対面
レネは、王宮での事をロザリーナに報告していた。
「執務官様は、とてもお優しかったのです。
よく頑張ったと褒めてくださって。
地下道の存在は、私が拉致されて連れて行かれなければ分からなかっただろうと、言ってくださったのです」
「まぁまあ、でも怖かったでしょう?」
「はい、ロザリーナ様。
でも、絶対にゲイル様が探してくださると分かってましたから」
「あら、レネを連れて帰ってきたのは、ジルディークよ」
「そうなのです。
ジルディーク様が助けに来てくださって、夢みたいでした!」
レネは、そんな事を感じる余裕もない状況だったくせに、話が美化されている。
「奥様、お客様がおみえです。」
侍女のバレッタが来客を告げるが、ロザリーナの予定にはない。
「カミラ・ミズーリ侯爵令嬢が、先触れもなくいらっしゃっています」
レネがピクンと反応するのを、ロザリーナが手を添えて安心させる。
ジルディークの婚約者だと知らない者はいない。
ロザリーナは夜会で何度か会ったらしいが、この屋敷に来るのは初めてである。
「来てしまったものは仕方ないわ。
サロンに通してちょうだい。すぐに行きます」
ロザリーナもさっきまでの楽しそうな表情とは打って変わって、緊張した面持ちで指示をだす。
ロザリーナは侍女を引き連れてサロンに入ると、カミラは立ち上がり礼を取り挨拶をした。
「急に伺って申し訳ありません。
お義母様にお聞きしたいことがありまして」
ロザリーナは、ソファーに座るとカミラの言葉を遮った。
公爵夫人のロザリーナは、侯爵令嬢のカミラよりずっと地位が上なのだ。
「そう呼ぶには、まだ気が早いのではなくって?」
「申し訳ありません。公爵夫人」
カミラは言いなおすが、機嫌が悪くなっていくのを隠しもしない。
そして、ロザリーナの後ろに立つ侍女の中に、とても若い娘がいるのに気が付いた。
豊かなブロンドに美貌というべき容姿。
瞳が紫色だと気づいたのはすぐのことだった。
「ハヴェイの人間がなぜ、ここに居るのです?
気持ち悪いわ、悪いことをするに決まってます。すぐに追い出すべきですわ」
公爵家では、皆が子供のレネを大事にしてくれたので忘れていたが、町に出れば同じような事を何度も言われた。
平気だ、私は何も悪いことなどしていない。恥じることはない。
レネは怯むことなく、胸を張る。
「おだまりなさい。
この娘は、大事な娘です。
貴方に貶される謂れはありません」
普段はおっとりしたロザリーナであるが公爵夫人の威厳を出せば、カミラはびくついて居心地悪そうにする。
その目にレネが映る。ロザリーナに気に入られているのか、使用人なのに可愛いドレスを着ている。
『ジルディーク・ユレイアが使用人の娘を気に入っている。若い娘がいいらしい』
カミラの目が見開き口元が歪む。
「お前ね! この泥棒猫が!」
カミラは手にしていたカップをレネに投げつける。
レネはカミラがカップを振り上げた時に、ロザリーナを庇うように覆い被さったので避けることが出来なかった。
レネの肩に当たったカップは床に落ち、大きな音を立てて割れた。
ガッチャーン!!
「レネ!」
ロザリーナの悲鳴があがる。
その音に侍従や家令が駆けてくる。
「誰か! その狼藉者を捕まえなさい!
レネが私を庇ってケガをしたの。医者を!」
侍従達に取り押さえられてカミラが叫ぶ。
「放しなさい!
私は侯爵令嬢よ、たかが使用人のくせに!」
レネを狙ったカップは、レネがロザリーナに覆い被さっていたために、ロザリーナを狙ったように見えた。
ロザリーナはターニャにレネを預けると、立ち上がった。
「ロザリーナ様、おケガはありませんか?」
レネがか細い声で尋ねると、ロザリーナは少し笑顔を見せて、大丈夫と答える。
「レネが代わりにケガをしたわ」
ロザリーナは家令にユレイア公爵に連絡するように指示を出し、ミズーリ侯爵家にも侍従を向かわせた。




