婚約者
アウロラは、悲鳴をあげてベッドにうずくまった。
この世で一番会いたくて、一番会いたくない人がそこに立っていたからだ
『アウロラ』
低く通る声で、アウロラの婚約者トルストは名前を呼んだ。
結婚間近だったの、と泣いたアウロラ。
胸が苦しい。
汚された身体を見られたくない。
『見ないで!
私、私』
言葉が続かない。
『アウロラの傷が一番ひどい傷だと聞いた。
一番抵抗したからだ。』
アウロラが近寄らないで、と言ってもトルストの歩みは止まらない。
『痛かったろう。
怖かったろう。
辛かったろう』
腕に巻かれた包帯の上にそっと手が添えられる。
ピクンとアウロラが震える。
『私、もう・・』
言葉は嗚咽に飲まれていく。
『大丈夫だ。父も母もアウロラを待っている。
アウロラのご両親もここにいる。』
アウロラの丸まった身体は震えたままだ。
『いいんだよ、十分苦しんだ。
アウロラはアウロラなんだ。
僕はアウロラを失いたくない』
守ってあげれなくってごめん、トルストが両手でアウロラの手を握る。
『誰よりも大切なんだ』
通訳と警護の為に部屋の片隅に居る事務官が、男泣きをしているのを、言葉の分からない侍女達が説明を求める。
通訳されると、侍女達も泣き出した。
それからは、事務官の同時通訳である。
『アウロラ』
呼び掛けられて、アウロラはトルストを見る。
『結婚式は予定通りするよ。
僕の気持ちは変わらない。君は変わったの?』
フルフルと頭を横に振るアウロラだが、腕を動かそうとして痛みに顔が歪む。
『アウロラ』
心配そうにトルストがアウロラを覗く。
『トルスト、貴方は侯爵家の嫡男。
いくらでも綺麗な身体の女性と結婚できるわ』
言いたくない、けどアウロラは口にせずにはいられなかった。
『綺麗な身体って何?
アウロラのどこが綺麗じゃないの?
アウロラが一番綺麗だよ』
アウロラの痛々しい包帯の姿が、トルストへの愛の証なのだ。
『いいの?
私、トルストを好きなままでいいの?』
小さな声でアウロラが確認するようにトルストに聞く。
『ずっと、一生好きでいて欲しい』
様子を見守っていたアウロラの両親が駆け寄って来て、言葉をかける。
『アウロラ、よく顔を見せて。
よく頑張ったわ』
母親の言葉に、皆が涙する。
もう一人の令嬢、キャスリンは両親に囲まれ泣いていた。
『怖かったの、怖かったの!』
キャスリンが行方不明になってすぐに、婚約は解消され、相手は既に新しい婚約者がいるという。
家族に大事に育てられたキャスリンは、我が儘な令嬢だった。
そんなこともあって、婚約者とは上手くいってなかったのだ。
『お父様、お母様、もう会えないかと思っていた』
キャスリンは、婚約が無くなった事に衝撃はなかった。
我が儘な娘の思考を変える程の絶望を経験した。
元婚約者が、直ぐに別の婚約をするというのは、既にそういう関係にあったのだろう。
そんな人、いらない。
『お父様、お母様、迎えに来てくれてありがとうございます』
『キャスリン?』
『私、大事な物がわかりました。
お父様、お母様、お兄様がどんなに私を大事にしてくれたか。
ただ、帰りたかった。生きていてよかった』
母親がギュッと抱き締める。
『私はキャスリンが居てくれるだけで幸せなのよ。
お帰りなさい、私の幸せ』
『お母様!』
幼児のように、母親に抱き締められてキャスリンは泣き続けた。涙と共に、苦しみが流れ出ればいいな、と思いながら。




