ジルディーク
お待たせしました、ヒーローの登場です。
「ジルディーク様」
ターニャが呼んだ名前で、レネはそこに立っているのが、公爵家の嫡男だとわかった。
白いブラウスに黒のトラウザーズ。夫人にはあまり似ていないが整った容姿、理知的な青い瞳に黒髪で目を惹く。
「母上が綺麗な娘と自慢しておられたので見に来た。
ジルディーク・ユレイアだ」
ジルディークはレネを眺めて、なるほどと納得する。
母は育つのが楽しみな美貌と言った。
父は、ハヴェイの人間であろう、しかも貴族と言っていた。上手く手懐ければ、スパイに育てることも可能だと。
ジルディークは父の意を受けて、レネの検分に来たのだ。
これは、思っていたより美しい子供だ。
代々美しい伴侶を得てきた貴族ならではと考られるだろう、父の言う通りハヴェイの貴族の落胤か。しかも、この年なら教育ができるな。
「レネと呼んでいいかな?
紫の瞳というのも奇麗なものだな」
ジルディークは心の内を隠して、レネに微笑む。
ボン!
音が聞こえるかと思うぐらいに、一瞬でレネが真っ赤になった。
しかも瞳は深紅に染まった。
正面から見たジルディークは息を飲んだ。一瞬、息が止まるかと思った。
深紅になった瞳に惹き込まれそうでさえある。
瞳の中に炎を見た、とジルディークは思う。
「僕にもレネの料理を食べさせて?」
真っ赤になって、コクコク頷くレネは、ジルディークの思うがままだ。
ジルディークは自分の容姿も公爵家の嫡男という魅力もよくわかっていた。頭の回転のいい男というのは少年でも自分にとって有利かで判断するから可愛くない。
レネは魅力的で役に立つとジルディークはほくそ笑む。
手懐けて、自分の駒としてと考える。
「ジルディーク様、ロザリーナ様の侍女見習いのレネでございます」
レネは孤児院でもしたように、教えられたカーテシーを披露する。
上手に出来ないのが恥ずかしい。
ロザリーナの時には思わなかったことが、ジルディークに対してだと気になることがいっぱいだ。
もっと、もっとと思ってしまう。
ジルディークによく思われたい。
無意識のうちに意識しているレネ。
まだ子供のレネには、この気持ちに名前はつかない。ただ憧れてしまった。
ジルディークに認められたい、誉められたい。
レネの中で料理は、孤児院の皆に食べさせたい、からジルディーク様に食べてもらえるような、に変わった。
料理だけではない、ジルディークが誇れる使用人になるべく勉強したい。
「ターニャ、父上には僕から話すので、レネに教師をつけるよう手配してほしい。
母上の側にいるなら、公爵家の恥にならない教養が必要だからな」
ターニャはロザリーナから言われていたので、すでに見当をつけてある。公爵公認となれば、更に増やせるだろう。
「わかりました。
すぐに手配いたします」
「語学は最低3か国だ」
ジルディークがレネを抱き上げると、レネは真っ赤を通り越して可哀そうなぐらいである。
「軽いな。母上が引き取ったということは、妹扱いだ。
公爵家の者である自覚を覚えよ」
「はい」
レネは、そっとジルディークの肩に手を添える。
子供でよかった、王子様みたいな人に抱き上げられて触れてもらった。
レネの赤い瞳が輝き、こぼれる笑みにジルディークがハハ、と声を出す。
「悪くないな」
レネを抱き掲げたままジルディークが厨房を出て行く。
「ターニャ、レネの部屋に案内しろ。
レネはもう寝かせる。疲れたろう」
初めて与えられた自分だけの部屋に着く頃には、レネはジルディークの腕の中で寝てしまっていた。
ベッドにレネを降ろすと、レネの温もりがなくなった腕の空気が冷えた。
「さて、どうしようか」
ジルディークは呟いて、ターニャにレネを託すとレネの部屋を出て行った。
レネの部屋は使用人室の一角にあるが、ロザリーナが手を尽くしたレースとリボンで飾られた女の子部屋であった。