公爵夫人との出会い
元気な女の子のレネが幸せをつかむべく、がんばります。
どうかよろしくお願いします。
レネは、孤児院の前で行き倒れていた女性の腕に抱かれていた赤ん坊だった。
身なりの良い女性であったが、身元が分かる物等なく、そのまま息をひきとった。
レネは、カールのかかったブロンドに薄い紫色の瞳。
紫の瞳は、休戦状態にある敵国ハヴェイに多い色だ。
変わった瞳の色は、大人たちには好奇の目で見られ、子供たちからいじめの対象となった。
しかも、光の加減や感情によってその瞳は、色を赤色に変える稀なる瞳であった。
カーニバハル修道会孤児院は、ユレイア公爵家の支援を受けて、恵まれた孤児院の一つであった。
レネがそこに引き取られたのは、幸運であった。孤児院の中には、子供たちを売り飛ばすために育てているような所もあるからだ。
「ユレイア公爵夫人、こんにちは。いつもお菓子をありがとうございます」
見よう見まねでカーテシーをするレネに、慰問に訪れている公爵夫人ロザリーナは目を細める。
レネが赤ん坊で引き取られた時から知っているロザリーナは、特にレネを可愛がっている。
それが、他の子供達からのやっかみや、いじめにもなっているのだが、レネはそれぐらいでくじけたりしない。孤児院の中では、ありふれた事だからだ。
レネは、いつか公爵夫人から仕事を紹介してもらって、孤児院を出て行きたいと思っている。
孤児院出身で、まともな職を得るために、公爵夫人の口利きは大きい。
何より、レネの紫の瞳では敵国の民族ということで、苦難が想像できるのだ。
「レネは何歳になりましたか?」
「はい、8歳になりました」
にっこり笑顔でレネが公爵夫人に答える。
孤児院で誕生日のわかっている子供は少ない。戦争孤児や、捨てられた子供、レネのように孤児院に来た日が誕生日となっている子供も多い。
「そう。
シスター、レネは公爵家で侍女として躾けようと思っているの。
私の侍女には教養やマナーが必要ですから、貴族令嬢が多いけれど、レネなら大丈夫だと思うわ。
これから教育する時間を考えれば、8歳が早すぎるということはないと思うの」
ロザリーナもシスターも、レネが育つにつれ、持って生まれた美貌に心配していた。孤児院や下町では美しい女性に危険な事が多いからだ。
シスターが頷くと、話は決まったようである。
「レネ、荷物をまとめていらっしゃい。
ユレイア公爵夫人の帰りの馬車に乗せさせていただきます」
以前から話が出ていたのだろう。シスターはすぐに指示をだし、戸惑いもないようだった。
「公爵夫人、精一杯仕えさせていただきます」
レネは夫人に挨拶すると、周りの子供たちに目もくれず、少ない荷物の片づけを始める。
孤児であるなら、公爵邸でメイドでも格段の扱いだが、侍女などと思いもしなかった。
8歳であっても、孤児院の子供は、子供らしいだけではいられない。
いつか孤児院を出て行かねばならない時の為に、いろんな技術を身に付ける。
孤児院で、料理や掃除、刺繍や編み物の内職もする。
レネだけでなく、孤児院の子供の手は労働であかぎれている。
教師について教育を受けた事などないが、寄贈された本で自分で出来る勉強はしていた。
シスターの中には、高い教育を受けた女性もおり、子供達に文字や言語、計算を教える者もいた。
レネは、そんな中でも特に勉強熱心であった。それも公爵夫人が気に入った要因であったらしい。
公爵夫人の好意に何としても応えて、認めてもらいたい、とレネは心に誓う。
公爵家で働くなど、千載一遇のチャンスなのだ。
「じゃ、みんな元気で」
孤児院であっても、8歳で働きに出るのは早い。
不安がないわけではない、育ってきた孤児院を出るのは寂しい。
馬車に乗る前に、孤児院を振り返る。
今度来る時は給金を貯めて、皆に美味しい物を買って来よう。
不安と期待と様々な思いを胸に、レネは馬車に乗り込んだ。
それが、もう会えない別れとは思いもせずに。
お読みくださり、ありがとうございました。