第百七話
人間の国『ヒュマノ』。
この世界の人間達が住む国だ。
大きな白い壁に囲まれたこの国に入るには、四つの方角に設置されている門を通り抜ける必要がある。――上空から侵入しようものなら、門兵達の手により蜂の巣にされる覚悟が必要だろう。
白夜達はその四つの門のうち北方向にある門へと辿り着いていた。
周りには検問を待つ人々の姿が見える。
村人のような容姿の者、大荷物を抱えた者、馬車を引いてきた者、毛皮のコートに身を包み武器を携えた者等だ。
白夜達はそれらの一列に並び、検問の順番を待つことにする。
「うひゃ〜人が一杯だね」
「そうでござるな。これは拙者達の番までしばらくかかりそうでござるな」
前には十数人の人が並んでいる。
検問の内容はここから見聞きするものによると、入国理由を聞き、荷物のチェックをし、身分証を提示させるというスリーステップのようだ。
「ま、気長に待つとしよう」
「そうですね。主人さま」
「……おうおう、お前さん。ちょいといいかい?」
すると後ろに並んでいた、上下に茶色い毛皮の衣服を纏った強面の男にドスの効いた声をかけられる。
「? なんですか?」
くるりと振り返り、白夜が対応する。
「俺たちゃよ、ちょいと森でモンスターを狩って来た訳よ。だから……な? 言いてえこと、わかんだろ?」
強面の男は後ろの三人の仲間に抱えさせた大荷物を見ながら顔をふいっと動かす。
(……なんだ? 割り込みか? マナーがなっとらんな……)
「あぁ、なるほど。分かりました。お仕事お疲れ様です。貴方達のおかげで俺達は無事にここまで辿り着けたんでしょうね。どうぞお先へ」
白夜は少々不満に思いながらも先を譲ることとする。
ここで断ると何か厄介なことが起きそうだ。
入国する前から面倒ごとに首を突っ込むことは避けるべきだろう。
道を譲るだけで相手が納得するのであればそうするまでだ。
白夜は一礼した後に列から体を外し、男達が先へと並べるようにする。
「お、兄ちゃん。分かってるねぇ。そうさ。俺達“冒険者”が国の平和を守っているんだからな!」
――冒険者。
彼ら強面の男達は冒険者なのだろう。
どこからどう見ても世紀末の覇者に付き従うヒャッハーな奴らにしか見えないが、彼らが一応国の平和を守ってくれているらしい。
「えぇ。その通りだと思います。いつもありがとうございます。ささ、お先へどうぞ」
白夜は手を前に差し伸べて、絡まれることのないように、相手を出来るだけ気落ち良くさせておいて要求を受け入れる。
しかし、強面の男達は白夜の前を通り過ぎ、ある人物達の前ですぐにピタリと止まる。
「……おぉっ!? 姉ちゃんどえらいべっぴんさんだねぇ! どう〜? 俺と一緒にお昼でも行かない〜?」
それはイルミナだった。
イルミナは強面の男にニヤニヤしながら顔を覗き込まれ、目を釣り上げて心底機嫌の悪そうな顔をする。――思わず白夜が身構える程に。
(おいバカ!? やめろ! その顔は超不機嫌な時のやばいやつだぞ!)
「……おいおい。こっちのちっちゃい子もすんげえべっぴんさんだぞ。どうだい? お嬢ちゃん。お兄さんと美味しい物でも食べに行かないかい?」
それはコウハクだった。
コウハクはスキンヘッドの男に顔をまじまじと見られ、にこにこと微笑む。――ただ、目が笑っていない。
(お前っ! 死にたいのか!? それはコウハクがマジギレ寸前の時の笑顔だぞ!)
「あらぁ……? このちっちゃい男の子、超可愛い〜! さっきのお兄さんと一緒に、思わず持ち帰りたくなっちゃうわぁん!」
それはギンだった。
ギンはギャルメイクを施した世紀末覇者のような男(?)に獲物を狩るかのような視線で見つめられ、「んなっ!?」と言って萎縮する。
(こいつやべぇ!? なんか俺を見る視線に妙なものを感じると思ったら……狩られる!?)
「なぁなぁいいだろ? 姉ちゃん〜」「どうだい? お嬢ちゃん。今ならデザートも付けちゃうよ」「どう〜? 坊や。あたし達に着いてこない〜? 可愛がってあげるわよん?」
(くっそ! 早速面倒ごとになってきやがった! 怪しまれないように、フード被らせなかったのが災いに転じたか……)
白夜達が世紀末三銃士に見事に絡まれている時――
「次っ! お前達の順番よっ! 他人に絡んでないで、早くしなさいっ!」
鎧を着た女兵士が世紀末三銃士を睨みつけて叱責する。
「ちっ! いいとこだったのによ〜」「へいへい、わ〜ったよ」「んもう、しょうがないわねぇん」
と言って世紀末三銃士は検問に入った。
(た、助かった……これ以上絡まれてると、多分あの二人が限界に達してたな。あと俺とギンの精神力も)
白夜は「ほっ」と安堵の溜息を一息吐く。
「……下衆な者共ですね。主人さまの前を行くだけではなく、わたくしに下世話な視線を向けるとは……」
「ほんっと最悪。スキル使って『死んで』とでも命令すれば良かったかしら」
二人娘が危ない思考を働かせる中――
「こ、怖かったでござるよ白夜殿〜」
と言ってギンが怯えながら白夜に抱きついていた。
白夜はギンの頭を撫でて宥める。
「あぁ……あれはやばいな。思わず俺も身構えた。あれほどのモンスターが居るとは……異世界は恐ろしいな」
白夜が鳥肌を鎮めつつギンの頭を撫でていると――
「あ、主人さま〜。わたくしも怖かったですぅ〜」
「ハ、ハクヤさん〜。怖かったよぅ〜」
と言って二人娘がコロッと表情を変えて瞳に涙を浮かばせつつ猫なで声を出しながら白夜に迫る。
「安心しろ。お前らも十分怖い」
しかし、白夜は二人娘にビシッと軽くチョップを繰り出し、二人は「あたっ」「ひうっ」と小さく悲鳴をあげる。
白夜はしょぼくれる二人娘を放置し、ギンの頭を撫でつつ、自分達の検問の順番を待つのであった。