想い
残酷な情景を連想させるシーンがあります。
それをご理解の上、お読みください。
翌日同じ時間に行くと、歌は終わり夜道をライアが帰るのを見つけて、慌てて木陰に身を隠した。
次の日は、早く行った。中々来なくて焦りが募るころ、ライアが来て歌いだした。1時間以上待ったが、歌を聞けて喜んでいる自分に驚いた。
その次の日も、次の日も、庭園に行った。
ライアの護衛達には感づかれているようだが、オーランドが密かに木陰で聞いているので動きはないようだった。
雨の日は、どうするんだろう、と気が気でなかった。オーランドは雨の中の庭園に行ったが、ライアが来ないのを確認して安心した。
王女は部屋から出ることは少ないので、オーランドが廊下で偶然すれ違うなど無理だった。
ライアを明るい光の中で見たいと思っても、叶わぬ願いだ。
レネが朝の厨房に行っている事は知らないから、仕方ない。
その夜も、オーランドは息を潜めて、ライアの歌を聞き入っていた。
ふいに途切れる歌に、護衛もオーランドも緊張を高める。
ライアが足元の花壇を覗きこみ、ひっと息を飲んだ。
「頑張って!」
ライアの声が聞こえたと思うと、
「痛い」
と小さな声、オーランドは木陰から飛び出して大きな葉音を立てたが、ライアの様子を見て木陰に戻る。
花壇に頭を突っ込み、ライアがガサガサ何かをしている。
しばらくして、身を起こしたライアの腕の中には、小さな塊。
微かな音がする、音にならない程の小さな鳴き声。
仔犬!
オーランドが出そうになる声をおさえる。
「痛い、まだ蟻が付いている」
ライアが手を振るって蟻を落としている。
何てことだ、仔犬に蟻がたかっていたのだ。
その仔犬を手に取った為に、ライアも蟻に噛まれたのだろう。
手の中の仔犬は生まれたてなのだろう、とても小さく弱々しい。
僅かに手足を動かしている。
「頑張ったね、助けを呼んだのね。
ごめんね、他の兄弟達は、もうダメだった」
ライアが仔犬に話している。
他にも仔犬がいたのだろう。
親犬の姿が見えないから、誰かに捨てられたのか。
庭園の花壇の中に捨てるのは、最初から肥料にするつもりだったのか。
「直ぐにお医者様に診てもらわないと。
鳴き声や手足を動かして、蟻に抵抗してたのね。
偉かったね」
警護の騎士やオーランドは知らない、ライアの秘めた思い。
ライアも抵抗したけど、助けは来なかった。辛い過去の自分が仔犬に重なる。
王女の侍女とはいえ、こんな時間に直ぐに医師を呼べないだろう、ましてや犬。
僕なら、と考える前に身体が動いていた。
ガサガサッ、暗闇の木陰から飛び出した。
「僕が、必ずその犬を医師に診せる」
「きゃ・・」
叫び声が続かない程、ライアはビックリして立ち尽くした。
「ご令嬢、驚かしてすまない。
こんな時間では、医師は来ないだろう。
たが、僕なら呼べる。どうか、任せてほしい」
オーランドは王族と認められてはいないが、王の息子として王宮に住んでいる。
王族に準ずる権力があるのだ。
オーウェン公爵のように、爵位をもって王宮を出ることになるのだろう。
ライアは、手に持っている灯りを上にあげ、オーランドの顔を確認すると、更に驚いた。
社交デビューしているライアは、オーランドの顔を知っている。
「オーランド様」
ライアは驚きすぎて、男性が怖いと感じる余裕もなかった。
それに、オーランドは側室に似て、女性でも通りそうな綺麗な顔をしているのだ。
「ずいぶん弱っている。
必ず直ぐに医師を呼ぶから」
オーランドは、口から心臓が出そうなぐらい緊張していた。
自分の心臓の音がうるさい、どうかライアに頷いて欲しいと願う。
そっと仔犬を、オーランドの手のひらに預けると、ライアは口を開いた。
「オーランド様、お願いがあります」
どんな事でも、とオーランドは言いかけてライアの言葉を待つ。
「たとえ、この子が助からなくとも、懸命に治療してくださった医師を責めないでください」
オーランドは心臓が爆発するかと思った。
もし、この言葉が嘘でも騙されていい、とさえ思える。
でも、きっと真実の言葉だと信じれる。
「急いで、医師を呼ぶから、貴女は部屋に戻りなさい。もう遅い。
蟻に噛まれた手の手当てするんだよ、いいね。
明日、同じ時間にここに仔犬を連れて来る」
なんとか体裁を整えて言うのが、オーランドには精一杯である。
「ありがとうございます」
ライアはそう言って部屋に向かう。
オーランドが目配せをすると、一礼をした護衛がライアを追っていった。
オーランドも急いで自室に戻ると、侍従に至急医師を呼ぶよう指示をだし、手の中の小さな命をそっと撫でた。




