ジルディークの覚醒
ジルディークが飛び込んで見たのは、男にのし掛かられているレネが抵抗して男に頭突きをする瞬間だった。男が鼻を押さえて横に倒れこんだ。
レネは渾身の力で頭突きをしたらしく、男の顔は鼻血で真っ赤になった。
「レネ!!」
ゲイル達が男を取り押さえているが、ジルディークは真っ直ぐにレネの元に駆けていく。
レネの身体を起こすと、腕だけでなく、ガラス片で切ったであろう沢山の傷。
ドレスも切られて足が見えている。
ジルディークは自分の上着をレネに着せて腕に包み込むと、そっと抱き締めた。
「あの、ジルディーク様?」
興奮して赤くなっていたレネの瞳は、薄い紫に戻っていく。
ジルディークは、レネを抱き上げると言葉なく歩き始めた。
何も言わないジルディークに不安を感じながらも、助かった安堵からレネは、恐る恐る腕をジルディークの首に回す。
凄く怖かったんだから、ごほうび貰ってもいいよね。
ああ、頑張ってよかった!
どうしよう、ジルディーク様の顔が、こんな近くにある!
「おい」
ローゼルがジルディークに声を掛けるが、横目で見ただけで通り過ぎる。
「ジルディーク様、王太子殿下が」
平民のレネにとって、ジルディークが王太子を無視するのは、自分を抱いているせいだと思うと恐れ多い。
「ジルディーク様」
「レネ、無事でよかった。
また美味い朝ごはんを頼むよ」
ジルディークが返事しないことを気にするでもなく、王太子はジルディークの腕の中のレネに話し掛けた。
グレチモアやゲイルに囚われている女性の捜索の指示を出し、ローゼルは綱で縛られている伯爵の前に立った。
「お前のした事は許せない」
自害させないように兵士に注意をして、護送車に乗せた。
軍の司令部で尋問をすることになるのだろう。
馬車にレネを乗せたジルディークは、やっとレネを離した。
「悪かった。痛いだろう?
屋敷に着いたらすぐに治療をしよう」
向かいに座って、そっとレネの腕に触れる。
痛いけど、我慢できない程じゃないし、まだ興奮していて感覚がおかしいのかも。
レネは、首を横に振る。
「私、ジルディーク様の役に立った?」
レネだって、自分にいろんな教育を施されたのは、公爵夫人の侍女にするだけではないからだ、と分かっている。
従来、公爵夫人の侍女は貴族の娘の仕事である。孤児院出身の平民など使い捨ての駒にするためだと気づいて、却って納得した。
だから、孤児院から引き取られて公爵家に来たのだと。
役に立つ限り、存在価値があり、ジルディークの側にいられる。
「孤児院に居た頃はもっとケガしてました。これぐらい平気です」
「私が平気ではいられない、というのが分かった」
違うんだ、とジルディークはレネの髪に手を添える。
「帰って来ないかも、と思うとじっとしていられなかった」
レネは自分で真っ赤になっているのが分かった。
どうしちゃったの、ジルディーク様。
いつも優しいけど、優しく接してやっているんだ、って態度に気が付いていた。
その見せかけの優しさでも、嬉しかった。
「イタイ」
レネの心が嬉しいのか、驚いているのか、苦しいほどに胸が動悸で痛い。
呟いたレネの言葉に、ジルディークはケガを痛がっていると取ったようだった。
「すぐに屋敷に着く。すぐに手当てだ。こんなに血が出ている」
馬車が屋敷に着くと、ジルディークはレネをまた抱き上げ、走るように屋敷に入った。
「医者だ!
すぐに医者を呼んでくれ! レネがケガしている!」
屋敷中に響くのではないかと、大声でジルディークが叫ぶ。
ジルディークに抱かれながら、らしくないですよジルディーク様、とレネは思わずにいられない。
もしかして、動転している?
ジルディークの顔を窺っても、いつもと同じに見える。