決意
レネは、3人の令嬢達と面会していた。
家族が来たことでレネの介護は必要なくなった事と、レネが軟禁されていたから、久しぶりの対面だ。
一番ケガのひどいアウロラがベッドから降りて礼を取るのを、レネが駆け寄って止める。
「いいえ、エミリーローズ様、それはなりません。僭越ながら申し上げます」
アウロラはレネと家族に確認をとって、家族や侍女は部屋から出て行ってもらった。 レネ、キャスリン、ライア、アウロラだけになると部屋に静寂が訪れた。
他の人間はいないが、誰に聞かれても不自然がないようにアウロラは言葉を選ぶ。
「今までの無礼な言動をまずお詫び申し上げます」
3人が頭を下げるのを、レネが両手を振って止める。
「止めてください、私も知らなかったのです」
「エミリーローズ様、この場合は、許す、気にしない、等のお言葉を与えるのです」
アウロラが、指南役としてレネに言葉使いを教える。
「は、はい」
レネがそうなのか、と返事をするのも訂正が入る。
「わかりましたわ、です」
「わかりましたわ」
レネの言葉を聞いて、少し微笑みを入れると尚いいですね、とアウロラが追加する。
「エミリーローズ様、私達は初めてお会いした時に不審に思いましたの。
何故デモア王国に、ハヴェイ王家の薄紫の瞳がいらっしゃるのかと。
あの時は、自分達がそれどころではなくて、うやむやのまま介護していただきました」
「そうです、その瞳の色とハヴェイの言葉に救われたのです」
ライアもアウロラに続け声をあげる。
「今度は、私達がエミリーローズ姫殿下にお仕えいたします。
これからは、私の事はどうぞキャスリンと呼び捨てくださいませ」
レネはユレイア公爵家で教育を受けたが、あくまでも侍女としての教育だ。
王女となると違うのだろうと思うが、どこが違うかわからない。
「お見受けしましたところ、エミリーローズ姫殿下の言語、知識は素晴らしい教育成果になっていると存じますが、振る舞いが貴族と王族では違います。
ライアとキャスリンはずっとお側にお仕えいたしますが、私は結婚式までは付き添い、結婚後は侯爵夫人として社交の場でお手伝いいたします」
絶望し、この世を儚んでさえいた女性達が、目的を持つことで、貴族の令嬢として生きようとしているのが、レネには眩しかった。
自分は、彼女達の期待に値する姫君になれるのだろうか。
「私は、本当はハヴェイに行きたくないの。
ここに大事な人がいるんです」
行方不明のままでいたい、王女なんてならなくっていい。
アウロラが前に進み出た。
「姫様。
姫様がエミリーローズ王女であっても、レネであるのですよ。
私は逃げようとしました。 あまりに辛くて。
でも、婚約者も、傷物になった私と結婚するという苦しい選択をしてくれました。 愛してくれているのです。
姫様の大事な人は、姫様を大事にしてくれますか?」
レネが首を縦に、ウンウンと振る。
「その方は、姫様が大事な人のせいにして王女の責務を放棄する事を喜ばれますか?」
アウロラの言葉は、レネには衝撃的だった。
「ジルディーク様に誇れる人間でありたい」
でも、離れたくない。
「私達も一緒です。
国に戻ったら、いえ、この部屋を出たら何と言われるか怖くてたまらない。
私達のされた事を知っている人は、沢山います。
どこで噂にされるだろうか、誰に蔑まされるだろうか、と思うと怖くてたまらない。
でも、逃げたら、幸せになれないんです。
幸せを与えられても、ずっと自分の中で葛藤があると思うのです。
私を愛してくれる家族や婚約者の為に、誇れる人間でありたい。
ずっと愛されたいから、頑張ろうと思えました」
「他人の目が怖くって、ずっと隠れていたいって思って。
両親は隠してくれると思ったら、おかしいと思ってしまったの。
だって、私は悪い事してないのに、隠れなくっちゃいけないなんて。
紫の瞳に生まれた事が悪かったの?
街に行った事が悪かったの?
だから、もう一度、私になろうと思った」
「すごく辛くって、苦しくって、忘れたいけど忘れられなくって。
ここで負けたら、あの男の思い通りになると思えて、それは絶対イヤだから、生まれ変わろうと思ったの。
あそこで監禁されていた時は死ぬのだと思っていた。 助けられ、生き残った意味がある人間になりたい。
父も母も、私を大事にしてくれるって知ったから、私が生きているだけで喜んでくれる人がいるから」
生きているだけで嬉しいと、同じことをメイナードも言っていたとレネは思い出す。
生きていることは、これから何でも出来るという事かもしれない。
4人で泣いた。
今までの自分でありながら、新しい自分にならないといけない4人。
心配した家族や侍女達が見に来た時には、疲れ果てて眠っていた。
4人の涙の後が残る顔は安らかだった。
会議室では和平条約案が決議され、明日にも調印式が行われようとしていた。




