第百十二話
「あの人たち、意外といい人だったのかな?」
「そうかもしれないでござるな。ちと寒気がした気がするでござるが……」
「甘いですよ。どうせ報酬や謝礼、対価が目当てでしょう」
「それは穿ち過ぎな気がするが……まぁ今の段階では甲乙つけがたいな。また会えたら目星がつくだろう。とにかく、あの乗り物に乗って移動するぞ」
白夜達一行は冒険者登録を終え、時計塔の前で相談する。
入学資料によると、学院は六時で受付が終了してしまうらしい。
時計塔を見てみると、今は三時前ということが分かり、あまり悠長に構えていると訪ねるのは明日以降ということになってしまう。
白夜は足を少し急がせ、先ほど見た透明板の駅まで戻る。
「さて……コウハク、また頼む」
「かしこまりました」
例のごとく文字が読めないので、行き先までのルートが書かれた看板をコウハクに見てもらう。
「ハクヤさん、文字覚えなきゃだね~」
「そうだな……そういうのも学院で学べるものなのか?」
「拙者は母上から教わっただけでござるなぁ」
「まじか……知ってて当たり前ってところか?」
「ん~簡単な文字は知ってて当たり前ってところかな~」
「あまりにも貧しい者なら知らなくても不思議ではないでござる」
「そういうもんか……」
(あれ? 何か大事なことを見落としているような……)
一瞬何かが引っ掛かった白夜であったが、コウハクがルートを確認し終えたらしく、テクテクと戻ってくる。
「確認し終えました。二番の乗り場から魔法学院の近くにまで行けるようです。お代は一人銀貨二枚のようです」
「……そうか。よし、行くか!」
目の前の新アトラクションの方に心を奪われた白夜は即座に先ほどまで考えていたことを消去し、足を少し急ぎ気味に動かすのであった。
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透明板に乗って空の旅を数時間楽しみ、しばらく歩くとそこへ辿り着くことが出来た。
――リンブルダム魔法学院。
この世界に存在する数ある魔法学院の中でもトップクラスの著名度を誇るこの学院の容貌は、正しく絢爛豪華という言葉が似合うものであった。
イルミナの居た吸血鬼の居城――ヴラッド・シュタイン城を荘厳と言うのであれば、この学院は豪華。
どこかのアトラクションの中心地にあるかのような白く美しい城は、門の前に立つ白夜が首の角度をかなり変えないとその全貌を見ることが出来ないくらいに大きい。
その周囲は無数の背の高い槍が天にめがけてそそり立つ鉄門に囲まれている。
――今正に白夜の目の前に存在するそれらである。
「大きいな……」
「綺麗でござるなぁ……」
「ん~あたしはもうちょっと黒い方がいいなぁ」
「あちらに受付のような場所がありますね」
コウハクが指さす方角に石造りの小さな建物があり、少しばかりの人がそこで並んでいるようだ。
一行がそちらの方へと足を運んで並んでみると、丁度前に並んでいた人物たちは用を終えたようで、数秒待たずに白夜たちの前が空いた。
「ひゃわっ!?」
「おっと」
その時、急に振り返ってこちらへと歩いてきた少女が後ろで並んでいた白夜とぶつかってしまった。
白夜はぶつかった反動で後ろに倒れてしまいそうになる少女の右手を掴み、倒れないように少し引っ張る。
白夜が少し引き寄せたおかげでこけることはなかったその身を間近で良く見てみると、その少女は長い黒髪をおさげにし、淵の大きな丸眼鏡をし、少し高そうな衣服を身にまとった身長の低い気弱そうな人物であった。
「す、すみません! お怪我はありませんでしたか!?」
「いえいえ、こちらこそすみません」
「よ、よかった……ちゃんと前を見てなくて、ごめんなさい……」
「お気になさらず、次から気を付けましょう――」
「おいっ! 何やってんだよ!」
するとその人物の奥から、少年が声を荒げつつズカズカとやってくる。
オレンジ色のショートヘアの髪型、こちらも少し高そうな衣服を身にまとった綺麗な顔立ちの少年は、白夜を睨みつける。
「シエラから手を放せこの野郎! そいつは俺の連れなんだ! 手を出すんじゃねぇ!」
「え? あぁ……すみません」
あまりにもの気迫に白夜は少々怯えつつ、その少女――シエラと言うのだろう――からパッと手を放し、少年に詫びる。
「あっ! 違うのレオ君! 悪いのは私の方で――」
「ほらっ! 早く行くぞ!」
シエラが弁解しようと試みるも、その少年――レオと言うのだろう――はシエラの手を引っ張り、また声を荒げながらズカズカと足早にそこを離れて行った。
「……何だったんだ?」
「あの短髪の少年……覚えましたよ」
「あの子もハクヤさんと手を繋いじゃうなんてねぇ……」
「あちらもこちらも物騒でござるな……」
白夜は突然の出来事に少々戸惑いつつも、本来の目的を思い出し、関所のような建物へと体を向ける。
この建物は学院へのアクセスを管理する場所――受付で間違いないらしい。
受付が挨拶をしてくる。
「いらっしゃいませ。ご入学をご希望でしょうか?」
「はい。入学資料を提出したいのですが」
「かしこまりました。不備がないか、資料を拝見致します」
資料を受付に渡し、しばしの間待つ。
資料はここまで来る道中で既に記入済みだ。
――白夜の分はコウハクが。
あの透明な板には種類があり、白夜たちが乗っていたのは、乗ると周りも透明な板に囲まれる仕組みのもので、紙が風に流されるようなこともなく書くことができた。
――これからは透明ボックスと呼ぶべきだろうか。
「――はい。不備はございません。それでは試験費用のご用意をお願いします」
「はい。試験費用ですね。こちら――」
(……試験費用?)
「……あっ」
白夜は気づいた。――気づいてしまった。
どこの学校であろうとも大体は試験というものがある。――面接、実技試験、筆記試験といったような。
面接も実技も得意ではない白夜だが、それよりも重要な試験――筆記試験。
字が一文字も読めない赤子同然の白夜にとって、何よりも最難関であるこの試験。
(あぁ……すっかり忘れてた……あの胸騒ぎはこういうことだったのか……)
白夜は「いかがいたしましたか?」と笑顔で対応する受付に対して引きつった笑いを浮かべながら全員分の試験費用を払い、その場を後にするのであった。