婚約
オーランドが王宮を出ることは王により止められたが、王の執務室の仕事から離れ、下級文官として王宮の文庫室の仕事に就いた。
ライアとの夜の逢瀬は、ゆっくりと続いており、毎日の出来事を報告しあうのが日課となっており、文庫室勤務から、2か月も経つ頃には王太子執務室次官補佐になっていた。
ミュゼア帝国の奇襲ともいえる進軍が隣国オレンバルを襲ったのは、各国に衝撃を与えた。
農業国だった隣国は、3日も経たずに征服されミュゼア帝国管理下に置かれた。
ハヴェイもデモアも、情報収集と軍に力を入れたが、情報が錯乱しているという状態であった。
ハヴェイ王に呼ばれたエミリーローズは侍女を伴い、談話室に来ていた。
王太子メイナードと王妃セレステアも呼ばれていたらしく、設えた椅子に座っていた。
「遅くなって申し訳ありません」
エミリーローズが、王に礼を取る。
「いや、時間通りだ。二人には先に話があったのでな」
王の言葉に、メイナードもセレステアも頷くこともなくエミリーローズを見ている。
「エミリーローズ、そなたの婚約が決まった」
「陛下、まだ大臣達の認可も取ってません」
メイナードが王を止めに入るが、王が気に留めるはずがない。
「娘の結婚を決めるのは父親だ。
ましてや、私は王。
私に逆らうことは、許されることはない」
上機嫌に王が話を続ける。
「ミュゼア帝国のディックス第2王子だ」
ミュゼア帝国はオレンバルを吸収することで、軍需物資の補給を確保したと言える。
それは、さらに進軍するということだ。
メイナードにもセレステアにも、それは簡単に想像がつく。
エミリーローズを人質として差し出したのだと。
「陛下、貴方は娘を帝国に売ったのか!」
メイナードが立ち上がり、詰め寄る。
「王女が国に有利になるように嫁ぐ。
今まで、我が国には王女が生まれてこなかったから出来なかっただけで、よくあることだ」
まて、この人は何を言っているんだ、私に婚約?
エミリーローズが頭の中で、王の言葉を反復する。
頭が冷えてくると、怒りが湧いてくる。
全てはこの人の優柔さが原因なのだ。
エミリーローズの瞳が真っ赤に染まり、ドンとテーブルを叩く。
「くそじじぃ!」
あまりの言葉にセレステアだけでなく、メイナードまで動きが止まり、言われた王は、理解が追い付かないかのように茫然としている。
「私の父親はユレイア公爵だけです。
貴方は私を探そうともせず、病気になった妻を放置して、幼い息子を気にすることもなく、愛人にうつつを抜かす男」
エミリーローズの赤い瞳がギラギラしている。
「私の結婚相手は自分で決めます」
エミリーローズの言葉で、我に返った王が声を荒げる。
「許さん!」
「許してもらう必要なんてない」
行くわよ、とばかりにエミリーローズが部屋を出ていき、アウロア達が後を追う。
ガタン、音を立ててメイナードが立ち上がり笑う。
「妹、かっこいいな。
陛下、覚悟なさってください。
僕が王位を取りにいきます」
「メイナード、何を! 内乱でもする気か!」
いきりたつ王に比べ、メイナードは冷静だ。
「母上、安全な所にご案内します」
セレステア王妃に手を差し出し、エスコートするメイナード。
「諸国には私が相手しましょう、大臣を招集します」
王妃も動じることなく、王宮に戻ってから公務を務める外交に徹すると言う。
「お前たち!」
残された王は、返事もせずに部屋を出て行こうとする二人に呼びかける。
振り返ったメイナードの瞳は深紅。
エミリーローズのように怒りで赤く染まったのではない、意志の力で赤く染めた。
「陛下、逃げるなら早めがいいですよ。忠告です」
パタン、音を立てて扉が閉められた。




