ハヴェイ王太子メイナード
軟禁されているレネには外の情報はなかった、それがさらに不安に拍車を掛ける。
コンコン。
侍女が来たのかと刺繍をしている手を止める。
入って来たのは、王太子ローゼルと見知らぬ男性。
だが、その瞳を見て息を飲む。
オーウェン公爵から聞いた話では、自分と同じ瞳は王家直系だと言う。
「王太子殿下、いらっしゃいませ」
レネがカーテーシーをして、ローゼルに挨拶をする。
「ああ楽にして、いつものようにでいいよ。
まだ、君はレネだから」
王太子と見知らぬ男性がソファーに座ると、レネはお茶の用意を始める。
カップに紅茶を注ぎながら、男性の視線を感じる。
「殿下、この部屋は気を使うばかりで、豪華な調度品を扱うのに緊張してしまいます。
お屋敷に帰してください。 朝食の準備をしたいのです」
退屈で仕方ないとは言わずに、ユレイア公爵家で仕事があると強調するレネ。
「無理だよ、レネ」
ローゼルの言葉に期待はしていなかったが、やっぱりと気落ちする。
「そんなにこの国がいいのか?」
それまで黙っていた男性がレネに話しかけた。
「育った国です。
大事にしてくれる人がいます、大事な人がいます」
オーウェン公爵とは違う、もっと若いハヴェイ王家の直系とレネも分かりながら、にっこり微笑んで見せる。
男性は顔を片手で押さえると呻いた。
「かわいい」
声が聞こえたレネは、後ずさりする。
「僕はハヴェイ王太子、メイナード・ライ・フォン・ハヴェイ。君の兄だ、君を迎えに来た」
男性が自己紹介するのを、レネは想像していた最悪の結果と悟る。
「私は、ただの孤児です。ハヴェイの王族と証明する物などありません」
レネの否定は無駄だと分かっていても、言わずにはおれない。
「15年、ここで育ったんだ、愛着があるのは当然だよ。
だが、僕たちも15年決して諦めなかった。生きていてくれて嬉しいよ。
君の瞳が何よりの証拠だ。
叔父上が、君の瞳が赤く色変わりするのを確認している。
エミリーローズ」
メイナードはテーブルを回り、レネの前に膝をつく。
それを見ていたローゼルがテーブルにハンカチを置いた。
「これは、彼女がユレイア公爵家に引き取られた時に孤児院より預かった物だそうだ。
赤ん坊の彼女を抱いて行き倒れていた女性が、身に付けていたらしい。
ハヴェイ語でありふれた女性の名前が刺繍してあるが、それ以上の意味はわからなかった」
ローゼルは、ユレイア公爵家から提出があったと説明する。
メイナードは、そのハンカチを手に取ると広げて刺繍を見た。
『ハンナ』
ハヴェイ語で刺繍の名前を読む。
「ハンナ・ドロシア・デトマス、妹と共に行方不明になった乳母の名前だ」
ヒッ、とレネの息を飲む音が部屋に響く。
メイナードはハンカチをテーブルに置くとレネに向き直った。
「エミリーローズ。
母上によく似ている。 母上はお前が攫われてからすっかり弱っておられたが、見つかったとの報でここに来ると言って聞かなかった。
ハヴェイでお前の帰りを待っているのだ。
どうか顔を見せて安心させてあげて欲しい。
可愛い妹よ」
母親の事を出されると、レネにも逃げ場がない。
レネも家族が会いに来てくれて嬉しい、母親に会いたいと思う。
でも、その代わりにジルディークと会えなくなるのは嫌なのだ。 これは我がままなの?
「母上はお前が生きていると信じて、毎年ドレスを作っていた。 きっと似合うよ」
メイナードはレネが否定出来ないように話を持っていく。
「エミリーローズが、デモアとハヴェイの橋渡しとなるのだ。
両国民共、戦争はしたくない気持ちは共通だ。
エミリーローズがこの国で育てられた事を、ハヴェイ王家は深く感謝している」
「私が?」
「そうだよ、デモアで育ったハヴェイの王女。
君こそが両国の平和の象徴になりえるのだ」
メイナードの言葉にローゼルが頷くのを見て、レネは覚悟するしかなかった。
手に持ったカップを、震えずソーサーに置くのが精一杯だった。




