トイレットペーパー、危機一髪!
ここは上村さんちのトイレ。
トイレからごにょ、ごにょと話し声が聞こえてきます。
「うう、今日もあいつは来るのかな?」
水洗トイレの横にあるトイレットペーパーが、嘆いています。
その体はかたかたと震えていました。
「今日も、来るだろうねぇ」
水洗トイレが答えました。
「そ、そんな……」
トイレットペーパーは、ますます怯えてしまいました。
ぺた、ぺた、ぺたり。
何かが、ゆっくりと近づいてきます。
「この音は、あいつの。ひぃぃ、また来たのか」
逃げ出したいけれど、トイレットペーパーはどこにも行けません。
がっちりとホルダーに、はめられているからです。
ぺた、ぺた。
音がトイレの前で止まりました。
「どうか、入ってきませんように」
トイレットペーパーには、祈ることしかできません。
きぃぃ。
白くて、むにゅっとした小さなものが、トイレの扉をつかんでいます。
「ああ、やっぱり。あいつだ。今日も来たんだ」
ゆっくりと、扉が開かれていきます。
『あばぁ!』
扉のむこうから、怪しげな声。
にゅっと覗き込んできたのは、小さな赤ちゃんでした。
『くふふふ』
ぶきみな笑みを浮かべています。
おぼつかない足取りでトイレに入ってきたのは、上村さんちの赤ちゃんです。
少しずつ歩けるようになってきたのです。
「ああ、今日も来てしまった。何もおきないといいけれど」
トイレットペーパーは、願いました。
赤ちゃんはうれしそうな顔で、水洗トイレに近づきました。
『おみじゅ』
にゅっと手をのばすと、便器のお水をぱしゃ、ぱしゃ。
『うふふふ』
赤ちゃんは笑っています。
「ああ、便器のお水は遊び場じゃないのに。トイレさん、かわいそうに」
赤ちゃんは手をもちあげると、口のへの字に曲げました。
濡れた手が気になるのでしょう。
「ま、まさか」
トイレットペーパーの悪い予感は、的中しました。
『あばぁ!』
赤ちゃんはトイレットペーパーに手をのばすと、一気にひっぱりました。
「わぁぁぁ!」
トイレットペーパーは、からからと音をたてながら、みるみる引き出されます。
床にはトイレットペーパーの山がこんもり。
「ぼくは赤ちゃんのおもちゃじゃないのに。ああ、だれか助けて」
トイレットペーパーが助けを求めたときでした。
すてーん!!
大きな音がトイレに響きました。続いて、大きな泣き声。
『うわぁぁぁん!!』
はだか同然になっていた、トイレットペーパーが様子を伺うと
赤ちゃんは床に転がって泣いていました。
どうやら、トイレットペーパーの山に足が滑ってしまったようです。
「あ、赤ちゃんが泣いてる! どうしよう?」
トイレットペーパーは、心配になってしまいました。
どた、どた、どたん!
ものすごい勢いで、トイレに何かが走ってきました。
『しょうくん、どうしたの!?』
トイレに駆け込んできたのは、赤ちゃんのママでした。
ママは泣いているしょうくんを抱き上げると、よしよしと背中をさすりました。
しょうくんはママに抱かれて落ち着いたのでしょう。ゆっくりと泣き止みました。
赤ちゃんが泣き止むと、ママはひと安心。
トイレットペーパーも、水洗トイレも、ほっとしました。
そして、しょうくんのママは、ゆっくりとトイレを見回しました。
『しょうく~ん、またトイレでイタズラしたわね~?』
『ばぶぅ!!』
しょうくんは、にんまりと笑っています。
その笑顔に、ママも、トイレットペーパーも、水洗トイレも、苦笑いするしかありません。
翌日、トイレには鍵がつけられました。
「ああ、よかった。これでもう大丈夫。しょうくんがトイレに来ることはないし
転ぶこともない」
トイレットペーパーは、安心しました。
けれど、トイレットペーパーは知らないのです。
しょうくんが、もう少し大きくなったら、トイレトレーニングで
またトイレに来るようになることを……。
了