見送り
ゲイルに連れられて使用人食堂に着いたレネにベンが駆け寄ってきた。
「ゲイル様、この子が粗相しましたでしょうか?
まだ幼いので許していただけませんか?」
「いや、迷子になっていたただけだ」
安心したようなベンにゲイルは不審に思う。
「どうした? やけに肩を持つな?」
ベンはレネを引き取るとメイドの一人に渡した。
「この子は小さいのに、この働き者の手なんですよ」
なるほど、とゲイルも納得する。
母が気に入る程の綺麗な子供だ。だが、それだけではないのだろう。
「アマディの見送りを約束したようだ。
早く食事をさせた方がいい」
「そうですか、ゲイル様の食事は食堂に用意します」
公爵家の家族や客が使う正食堂だが、家族それぞれが違う時間で食事することが多い。
それでも、ジルディークとゲイルは時間が重なる事が多いようだが、アマディの朝はギリギリまで寝るために馬車の中で摂ることが多い。
ロザリーナは午前中は寝ていて、昼食を自室で摂る。
必然的にレネの勉強時間は午前中になり、午後からはロザリーナの着せ替え人形になるだろう。
ゲイルが食堂に行くと、既にジルディークが食事をしていた。
「兄上、おはようございます」
「ああ、おはよう」
執事がひく席に座ると、ゲイルの前には温かいスープが置かれた。
「兄上」
ゲイルに何だとばかりに、ジルディークは片眉をあげる。
「母上が引き取った子供に会いました」
「そうか、綺麗な子供だろう。
僕も昨日会ったよ」
ニヤリ、と笑うジルディークに、ゲイルは他意があると悟る。
孤児であると聞いている、扱いやすい身の上だ。
あの紫の瞳。
ハヴェイの人間を何度か見たことがあるが、紫の瞳の人間は多くない。
だが、ハヴェイの民にしか紫の瞳の人間はいない。
そして、高位貴族に多い。
「ハヴェイは、いろいろな意味で最も重要な国の一つだ。
長く戦争が続いているが、この数年、小競り合いはあるものの休戦状態だ。」
ジルディークの言葉にゲイルも分かっている。
ゲイルは学校を卒業したら士官学校に進む。
ハヴェイとの戦争に出陣するかもしれない。
多分、どちらの国も和平を願っているはずだが、停戦のきっかけがない。
「あの子を見て、紫の瞳は綺麗だと思いました。
我々は歩み寄れないのでしょうか?」
ゲイルは、パンの上にベーコンとスクランブルエッグを乗せると口に運ぶ。
「思うだけでは、ダメなのだ」
次代公爵として、ジルディークには国を支える責務がある。
「あの子にはハヴェイ語と他にも言語の教師をつける」
「母上の侍女なら、そこまで必要ないだろう?」
ゲイルも意味が分かっているが、確認せずにおれなかった。
紫の瞳である、というだけでレネにハヴェイの国内を探らせるということだ。
「父上の意である」
ジルディークは、カテラリーをテーブルに置くと食事は終わったとナプキンで口元を拭う。
「ゲイル、守りたいなら強くなれ。公爵家は国を守らねばならない」
部屋に戻ってふて寝したのだろうアマディは、ギリギリに玄関に来て、待機していた馬車に飛び乗った。
同じ学校に通うゲイルはすでに乗り込んでいる。
馬車の中で、侍女から預かった朝食をアマディに食べさすはずだ。
早足で通り過ぎて馬車に乗るアマディを、レネは玄関で見送った。
何よ、自分で見送りを指示したくせに見もしない。
あれなら、孤児院の小さい子の方が大人だわ。
アマディは使用人の横を通り過ぎながら、レネの存在を確認したのだが、レネが気づくはずもなかった。
レネは、上級学校に通うジルディークは既に行ったのか、と目で探していたからた。