第百九話
ガヤガヤガヤガヤ。
「へいへい! らっしゃい! いい魚入ってるよ!」「そこの嬢ちゃん! この果実は美味いよ〜!」「野菜どうだい? 兄ちゃん。いい男だから安くしとくよ」
門の先には大きな一本道があった。
両端には二、三階建ての家屋の前に、パラソルやテントが張られた屋台が幾つにも何列に渡っても並んでおり、色とりどりの肉、魚、果物などの食物販売店で賑わっていた。
「ここは食物市場のようだな。随分と人が多い。はぐれないように気をつけないとな」
人混みで賑わう一本道を見ながら、白夜が三人に忠告する。
「そうだねぇ……あっ! じゃあさ、こうすればいいんだよ!」
そう言ってイルミナが白夜の左手をキュッと握る。
「えへへ……こうすれば、ずっと一緒だよ?」
イルミナは握った手を顔の高さにまで上げてふりふりと振る。
「なるほど、これなら迷子にならんな。そんじゃそうするか――」
すると白夜が言葉を言い切るよりも早く、コウハクが白夜の右手をギュッと握りしめていた。
「くっ……主人さまと自然に手を繋げるように、このようなことを思いつくとは……やりますねイルミナ」
コウハクは嬉しそうにしながらも悔しげな視線をイルミナに向けると言う器用なことをしていた。
「ふふん。コウハクもまだまだね〜」
「あの……拙者はどうすれば――」
もし言葉を発していたのであれば、二人娘は「「あぁん!?」」と言っていたであろう。
二人娘がギンにぐりんと向けたその顔は雄弁に語っていた。
――お前に譲る気はない――と。
「ひえっ!? こ、怖いでござるよ……」
ギンはその鋭い眼光に体をビクリと震わせて怯える。
「こらっ! ギンを怯えさすな……お前らは二人で手を繋いで歩け」
そう言って白夜はイルミナとコウハクから手を離し、ギンの手を取る。
「えぇっ!? ちょっとぉ!? なんでよっ! あたしが発案したことなのに〜!」
「そ、そんなっ!? 何が楽しくて、こんなのと手を繋がなければならないのですかっ!」
「そうだよっ! 酷いよっ! ギン君〜お願い? 変わってよぅ」
イルミナは先ほどと打って変わって目に涙を浮かべ、ギンに嘆願する。
しかし――
「生憎、拙者は白夜殿の決定には逆らえないでござる」
ギンはそんなイルミナの芝居を無視してぷいっとそっぽを向く。
「そ、そんなっ! ……主人さまぁ」
「ほれ、さっさと行くぞ」
怯えるかのような瞳で訴えかけるコウハクを無視して白夜はギンの手を握り、人混みへと歩を進める。
後ろから「待ってよ〜!」「待ってください〜!」と言って、二人娘がいやいや手を繋いでパタパタと走って来ていた。
白夜はまったくと思いながらも、街の情景を眺めつつ、しばらく人込みの中を歩いていると、大きな掲示板が目に入ってきた。
ざっと見た感じ、簡単な地図と伝達事項が記されているようだ。
白夜は近づいてそれらをジッと見つめる。
「現在地は印があるから分かる……噴水ってのはこれか? もう少し歩けばたどり着けそうだな。魔法学校の位置は……流石に文字が見えないと分からないな」
印は地図の北側の端を示しており、それなりに大きい国であるのだろう――中心部からは大分離れていることが分かった。
「はぁ」とため息を一つこぼし、白夜は後ろで嫌々イルミナと手を繋いで歩いてきたコウハクに翻訳を頼む。
「コウハク、すまないがこの地図に魔法学校の位置があるかないか教えてくれないか?」
「かしこまりました」
さすがに弁えることを覚えたのか、コウハクはそれまでの嫌悪感をおくびにも出さずに仕事モードの真面目な顔をして地図を網羅する。
「……ありました。国の東端にあるようです。ここからだとかなり遠い距離になるかと」
「なるほど……じゃあ先に冒険者登録をするとして、学校に行くのは明日になりそうか」
「拙者に乗れば直ぐに着くと思うでござる!」
「こんな所であの姿になったらと考えてみろ……良くてペットショップ送りだぞ」
「アタシが飛んで持って行ってあげようか?」
「目立ちすぎるだろ! 絶対に却下だ!」
「……なにやら乗り物に乗って移動することも可能なようで、あれに乗れば今日中にどちらも間に合うかもしれませんよ?」
そう言ってコウハクが指さす先には――現代で言う駅があった。
流石に白夜が居た世界と同じような、改札口が存在して新幹線が走るといった機械感溢れる見た目ではなかったが、その情景は駅と言うものであるということが白夜には分かる。
駅から空中に向かって多数の光の線が引かれ、その線上には宙に浮く透明な板がある。
「おぉ」と一行が一言息を漏らしていると、丁度出てきた幾つかの透明な板が人や物を乗せて線上を走り、やがてスウッと遠くへと消えていった。
「早いでござるな……確かにあれなら間に合うやもしれないでござる」
「二時間ほどで行けるかと」
「ねぇねぇ! ハクヤさん! あれ乗ってみたい!」
「それには俺も同意。よし、決まりだな」
一行は透明な板が各地に飛び交う様子を垣間見つつ、最初の目的地へと歩を急がせるのであった。
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〜ヒュマノ国内噴水広場〜
中央に上中下段の三段構成の噴水があり、その直径は三十メートルほどある。
上段部から十メートルほどの高さにまで噴き上げられた水は、円形に八方向へと噴出されており、中段部に音を立てつつ降り注いでは、中段部から溢れた水が下段部へと流れ落ちる仕組みとなっている。
「おぉ〜すごいなこりゃ。噴水とか修学旅行で見たくらいだぞ」
北門からしばらく歩いてようやくたどり着いた白夜達一行。
しかし一行に疲れは見られず、特に白夜は右手を額に当てつつ、前のめりになりながら噴水を興味深げに眺める。
今まで歩いて来た街並みも、日本では見たことのない西洋風な光景であった為、飽きることなくむしろ楽しんでいた。
「拙者は初めて見るでござるな。あれが『噴水』でござるか〜」
「噴水自体が魔法の発動媒体となっているようです。これは興味深いですね……」
コウハクとギンも興味深そうに見つめる。
これほど大きく豪華な建造物を街に建てるというのは、この国が裕福であるという何よりの証だろう。
もっとも――
「奥の時計塔も大きいよね~。うちの城と変わんないかも?」
イルミナが言った奥に存在する大きな時計塔。
これも立派な――立派すぎる建造物であるのだが。
「すごいな……人間の国。金かかってんな~」
白夜は持ち前の語彙力を駆使してそういった感想を述べ、時計塔へと足を運ぶのであった。