ハヴェイ王宮に向かう
実在のエミリーローズの姿を見る事で、王妃はエミリーローズが15歳という事を受け入れたが、弱った身体は簡単には戻らない。
それでも、今までに比べたら驚異的ともいえる回復をしていた。
5日目には、3人の令嬢が離宮に到着し、エミリーローズの侍女としての修練も始まった。
それと同時に、レネのエミリーローズ王女としての教育も始まったが、そこで発覚したのがダンスが出来ないという事だった。
レネは、ユレイア公爵家で教育を受けていたが、侍女にダンスの練習は必要なかった。
「ワンツースリー。ワンツースリー」
アウロラの手拍子に合わせて、離宮の広間ではレネがダンスの練習をしていた。
ライアがレネの相手役でダンスの練習をしている。
慣れない男性パートを踊るライアも大変だが、レネはもっと覚束ない。
「姫様、視線はまっすぐ、足元を見ない」
アウロラの指示にレネが顔をあげる。
「ライアの足を踏みそうで怖い」
レネの呟きに、ライアがクスッと笑う。
「姫様、歌はお好きですか?」
ステップを踏みながら、ライアがレネに話しかける。
「私はダンスしながら、頭の中で歌っている時があります。
それで、曲にのるのです。 曲に身体が合うようになれば足を踏むことなどありません」
レネのそんな様子を、広間に置かれたカウチに座って王妃が見ている。
穏やかな日々は短く、レネがエミリーローズとして、ハヴェイ王宮に登城する日が近づいていた。
迎えに来たメイナードに手を引かれ、レネが馬車に乗り込む。
王妃とエミリーローズ王女。
長らく王宮を離れていた二人が戻ってくる。
王宮では歓迎の準備が進められていた。
15年は長い。
王妃不在の王宮では、王妃に代わる存在があった。
王は側室を迎えており、二人の息子が生まれていたが、紫の瞳ではあるものの色は濃く、赤く色変わりすることもない。
王の直系とは認められず、王族としても認められていなかった。
当然、メイナードからは敬遠されていたが、側室は王妃がごとく王宮を仕切っていた。
誰もが、側室が黙ってはいないだろう、とわかっていた。
王宮の正門に1台の馬車が着いた。
待機した近衛の騎馬隊が先導となり、王宮正面広場に案内する。
馬車から降りて来たのはメイナード王太子。
彼が馬車の中に向かい手を差し出すと、白い手が乗せられた。
王妃セレステア、帰城である。
王妃は馬車から降りると、正面玄関に居並ぶ大臣達に声をかける。
「ご苦労であります」
他国の王女で生まれた王妃は紫の瞳ではないが、気品や麗しさは病後の身体であっても消える事はなかった。
王妃を初めて見る大臣も多く、想像を超える優美な姿に感銘を受けていた。
メイナードはさらに馬車に手を差し出す。
メイナードに手を引かれ降りて来たレネに、その場にいた者達の目が釘付けになる。
薄紫の瞳、間違いなく王家直系の証がそこにあった。
しかも、王妃譲りの美貌の姫君。
レネは周りを見渡すと、ニッコリと微笑む。
先手必勝である。
「エミリーローズです。王宮の事はわからないのでよろしくね」
メイナードにエスコートされて、堂々とした王女に仕立て上げられている。
近衛の中には、レネを見て頬を染める者まで出てくる。
婚約者のいないハヴェイ王家の姫君、その価値を分からぬ者などいない。
誰かが膝を折ると、次々と膝を折る。
メイナード王太子、王妃、王女に膝を折る人々。
メイナードは片手を挙げ、人々の礼に応えると王妃と王女を王宮内部に促した。
これから王との謁見である。
近衛兵に守られるように、王宮の中を進む。
王太子、王妃、王女の後を大臣達が連なる。
王宮の廊下では、人々が膝をついて一群を迎える。
それは、ハヴェイ王国に強い派閥が出来たと知らしめられた。




