、公爵家の我がままな三男坊という前提で見られていた。
ここでは、努力は努力として認めてくれる。
戻りたいとは思わない。
ただ、ここには君がいないんだ。レネ。
「よぉ」
入って来たのは、総指揮官として従軍している第2王子ディック。
「今回は陥落が早かったな」
「こちらの想定のとおりに、オレンバル王家が動いてくれましたので」
アマディの言葉に、ディックが両手を挙げる。
「お前は、何パターンの想定っていうのを考えたんだ?
頭の中を見てみたいよ」
「30くらいは考えたかな」
はい、とアマディがディックにお茶の入ったカップを渡す。
アマディがお茶を淹れるのは、レネという侍女をいつも見ていたからだとディックは知っている。
ディックはレネを知らないが、アマディから何度も聞かされた。
「王女が逃亡した。
縁談から逃げたのか、他の要因かはわからないが」
アマディが何でもないように、ディックに報告する。
「ああ、こっちの策はバレたわけではないんだろう?」
ディックはカップを持ったまま、椅子の背に身を預ける。
僕と殿下しか知らないのに、バレるわけないでしょう。
声にならないアマディの言葉が聞こえる。
部屋には他にも武官や事務官がいる。知られる訳にはいかないのだ。
「で?」
「もう人を向けました」
早いな、とディック。
「殿下、ユレイア公爵家に人を向かわせたのですよ。
王女には一軍が付いてます。簡単にはいきませんよ」
楽しそうにアマディが笑う。




