褒美
公爵家に呼ばれた医者が最初に診たのは、レネではなく、ロザリーナ。
レネの帰宅を知ったロザリーナは、レネを見るなり失神してしまったのだ。
レネのドレスは切られ、複数の傷に出血。
側にいた侍女が支えて事なきを得たが、そのまま倒れていたら、大ケガを負っていたかもしれない。
「ロザリーナ様は私達が付くから、レネは自分のケガの治療に専念しなさい」
ターニャに言われて、レネはおとなしく医者の治療を受けていた。
ジルディークは公爵に報告に行っていていない。
コンコン。
「レネ、私だ。入るよ」
ジルディークがレネの部屋に来た。
小さな部屋には、ベッドとクローゼットと小さなテーブルに椅子が一つずつ。
孤児院の大部屋で育ったレネには、夢のような自分だけの部屋である。
治療を終え、ベッドに寝ていたレネが起き上がろうとするのを、ジルディークが止める。
「痛みは?」
ジルディークの言葉に、レネは首を横に振る。
ベッドの横に椅子を持ってきてジルディークが座る。
「無理をさせた。私の判断が間違っていた」
レネを囮に使うといっても、他国への潜入でもなく、軍に守られての陽動だ。ゲイルもすぐ側に付いている。
安全なはずだった。
父は元々そのつもりで、レネを引き取ったはずだ。
ジルディークもそのつもりでいた。
だが、レネの帰りが遅いとわかった不安。
地下道に消えたまま行方のわからない恐怖。
あのグロテスクな部屋で男にのし掛かられていた激怒。
自覚した。
レネが自分を想ってくれる気持ちに甘えていた。
無くすかもしれない。
その絶望。
わかっていたのだ、気づかないようにしてた。
まだ、子供だ。
でも、子供はいつまでも子供ではないのだ。
レネの料理が優しく美味しいのは、気持ちが入っているからだ。
野菜の皮も使うために丁寧に洗う。冷たい水で手が赤くなり、指がかじかむ。
前夜に語学の本を読みながら、ゆっくりスープを煮込む。
鍋を覗くのに、昔は身長が足りないから踏み台を使っていた。
時々、歌が聞こえる時もあった。
こっそり、使用人達が覗いていた。
作っている時から、周りを幸せにしてくれた女の子。
腕の傷が一番酷いのか、包帯が痛々しい。
「もうしばらく、ここに居ていいか?」
包帯の上から腕を撫でながら、ジルディークが言う。
「ジルディーク様」
ハラハラとレネの瞳を涙が流れ落ちる。
「怖かった」
ポツンと呟く言葉に、ジルディークがレネを抱き締めた。
「怖かった、怖かった!」
頬も瞳も真っ赤にして、レネがジルディークにすり寄る。
ジルディークの背中に回った手が、もう子供の手ではないとわかる。
「ジルディーク様、今日で15歳になりました」
涙が乾かない顔を上げて、レネが微笑む。
「プレゼントをあげような」
この国では、15歳になれば結婚もできる。大人と認められるのだ。
「じゃ」
レネの手が、ジルディークの背中をギュッと握りしめる。
「キスして」
ジルディークを見ずに横向いて、レネが言葉にする。
その姿が可愛くて、ジルディークはレネのあごに手を添えるとジルディークに向けさせた。
そっと重なる唇。
驚きでレネの瞳が大きく見開かれ、真っ赤な瞳は真ん丸だ。
きっと、頬にキスと思っていたのだろう。
「レネ、目をつむって」
ジルディークの囁きにレネが目をつむると、再び重なる唇。
口付けの後、ジルディークはレネをベッドに寝かすと額にキスをして出て行った。
もう、ジルディークは部屋から離れただろうか、とレネは口を押さえていた手を離す。
「きゃあああ」
嬉しいのと驚いたのと、ごちゃごちゃになった歓声が押さえられない。
おねだりすれば、頬にキスしてくれるかな、今日頑張った褒美あるかな。
最大の勇気を振り絞って言ったのだ。
ファーストキス、ジルディーク様と唇に、唇に!
唇にしたから、ファーストキスだ、と自分に突っ込みながら、興奮が覚めない。
寝れない、今夜は絶対に眠れない!
うふふ、うふふとベッドの上を転げ周り、傷に触っては怯んでいたが、疲れていた身体は眠りに落ち、翌朝は発熱していた。




