母
メイナードに連れられて、離宮の裏手にある庭園に回ったレネ。
いつの季節も花が途切れないように、庭師が端正込めて世話をしているのが伺い知れる。
咲き乱れる花々に対比するように、影を作っている木々。
庭の木陰に、その人はたたずんでいた。
細い手首は血管が透き通るほど白い肌。豊かなブロンドに目が惹かれる。
わざと葉を踏み足音を立てるメイナードが、
「母上」
驚かさないように声をかける。
ゆっくり振り向いた女性が、自分に似ているかなんてわからない。メイナードや、オーウェン公爵がそう言っているだけだ。
レネは、ごくりと唾を飲み込んで微笑みを作る。
「可愛いお嬢さんね」
想像もしなかった言葉が返ってくる。
「母上、エミリーローズですよ。
見つかったとお話ししたでしょう。連れ帰って来ました」
メイナードが、エミリーローズを王妃の前に連れてくる。
「まぁ、メイナード。
エミリーローズはまだ赤ちゃんよ」
王妃はニッコリ笑って、違うわと応える。
大人になったメイナードは認識しているのに、エミリーローズは赤ん坊のまま。
この人は、私を待っていてくれてたんだ!
レネは駆け寄り王妃の手を握ると、怯えたように王妃が肩を振るわす。
「お母様、エミリーローズです。
まだ赤ちゃんですが、お母様とお話ししたくて少し大きくなりました」
涙を抑えて笑顔を浮かべるレネの瞳が赤く染まっていく。
「赤い瞳」
呟く王妃が、レネの瞳を見つめる。
「エミリーローズ?」
「はい、お母様」
王妃がエミリーローズを抱き締めて、声をあげて笑う。
「お帰りなさい。きっと帰ってくるってわかってたわ!」
二人の様子をメイナードだけでなく、側に仕えている侍女達も涙を拭きながら見ている。
「明日は、お母様とお散歩がしたいから、もっと大きくなりたい」
「まぁ、ステキね。
エミリーローズはまだ小さいから、お母様の手を離したらダメですよ」
王妃が小さな子供に話しかけるように、優しく微笑む。
「もっと大きくなったら、お母様とお揃いのドレスが作れるかしら?」
「ピンクのお花のドレスを作りましょう」
「お母様、急いで大きくなるから待っていてね」
レネが王妃の手を引き、木陰のベンチに座らせる。
メイナードが王妃の顔色を確認して、安堵したように息を吐く。
「母上、僕は王宮に戻らねばなりません。
エミリーローズをお願いします」
途端に王妃が、メイナードの腕を掴み首を振る。
「ダメよ! エミリーローズが連れ去られてしまうわ。
私だけでは追いかけられない!!」
レネが王妃の手の上に手を重ねると、メイナードの腕を掴んでいた王妃の手の力が緩む。
「お母様、私少し大きくなったから連れ去られません。
お母様の側にいます」
ゆっくり顔をレネの方に向けた王妃の顔は真っ青だ。
レネは王妃の手を取り、自分の顔や頭を撫でさせる。
「ほら、少し大きくなったでしょう?
明日は、もっと大きくなれるから、もっと安心して」
王妃の顔に血が流れたかのように、青白さが薄れていく。
「母上、優秀な護衛を置いていきますので、エミリーローズと散歩に行っても安全ですよ」
心配させないようにメイナードが、屈んで話す。
「そうね、エミリーローズと散歩に行きたいわ」
15年止まっていた時が動き出した。
メイナードは、警備に指示を出してから数人の護衛のみ引き連れて馬で王宮に向かった。
エミリーローズが見送るのを、メイナードがやたら嬉しそうにするので、お互いが気恥ずかしくなりながら、レネのハヴェイでの生活が始まった。
ジルディーク様、どうしているかな。
浮気したらどうしよう。
恋する乙女は家族は大事だが、彼氏も大事だ。




