ゲイル
レネは、目覚めた部屋でビックリした。
フワフワのベッドにレースのクッション。広くない部屋だが、小さな机と椅子もある。窓にはピンクのカーテン。
クローゼットの前にある、孤児院から持ってきた古びた鞄だけが見知った物だ。
ゆっくりと覚醒する頭で思い出す。ここは自分に与えられた部屋だ、自分で鞄を置いてロザリーナ様の部屋に行き、夜には使用人部屋で夕飯を食べた。
そこで会ったのはジルディーク様。
確か15歳と聞いている。
凄くカッコよくて、と思い出しているレネの頬は赤くなっている。
抱き上げられて、ジルディーク様のお顔が目の前で。
「うわぁ、うわぁ。」
そのままレネがベッドに丸くなる。
どうしよう、寝ちゃったんだ私。
きっと呆れられた。
夢みたい、昨日まで孤児院にいたのに、こんな部屋にいるなんて。
ジルディーク様のお役に立てるようになりたい。
窓の外を見ると中庭だった。
誰かがいる? まだ朝早いのに。
剣を振るう少年が一人。
どこかロザリーナに似ている。
ジルディークの弟だろうか。レネはユレイア公爵家には男の子が3人いると説明を受けていた。
15歳のジルディーク、14歳のゲイル、10歳のアマディ。
剣の鍛練をする少年に朝日が当たり、神聖な雰囲気である。
「きれい」
レネは見とれてしまい、場を立ち去ることも出来ない。
「誰だ? そこで見ているのは?」
少年に声をかけられて、レネは木の陰から身体を出した。
子供が出て来たことに驚いたようだったが、汗を拭いながら少年はレネの近くに来た。
「昨日から、お屋敷で働いているレネと申します。
見ていて申し訳ありません」
「そうか、母上が言っていた娘だな。
僕はゲイル。屋敷には慣れたか?」
レネが見ていたことを気にする様子もなく、ゲイルは剣を鞘に納める。
「練習のジャマをして申し訳ありません」
怯えたように頭を下げるレネ。
「いや、終わるところだったから、気にするな」
ゲイルはレネの紫の瞳を見つめた。
「そろそろ部屋に戻った方がいいだろう」
その言葉にレネが目をそらす。
「どうした?」
ゲイルが屈んでレネを見る。
「中庭が気になって飛び出したから、部屋も道もわからない」
クククッとゲイルが笑いだす。
「使用人のいる食堂に連れて行ってやろう、誰か知っている者がいるだろう」
そう言って、レネの手を引こうとして躊躇する。
「おまえ、手がひびだらけで血も滲んでいる」
あわててレネが手をひっこめて、ゲイルを見上げる。
「だから、私が育てる大根は成長が良かったの」
レネは自分の手が労働者の手だと知っている、貴族の綺麗な手ではないが恥ずかしいわけではない。
ただ、心配するかと思ったのだ。
「そうか」
「昨日、ターニャさんに薬を塗ってもらいました。今は痛くないです」
そっとゲイルはレネの手を引いて歩き出した。
ゲイルはレネを子供扱いするが、いつかは大人になる。
それを知るのはすぐの事だが、今のゲイルは迷子の子供を保護しただけのことだ。
使用人の食堂に向かう途中に、もう一人の息子、アマディに会った。
「おまえ、兄上に触るな」
繋がれた手の事だと、すぐに手を離すレネ。
「ゲイル兄上は、誰にでも優しいんだ。
使用人のくせに図に乗るなよ!
気持ち悪い、紫の瞳なんて。ハヴェイの民じゃないか!」
俯くレネ。今更だ、いつも言われていた。ぎゅっと拳を握りしめる。
敵国ハヴェイの色だと、街で石を投げられた事もある。
孤児院の外に行く用事は、レネには回って来なかった。
「アマディ」
ゲイルが低い声で名前を呼ぶと、アマディがピクンとする。
「レネは、まだ子供だ。おまえより年下で女の子だ。
恥ずかしいと思え」
「なんだよ!
母上もゲイル兄上も!
そんなに女の子がいいのか!」
走って去ろうとするアマディに、レネが飛び付いた。
「何するんだよ! おまえ!!」
「この瞳の色は変えれません。 好きになってとは言いません。
慣れてください!
一緒懸命お仕えしますから」
しがみつくレネを振り払おうとしても離れない。
アマディが根負けした。
「これから、毎朝僕の登校を見送れよ」
「はい」
レネが離れて返事するのを待たずに、アマディは走り去った。
その様子を壁にもたれて、ゲイルが笑いながら見ていた。