レネの立場
オーウェン公爵とローゼル王太子、ジルディークは和平交渉会議に向かい、レネは一人部屋に残された。
もちろん、部屋の外には警備兵士が立っている。
両親がいる、私を探していた。
素直に嬉しい、捨てられたのではなかったのだ。
レネはまだ見ぬ家族を思い、会いたいと思う。
だが、それはユレイア公爵家を出てハヴェイ王国へ行く事になる。 戻って来れるのか、無理だろう。
ならば、行きたくない。 ジルディークの側にいたい。
侍女としてジルディークの愛人になるのと、ハヴェイの王女としてジルディークの妻になるのと、どちらが簡単なのだろう?
敵国ハヴェイの王女がデモアの貴族に嫁ぐなどあり得ない。
ここに居てはならない、と警鐘が頭の中に鳴り響くが、扉の外には警備兵、部屋は2階。
窓から身をのりだし様子を見るが、都合よく手の届く位地に樹木などない。
カーテンを引き裂いてロープを作り窓から垂らして脱出と考えても、高級カーテンを裂くなんて出来ないし、挟みがないと無理。
窓から逃亡は不可能と理解する。
もう腹を据えて話し合いあるのみ!
レネは、サイドテーブルに用意されていたティーセットに手を伸ばす。
侍女として、美味しいお茶を淹れるのは基本の仕事。
ティーポットで蒸らした紅茶をティーストナーで濾しながらティーカップに注ぐ。
香りに心が落ち着いてくる。
オーウェン公爵が来られたら、ハヴェイには行きたくないと言おうと決意しても、オーウェン公爵は戻っては来なかった。
どう考えても、お姫様なんて無理だと思う。
ここに何時間かいるけど、退屈で仕方ない。
公爵家の自分のピンクとレースで飾られた部屋に戻りたい。
いつもジルディークが椅子をベッドサイドに持ってきて座るのだ。
幸せな時間を知っているから、絶対に守りたいとレネは思う。
「私はレネ。
エミリーローズなんて知らない」
夜になってもレネには帰宅許可が出なかった。
介護に行こうにも部屋から出ることさえ出来ない。警備兵に止められたのだ。
夕方、ジルディークが訪ねて来て、会議でオーウェン公爵がレネの事を公表したと言う。
「オーウェン公爵は、陛下にレネをエミリーローズ王女であると宣言された。
そして、会議が終われば連れ帰ると言われたのだ」
ジルディークは、レネを抱き締める。
「例え王女であっても、私はレネを妻にするよ」
その言葉が嬉しくて、レネは頬をジルディークに擦り寄せる。
ジルディークは、必要な事だけ言うと会議が再開すると出て行ったが、入れ替わりに侍女達が部屋に来た。
「こちらは応接室でありますので、お部屋を用意しました」
与えられた部屋も国賓待遇の部屋だった。
その部屋を見て、レネは悪い予感しかない。
どんな豪華な部屋もいらない。 ロザリーナの趣味のピンクとレースの部屋がレネの部屋だ。
翌日は、ロザリーナが訪ねて来てレネの部屋から刺繍や本を持ってきてくれた。
「少しは退屈をまぎらわせるかと思って」
「ロザリーナ様、お屋敷に帰りたい」
ロザリーナはレネの言葉に首を横に振る。
「ご両親が分かって、しかも他国の王女。
レネには選択権はないわ。」
それからレネは厳重に監視された生活になった。
ジルディークからは、何度かメッセージが届いたが、会う事は叶わなかった。寝る間も惜しんで会議が進んでいるからだ。
レネが軟禁されて4日目、デモア王宮に僅かな警護を連れたハヴェイの王太子が着いた。
オーウェン公爵からの報告を見て、単騎で駆けて来たらしい。
王太子も薄紫の瞳。 紛れもなくハヴェイ王家直系の証。
オーウェン公爵が来訪するだけでも歴史的な事なのに、王太子の突然の来訪である。
王太子は、和平の調印に来たのだ。
レネを正式に連れ帰る為に、ハヴェイでは和平締結を決めたのである。




