夕飯は感動
レネは思わず手で頬を押さえた。嬉し過ぎて頬がゆるみぱなしだ。
テーブルの上には、見目も美しく美味しそうな御馳走が並べられていた。
孤児院の食事は争奪戦だ。公爵家からの援助があるものの、成長期の子供達はもっと食べたい。
力のある子供がシスターの目を盗んで、弱い子供からパンを奪ったりする。
レネも何度もスープだけの食事の事があった。
そういう生活をしてきたレネにとって、使用人用とはいえ、公爵家で出される夕飯は見たこともない御馳走である。
貴族令嬢達である侍女の食事だ、ただの使用人用ではない。
「いただいていいのよ」
ターニャが言った途端に、レネがテーブルのパンを持つ。
ハッ、と気が付いて上目遣いでターニャを見る。
クスクスとターニャが笑いながら、8歳の子供がお腹を空かしている姿が愛らしくて、肉の乗った皿をレネの前に押し出した。
「マナーは明日からにしましょう。
今日は好きなだけ食べなさい」
がっつく、という言葉のままにレネはパンを頬張り、肉にフォークを刺す。
ドレスを着てお姫様のような姿になったが、食べる様子はひもじい子供だ。
そのレネの手が止まった、満腹になったのかと見るターニャにレネが顔をあげた。
「ターニャさん。
公爵夫人のお相手も、マナーも勉強もします」
「レネ、公爵夫人ではなく、屋敷ではロザリーナ様と呼びなさい」
「はい、ロザリーナ様の仕事は一生懸命します。空いた時間で料理を習いに来ていいでしょうか?
孤児院では調理の手伝いもしました。じゃがいもも人参も上手にむけます。
こんなに美味しい料理は初めて食べました。作れるようになりたいんです」
ターニャはレネが本気だと感じ取っていたが、返事はできなかった。
「明日ロザリーナ様にお聞きしましょう」
少なくとも、反対はされなかった事でレネは飛び上がらんばかり興奮してきた。
「料理長にご飯のお礼をしてきます」
言うが早いか、レネはフォークをテーブルに置くと椅子を降り、奥の厨房に向かった。
厨房の扉を開けると、中には数人の料理人がいたが、小さな女の子のレネにビックリした様子であった。
「レネと申します。美味しい夕飯をありがとうございました」
レネが挨拶をすると、後ろから着いて来たターニャが紹介をする。
「今日からロザリーナ様付きで働く、レネです。
明日から、レネの分の用意もお願いします」
レネは料理人の前に、跪きそうなぐらい喜んでいる。
「明日からも、この料理が食べれるなんて嬉しいです。
自分でも作れるようになりたいです」
レネだって、公爵家の材料が豪華なのはわかっている。
けれど孤児院育ちで8歳の子供のレネは料理に魅せられてしまった。
孤児院の皆にも、こんな料理を食べさせたいと思ってしまったのだ。
味もそうだが、飾り付けも食欲を引き立てている。
「レネちゃんに栄養豊かな食事を出さなきゃな。成長期だものな」
ハハハと笑う料理人だが、レネは今まで食べることだけで必死だった。
栄養・・・
「レネちゃんは料理を作って、誰に食べさせたいんだ?
奥様か?
俺は料理長のベンだ。」
フルフルと頭を横に振ってレネが答える。
「そんな、ロザリーナ様にお出しするなんて無理です。
料理を勉強したら、こんな豪華な材料でなくても、美味しいご飯が作れるのかと思って。
孤児院では、野菜を塩で煮込むだけなので、皆がきっと喜ぶと思って」
そうかそうか、とベンは目を細めてレネの頭をガシガシとなでた。
「僕も楽しみだな」
扉の方から声がして、皆が振り返った。