残る傷
ガチャン!!
王宮に登城し、ハヴェイの女性たちが治療を受けている客室の中から聞こえてきたのは、何かが壊れる音。
付き添っていたゲイルは部屋の中に入れない。
扉の前で、レネが出てくるまで警護をしてくれるという。
「実は、治療が思うようにいかない。
助けた当初は朦朧としていたせいか、少しは話せて自分の名前も言っていたのだが、状況を分かってくるとパニックを起こすようになった。
女官はハヴェイ語が理解できない。ハヴェイ語が出来る事務官は男性で部屋にいるだけで彼女達は怖がってしまう。男性である医者にも治療させない。
彼女達はデモア語が出来ない、お互いに意思疎通が出来ない。
ジレンマで物に当たることも多く、女官達も扱いに困っているらしい」
デモアにとってハヴェイは敵国であるように、ハヴェイでもデモアは敵国であるのだ。
若い女性が敵国に拉致され、暴行を受け、助け出されたとしても受け入れられるだろうか。
「私、誠心誠意介護させていただきます」
ジルディークの褒美が欲しい、と思っていた自分がレネは恥ずかしくなった。
「行ってきます」
にっこり笑って、レネは扉をノックした。
ゲイルは、レネの顔つきが変わったのを感じた。たくましくなったな、と思う。
扉の中に入っていくレネの後ろ姿に、どうか彼女達を助けてやって欲しいと願う。
広い部屋の中には、3台のベッドが並び虚ろな表情の女性が横たわっている。
『誰も近寄らないで、って言っているのに何故分かってくれないの』
力のない声はハヴェイ語だ。
『初めまして、皆様のお世話に参りましたレネと申します』
レネがハヴェイ語で答えるのを、女性達も、離れて様子を見ている女官達も驚いて見ている。
そして、レネが近づくと、レネの瞳が紫色だと気づく。
『その目・・・』
『こんな所にどうしてその色が?』
身体の力が抜けたような状態だった女性が身体を起こす。
レネは一番近いベッドの女性に近づくと、膝を折り声をかけた。
『心の傷は癒せませんが、どうか身体の傷を治療させてください。
ここはデモア王国ですが、皆が心配しています』
言葉が分かる事に気持ちがあふれ出たのか、泣きながら訴える。
『結婚間近だったの!
こんな身体では、もう婚約者に会えない!
死にたい、死なせて』
どれほど抵抗したのだろう、彼女の身体には無数の傷。
公爵邸に意識のない状態で運び込まれたのが彼女だ。
『ああああ!』
悲鳴のような声をあげて、レネは涙を流しながら彼女を抱き締めた。
傷にひびくだろう、だがせめて温めてあげたかった。
「彼女は婚約者の為に抵抗したの、それがこの傷。
でも汚されて、死にたいって」
レネは女官達に、デモア語で伝えると、侍女達がすすり泣きだした。
『それでも、私は貴女に生きていて欲しいと思う』
レネの言葉を他の女性も聞いている。
『苦しいけど、生きていて、と願う。あんな男の為に死なないで』
レネが間に入って、女官達が説明する治療や介護や栄養の通訳をする。
女官達は事情の説明を受けているのだろう。
「我が国の伯爵が、と思うと恥ずかしくって、申し訳なくって悲しいです」
一人の女官が言うのを、他の女官も頷いている。
『分かっているの、ここにいる人達は私達に危害を加えないって。
でも怖いの』
それをレネは女官に伝えたが、そうだろうと女官達も納得する。
レネが部屋に入って何時間も過ぎた頃、部屋の扉が開き、一人の女官が出て来て警護の兵士に声をかけた。
「医師の治療を受けることを了解してくれました。
すぐに先生をお呼びしてください」
女官には笑顔が浮かんでいた。
ゲイルは部屋の中の事は分からなかったが、レネを誉めてやろうと思っていた。
その足で、王太子と兄ジルディークに報告に向かう。
医師が来るまで、レネは部屋から出て来ないだろう。
トウゴ伯爵の罪は、あまりに大きいです。
戦争を回避出来たとしても、被害者の傷が癒えるにはたくさんの苦難があるのです。




