危険に向かって
その朝は、いつもの朝と同じのようだったのに、アマディが学校に行っても、ジルディークもゲイルもテーブルから動こうとしなかった。
「レネ、使いの仕事をしてくれないか?
母上には許可を得ている。サロンに来てくれ」
ジルディークが、微笑みのサービスとばかりにレネに笑いかける。
朝食の後片付け、と言おうとした言葉をレネは飲み込む。
おかしい。
何がおかしいかなんて、わからない。ただ、おかしいと思った。
「はい、すぐに行きます」
見せられたのは、招待状の入った封筒。
ロザリーナのお茶会の案内だ。
トウゴ伯爵夫人に渡せばいいのだと、理解するが、今まで一人で出掛けた事などない。
ロザリーナの招待状は、先輩侍女や侍従が届けていた。
「僕が付いていくから」
「ゲイル様!」
侍女の付き添いに公爵家子息が付くなどありえない、レネは飛び上がらんばかりだ。
「トウゴ伯爵夫人は、少し気難しい方でね。
是非とも、その場で返事を貰ってきて欲しい」
ゴクン、とレネは唾を飲み込む。
「それは、ジルディーク様のお役にたちますか?」
「ああ、とてもね」
「わかりました、行ってきます」
ロザリーナ以外から、ロザリーナの茶会の招待状を渡されるなどおかしいのだ。
「断れ! レネ!」
ゲイルが、レネの肩を掴む。
「ゲイル様、ありがとうございます。
変ですね、ゲイル様が泣きそうに見えます」
レネがニッコリと微笑み、公爵家で習った見事なカーテシーを披露する。
凄く怖い。
何があるか説明もないのが、怖い。
説明したらもっと怖くなるから、説明ないんだ、とレネは思う。
返事を貰って来る、ジルディークはそう言った。
帰って来い、と言うことだ。
ジルディークが、レネに招待状を手渡す。
「レネ」
ジルディークの囁きは、レネに届く。
既に用意されていた馬車に、レネとゲイルが向かい合わせに座る。
「侍女なのに、乗馬の訓練も受けて変だと思っていたの。
ゲイル様も、どういうことか教えてくれないのですね」
「僕が守るから、知らない方がいい」
ダン!
レネが馬車の壁を叩く。ゲイルが驚いてレネを見ている。
「申し訳ありません、なにぶん孤児院そだちですので」
ニッとレネが笑う。
一瞬馬車は止まったが、ゲイルが声をかけると走り出した。
「トウゴ伯爵って孤児院に何度か来てたけど、気味悪い目で見るから嫌いでした。」
こんな男よね、とレネが自分の目を指でつり目にする。
「いや、僕は顔は知らないが、つり目の男なのだな?
それより、レネはずいぶんと、我慢していたのだな」
「うーん、我慢というか、いい子に見られたいから頑張ってました。
騙すつもりではないの、立派な侍女になる為に頑張ってたの」
はー、と息を吐き出してゲイルが話し出した。
「機密が多いのでたくさんは話せないが、伯爵にはとある嫌疑があり、レネが伯爵をひきつけている間に軍が探ることになっている」
ヤールセンの言う通り、他にも令嬢がいるのか探せねばならない。
そして、トウゴ伯爵がヤールセンの言う通りなのかもだ。
パンパンとレネが自分の両手で頬を叩く。
「ゲイル様、凄く怖いから伯爵に会って、私が動けなくなったら叱ってください。
私、逃げればいいんですよね?
その間に軍が探るのですよね?」
おおまかには合っている、とゲイルが頷くのを見て、レネが覚悟する。
馬車が止まると、緊張がはしる。
トウゴ伯爵邸に着いたからだ。