侍女
「なんだって?」
メイナードは、王太子補佐官のジュナシスから報告を受けて、少なからず驚いていた。
ジュナシスは、メイナードがデモア王国に行っている間、王太子執務室の留守を預っていたメイナードの片腕である。
エミリーローズの警備兵から些細な情報も入ってくる。
「オーランドが?
王女の侍女を取り込もうとしているのかもしれん」
「それが、ここ数日密かに歌を聞いていただけのようで、昨夜は仔犬の保護のために姿を表したとの報告です」
「その犬自体が、オーランドの仕業かもしれん」
そう考えても無理ない、とジュナシスはメイナードを否定せず、机の上の手紙を指差す。
「昨日届いていたのに、まだ渡してないのですか?」
「朝食の時に渡し損ねたのだ。」
白々しくメイナードが、ジルディークからの手紙を見る。
「嫌われるぞ」
ポツリとジュナシスが言葉を繋ぐ。
「寛容な兄の振りで、結婚を先延ばしすればいいではないか」
「お前なぁ」
はぁ、とため息をついてメイナードが手紙を手に取る。
ガタンと席を立って食堂に戻ろうとする。
「エミリーローズの護衛に詳しく聞いてくる」
大義名分がないと、行けないとばかりにメイナードがドアに手をかける。
早足になる自分に笑いが出てくる。
メイナード自身も分かっている、エミリーローズが大義名分であることを。
エミリーローズと王妃は、いつも朝食の後も食堂で話をしている。
サロンなどに移動すると人目に着くからだ。
人の出入りの多い厨房に近い食堂なので、盗聴の危険も少ないことも理由の一つである。
重厚な食堂の扉を開けると、エミリーローズの声が聞こえる。
「お兄様、執務に行かれたのでは?」
エミリーローズが寄ってくる。
王妃の姿はなく、侍女達と話していたようだった。
キャスリンにコーヒーを炒れるよう言って、メイナードは手紙を出す。
「早く読みたいだろうと思って」
エミリーローズが、訝しげに手紙を手に取ると、机の下に隠れた。
「エミリーローズ?」
王妃が、呼ぶが返事はない。
「母上、エミリーローズの好きな人からの手紙なんですよ」
メイナードは、キャスリンからコーヒーの入ったカップを受けとると、ありがとう、と笑顔を見せる。
ビクンとキャスリンが小さく肩を震わせるのを見て見ぬ振りをする。
あんなに綺麗な涙見たことがなかった。
デモア王国に着いたメイナードは、怒りに狂いそうだった。
エミリーローズが見つかったことは、至上の喜びだったが、自国の令嬢の姿が、受けた暴力を語っていた。
抵抗したのだろう、貴族令嬢にとって純血は大切なことなのだ。
彼女達を守れなかった、
王太子として、令嬢達がハヴェイから拐われた事が無念で堪らない。
令嬢達は、男性に怯え、何度も死にたいと口にしたと聞いた。
自分が近くに行っては、治る傷も治らないだろうと遠目で姿を見て報告を受けた。
デモア王国では、自由な行動は無理だった。
それよりも、和平条約の内容をつめるのに、寝る間もない状態だった。
お互いが国益をかけて、一歩も引き下がらない。
だが、トウゴ伯爵の処刑という共通の認識と、戦争を終わらせたいという意識が妥協点を求めていた。
そんな中で、一番年若く回復の早いキャスリンが、エミリーローズの手伝いをしていると聞いた。
ハヴェイから連れて来た警護兵は選りすぐりの近衛兵だ。
剣技も信用も選びぬいた秘密を守れる少数の精鋭騎士達だ。
その一人が、令嬢の一人が面会を求めていると言ってきた。
メイナードが令嬢の部屋に入ると、令嬢はソファーから立ち上がりカーテシーをしようとして、重心が片足にかかると傷が疼くらしく小さな声が聞こえた。
メイナードが慌てて、助け起こそうとして駆け寄るのを止めたのは警護の騎士だ。
「我々も近寄ることは、出来ません。
男に怯えているのです」
メイナードにだけに聞こえるように、小さな声で騎士が話す。
メイナードがアンディランド伯爵令嬢キャスリンを見ると、身体は小刻みに震えていたが、顔をあげていた。
痛みと恐怖でだろうか、瞳からは止めどなく涙が流れていた。
「お、見苦しい、す、が、た、で、申し訳、ありま、せ、ん」
一言ずつ、音を丁寧に繋げていくキャスリン。
少し息を吐いて、落ち着いてきたようだが、身体は震えている。
「助けに、来て、くださって、ありがとうございます。
沢山の、人に、助けられたの、に、まだ、お礼、が、言えてない」
後は、涙で言葉にならない。
「先ほど、我々も言われました。」
騎士がメイナードを見る。
「どれ程の勇気を出したのでしょう」
他の騎士も、頷いている。
「綺麗だな」
メイナードは、魅入っていた。
エミリーローズの侍女の話を持ち掛けたのは、自分の為でもあった。
焦ってはいけない、ゆっくりと、必ず手に入れる。
ハヴェイ王国に戻り、侍女の仕事にも慣れてきたと報告を受けている。
エミリーローズに仕え、朝食の席では給仕も出来るようになっていた。
メイナードが近寄っても、逃げていかなくなった。
こうやって、コーヒーカップを手渡してくれる距離になった、とメイナードはほくそ笑む。
やっと机の下から出て来たエミリーローズは、大事そうに手紙を抱えている。
キャスリンとアウロラは、穏やかに微笑んでいるが、ライアは心ここにあらずという感じだ。
オーランドの事で悩んでいる、というのが一目瞭然だ。
キャスリンもライアも結婚どころか、男性と付き合うことは考えてはいまい。
人のいい笑顔でエミリーローズを見ながら、後ろに立つキャスリンを視界に入れる。
「それでは、執務に戻るよ」
「ありがとう、お兄様」
エミリーローズに見送られ、メイナードは食堂を出て、扉の前に立つ警備兵に後で執務室に来るように言う。




