レネ連れ去られる
コンコンと部屋の扉を叩く音で、ジルディークがサロンの扉を開けると、そこに居たのは報告の使者ではなく、母親のロザリーナであった。
「お客様なのに、ごめんなさい。
レネが見当たらなくって、ターニャが貴方に呼ばれてサロンに行ったと言うから」
レネを可愛がっている母親に許可など、取れるはずもなかった。
昨夜は夜会に出かけていて、今日は昼過ぎまで起きて来ないはずだったのだ。
「レネにはお使いに行ってもらってます」
「まぁ、あの子に街は危険だわ。わかっていれば、サテンのケープのフードで顔を隠させたのに」
「大丈夫ですよ、ゲイルが付いてますから」
やっと安心したらしいロザリーナが、戻って来たら知らせてと言い残し部屋に戻って行った。
堅苦しい挨拶から逃げたかった王太子ローゼルが、入り口からは見えない所から姿を現した。
「夫人が心配するのも尤もだ」
ローゼルに向き合うように、ジルディークがソファーに座る。
「確かに囮として使ったが、伯爵がレネをどうこうするなど出来るはずない。警護が付いているのだからな。
伯爵が公爵家の侍女の身体に許可なく触れようものなら、警護が取り押さえても文句は言えない。
殿下だって、伯爵がレネを拉致するなど本気で思っていないでしょう。
軍が忍び込むのに、伯爵を油断させて隙を作れれば十分だ」
トウゴ伯爵は凡庸な男で、人々の記憶に残る才能も聞いたことがない。
ヤールセンが正しいか判断できない限り、大きく動くことはできない。
1軍隊を投入したのだ、正しいか間違っているか答えは出るはずだ。
軍の報告はすぐに来るはずだった。
ゲイルは若手の士官の中では随一の腕前だ、最良の護衛である。
レネに何が起こっているんだ?
ジルディークはサロンを飛び出し、厩舎に向かうと馬に飛び乗った。
ローゼルもすぐ後ろに付いて来ていた。
二人が向かうはトウゴ伯爵邸。馬で駆ければすぐ着くはずだ。
伯爵が執務室の扉の鍵を開けようと身をかがめると、レネもゲイルも扉の鍵穴を自然に注視する。
それを待っていたかのように、伯爵が手にした鍵をゲイルに投げつけた。
ゲイルが鍵を避ける隙に、伯爵はレネの腕を掴み、すでに鍵が開いていた執務室に引きずり込むと中から鍵をかけた。
ドンッ!!
ゲイルが体当たりで扉にぶつかるがびくともしない。
伯爵が投げつけた鍵は、この部屋の鍵ではなかった。
「レネ!!」
屋敷からゲイルの大声が響き、外に待機していた軍が突入して来る。
逃げ惑う使用人達の悲鳴、一気に屋敷は喧噪の渦に包まれた。
ガンガン!
剣などでは扉はびくともしない、そこに到着した軍人達も一緒に体当たりすると、扉がぐらつき始めた。
「窓から逃げるかもしれん。外にも誰か回ってくれ!」
ガーンッ!!
何度かの突撃で扉の蝶番が壊れ、怒涛の如くゲイルを筆頭に兵士がなだれ込むが、そこには誰もいない。
窓は開いておらず、外にはすでに兵士が待機していた。ここから逃げるは難しいと咄嗟に判断する。
扉が壊れるまで、僅かな時間しかない。
隠れる場所などなく、逃げる扉も入り口か窓しかない部屋だ。
「どこかに隠し扉があるはずだ。
抜け道を探せ!」
グレチモア隊長が叫ぶ。
執務室の家具が部屋の外に運び出され、絨毯が剥がされる。
壁を叩く者、作り付けの書棚を探る者。
「ここだ!」
一人の兵士が叫ぶと、全員が振り向いた。
兵士が壁の姿見の鏡に手をかけ、上下に動かすと隙間ができ、後ろに穴があるのが見える。
「手伝ってくれ!」
何らかの手順を踏めば鏡が動くのだろうが、それを探る時間はない。
ガーン!!
執務椅子を投げつけると鏡が砕け散り、壊れる。
人が通れる大きさになるまで、姿見の鏡が無くなった枠を壊し続ける。
暗い穴にゲイルが飛び込む。
駆け込んだ時に木の端に引っ掛けたのか、ゲイルの頬には傷ができ、血が流れ出ていた。
男達が次々と穴に入って来る、どこまで続くかわからない真っ暗な通路は、足音が響かないように絨毯が敷かれていた。
蝶番にルビをふった時に、後ろに続く文を削除したらしく、変な文になっており申し訳ありませんでした。注意力が足りなく恥ずかしいです。
消された所を追加しましたので、よろしくお願いします。
いつも誤字報告ありがとうございます。
violet