恋心
エミリーローズは、何度も何度もジルディークの手紙を読み返す。
『エミリーローズ姫、元気で過ごしているだろうか。
こちらは、慌ただしいことがあり、少し時間がかかりそうだ。
いつも想っている』
「短い、これだけ?
他の人に見られることを配慮している言葉だって、わかるわよ。
でも短すぎーー!」
エミリーローズは手紙に文句を言っている。
ユレイア公爵家では、アマディの逃亡で苦しい立場にあった。
当主は責任を取って、ジルディークに公爵位を譲り、トウゴ伯爵の事件も、アマディの逃亡も隠匿せねばならなかった。
エミリーローズは何も知らないが、ジルディークが書けることは気持ちを伝える言葉だけだった。
「今夜、雨が降ればいいのに。そうすれば行かなくてすむのに」
ライアは窓から空を見上げて、呟く。
それでも、仔犬の事が気になる。
あの仔犬を見つけて、助けたいと思ってしまったのだ。
医師の診察を受けられただろうか。オーランド様のおっしゃる通り、私には犬を診るための医師は呼べなかっただろう。
仔犬に会いたい。けれど、オーランド様に会うのは怖い。
「アウロラ、聞きたい事があるの」
ライアが午後のお茶の準備をしているアウロラに声をかけると、キャスリンも寄って来た。
朝から、ライアの様子が変なのを気にしていたのだ。
ライアは、昨夜のことを二人に話した。
ハヴェイの社交界で顔を知っている程度だったが、トウゴ伯爵家での一ヵ月は3人を強い絆で結び付けた。
「その仔犬、私達も見たいー」
アウロラが言えば、キャスリンも言う。
「社交で見かけたオーランド様って、あんなに綺麗な顔なのに目が冷たいのよね。
仔犬を助けてくれるようには、思えないわ」
「ライア、興味持たれたのじゃないの?」
「アウロラ、やめてよ。そんな怖い事言わないで」
あんな深夜の庭で出会うなんて、ありえないと分かっている。
歌を聞かれていたんだ。
「もし、そんな事になっても、オーランド様は何も御存知ないから。
知ったら、きっと侮蔑される。
誰にも知られたくない」
両手を交差して腕をつかんだライアが小刻みに震える。
同じよ、とばかりにアウロラとキャスリンがライアを抱きしめる。
「ね、仔犬が生きていて欲しいね」
メイナードは執務室で、エミリーローズの警護兵から報告を受けていた。
もう何日も前から、オーランドはライアの歌を聞きに来ていたらしい。
ただ、歌を聞いて、ライアが部屋に向かうまで姿を見せず木陰に身を隠していたと言う。
「オーランド様が、ライア嬢に声をかけられたのは、昨夜のみです。
仔犬を医師に見せる為に預かると、それだけでした」
「お前たちも彼女の歌を聞いていたのだろう?」
メイナードが騎士に問いかけると、少しはにかんだ様子で答えた。
「はい。
上手いとかではなく、心に染み入るような歌でした。
命を削りながら歌っているかと思えるほど。
騎士の中には、夜の警護を喜んでいる者もいるほどです」
ライアの警護に付いて、歌を聞くのを楽しみにしている騎士もいるのだ。当然、ライアに好意を持つようになる。
辺境伯の一人娘のライア。
貴族の次男や三男には、それでなくとも欲しい存在だ。
そのオーランドは王の執務室で王の補佐の仕事をしながら、心は早く夜になれと浮ついていた。
医師の手当てが効いたのか、仔犬は朝には牛乳を飲んでいた。
侍女に介護するように指示して仕事に来たが、少しは元気になったか心配である。
昨夜、灯りに照らされて見たライアの顔が頭にちらつく。
蟻に噛まれた手は治療しただろうか。
急に木陰から出て来た自分を怖がっていたようだが、深夜の庭園だ、当然だろう。
だが、それで悪い印象をつけたのではないだろうか。
「少し、休憩を入れます」
他の補佐官に言って、オーランドは部屋に仔犬の様子を見に行った。




