囮
このヒーローでヒロインは幸せになれるの? と思ってしまう展開です。
深夜に王の執務室に招集されたのは、第一軍隊長ジョンソン・グレチモア、外務大臣セオドア・ボッサム。
そこに居たのは、王、王太子ローゼル、ユレイア公爵、王太子補佐ジルディーク・ユレイア、第一軍少尉ゲイル・ユレイア。
「何としても戦争を避けねばならない」
王の言葉に、外務大臣が頷く。
「かつて戦争の原因であったことが、今は戦争するほどの要因となっていない。
大河の利権はもう2国間で決定できるものではない。
長い休戦の間に、社会情勢は変わりました。
ハヴェイ王国でも、王弟殿下が和平に動いているのです」
内密に両国で調整が行われているところだ、と外務大臣が言う。
「ヤールセンという男の言葉の信憑性はわかりませんが、紫の瞳の女性が我が家に運び込まれた、という事だけは確実なことなのです。
もし、ヤールセンの言う事が正しければ、ハヴェイ王国はデモア王国を攻撃してくるでしょう。
我が国民がハヴェイ王国に敵対心があるように、ハヴェイ国民にも根深いものがあるのは間違いない」
自国の複数の貴族令嬢が拉致され、暴行され、命まで危険な状態。許せるものではないだろう。
ユレイア公爵が説明するが、聞いている方も考えているのは同じことだ。
「トウゴ伯爵は、なぜに危険を冒してまで、ハヴェイの女性を拉致したのか?」
王の問いかけに答えたのはジルディークだ。
「トウゴ伯爵は、とある孤児院に寄進をしていた。
そこには、紫の瞳の孤児がいた。
シスターに何度も引き取りたい、と言っていたようだ。シスターはトウゴ伯爵に不信をいだき、ユレイア公爵夫人に相談し、夫人がその孤児レネを引き取った」
話を聞いているゲイルが身震いする。
レネが公爵家に来た時は8歳だった。伯爵はそんな子供に目をつけたのか、と気持ち悪くさえ思う。
レネの代用に紫の瞳を得ようとしたのか、紫の瞳だからレネに目を付けたのか、そこまでは分からない。
「女性が一人逃げたことで、残りの女性は場所を移されている可能性がある。
なんとしても全員を救い出し、ハヴェイに送り返さねばならない。
ハヴェイが納得するようなトウゴ伯爵の処分も必要だろうが、まずは救出だ」
ローゼルが、第一軍隊長にトウゴ伯爵家を包囲するように指示を出す。
「レネを使いましょう」
そう言うのはジルディーク。
「兄上! 危険すぎます!」
ゲイルがジルディークに食って掛かれば、ローゼルも口を出す。
「レネは私の愛人候補だ。もしもの事があっては困る」
ユレイア公爵が口を開く前に、王が言葉を発した。
「元々気に入っていた孤児が囮となれば、伯爵は必ず乗ってくるだろう。
その孤児には護衛をつけて、安全を考慮すればいい。
伯爵が娼館から女性を買い入れたとでも言い逃れすれば、ハヴェイがさらに態度を硬化するだろう。
拉致の現場を押さえねばならない」
「父上、レネはだめです」
ローゼルは王を止めようとするが、ローゼル自身もわかっている。
「所詮は、ハヴェイの貴族の流れをくむ孤児。
ハヴェイの貴族令嬢は必ず助ねばならない。
戦争になれば、国民のたくさんの血が流れる」
「父上はレネを見たことがないからだ。
あんな綺麗な娘、他にはいない。優しい料理を作るんだ」
分かっている、戦争は避けねばならない、とローゼルが顔をゆがめる。
「僕が警備に付きます。
緊急を要するなかで、囮が一番早く確実なのはわかります。
だが、レネは絶対に危険には合わせない」
ゲイルが王の前に出る。
「レネは妹も同じだ」
そうだろ? とジルディークとユレイア公爵を見る。
夜を徹し、朝日が昇る頃、それぞれが任務を持って執務室を出た。
ユレイア公爵とジルディーク、ゲイルは公爵邸に馬を走らせた。