兄妹
メイナードは、毎朝会議に入る前にレネに会いに行く。
他国で不自由だろうに、花や菓子を手にしている。
ジルディークよりもまめである。
メイナードもオーウェン公爵も盗聴を危惧して、レネに詳細は話していない。ハヴェイに向かう馬車の中で話すつもりである。
「おはよう、エミリーローズ」
小さな花束を手にしながら、メイナードはレネを抱き締める。
最初は抵抗していたレネも諦めた。
自分と同じ瞳の色、髪の色、兄妹なのだと思う。
レネは受け取った花束を侍女に渡すと、花束を持って侍女は部屋から下がって行った。
「王太子殿下」
レネがカチャンとテーブルにカップを置く。
毎朝の紅茶は、習慣のようになっていた。 侍女としてお茶の教育を徹底されたレネのお茶は美味しい。
「エミリーローズ、早く兄上と呼んで欲しいな。
今日はユレイア公爵夫人が来る事になっている」
その言葉にレネが嬉しそうなのを、楽しくない思いでメイナードが続ける。
「僕も会議の途中抜け出して来るよ。
公爵夫人にはお礼を言わねばならないからね。
孤児院からレネを引き取り育ててくれた。
レネも最後になるだろうから、夫人とゆっくり話すといいよ」
最後、という言葉にレネが反応する。
「殿下、最後って。 私はこの国に居たいです」
「王太子殿下ではなく、兄上と呼んで欲しいな」
カップを手に取り、ニヤリとメイナードが笑みを口元に浮かべるの見てレネは、兄上と呼ばないと話は終わると悟る。
「お、お兄様」
言いにくそうに、頬を少し赤らめて言うレネを見て、メイナードはソファーを立ち上がり、レネをもう一度抱き締めた。
「初めて呼んでくれたね。 嬉しいよ」
メイナードがレネを見る瞳は薄紫。
「僕は王太子として王女エミリーローズに命令する。
まだ、君は王女として慣れていないのは当然だ。
だから、全て僕が命じた事にすればいい。僕は君が生きていてくれただけで嬉しいのだから」
例え、あの男に遊ばれていたにしても君には逆らう術がなかったのだから。
メイナードにとって、レネは孤児院で育ち、その容姿ゆえにユレイア公爵家に引き取られ、危険な事に従事させられた守るべき妹という認識だ。
「そんなのいりません。
優しさのつもりで言ってくださっていると分かってますが、私は私です。間違っても失敗しても、それは私です」
レネの瞳は赤くなっていた。
「例え、私が王女だとしても私です。
それで変わっていくなら、それも私です。 だれかのせいになどしない」
「その瞳、綺麗だ」
赤く色変わる瞳。
間違いなく兄妹の確証。
「ハヴェイの王宮では、誰にも文句を言わせない。安心して」
うっとりと妹を堪能するメイナードであるが、レネの瞳の赤は濃くなっていく。
「ハヴェイには行きたくない、と言ってます。
何、勝手に決めているんですか。王太子は偉いのかもしれませんが、私には関係ありません。
文句を言わせないって、横暴ですね」
そんな事言われたことがないだろうメイナードが、驚愕の表情でレネを見る。
反対にレネは、ニコッとメイナードに微笑む。
嫌われるのは悲しいが、それでハヴェイに行かなくてよいなら有難いぐらいだ。
「関係ないなんて、悲しい事言わないで。捨てられたと思っているなら、誤解だ。
可愛そうに、人を信じられないんだね」
レネの思惑とは反対に、メイナードがレネの両肩を掴む。
お前の頭はお花畑か、言葉をレネは飲み込む。
けれど、この人は私を迎えに駆けつけて来てくれたのだ。 不休で馬を替えながら駈けて来たと聞いた。
レネの瞳が薄紫に戻っていく。
「お兄様、私はもう15歳です。ちゃんと自分で考えますから!」
「悪かった。 バカにした訳ではないんだ」




