一日のはじまり
恋愛短編シリーズ『恋心』第3弾。全4話です。
「痛てて、やっちゃったなぁ」
サッカー部期待のホープだ。
なんて周りから言われていた僕は、練習中にサッカーボールが左手の人差し指に当たって突き指をしてしまった。大事にはならなかったが、このまま練習を続けるわけにもいかない。流されるままに監督に送ってもらった僕はこの田舎町で一番大きな病院、大蔵病院へと来ていた。
さっきまで診察をしてもらっていたわけだけど、ここの先生はどうにもせっかちな性格のようでちゃちゃっと処置されてしまった。おかげでまるで漫画で見るような包帯が左手の人差し指だけに巻かれている。なんというか、感触的には違和感しかないんだけど大丈夫なんだろうか。
そんな左手を庇いながら、僕は病院の廊下を歩いていた。この後は受付で処方箋を貰って、薬を貰って帰るだけ。監督には今日は練習せずにゆっくり休むように言われている。
僕はやるせなさが篭った溜め息を吐きながら、待合の長椅子へと座った。
「あの、左手大丈夫ですか?」
耳にすんなりと通る綺麗なソプラノ。
声を聞くだけでもその人の優しい気持ちが伝わるような、聞いていて安心する声。
顔を上げて左を向くと、同じ長椅子にはショートカットの可愛い美少女、いやどちらかと言うと美女なのだろうか?
何はともあれ女の人が座っていた。
「あ、その」
「ああ、ごめんなさい!いきなり話しかけちゃってごめんね?ただ、ちょっと辛そうだったから」
どうやら溜め息が彼女を不安にさせてしまったらしく、眉を下げて心配そうな顔をする。これまでこんなにも美人な人と話した事がない僕は、パニックになってしまった。
「あ、いえ、あの、だ、大丈夫です、すみません!」
突然大声で答えた僕に彼女は最初驚いて目を丸くしていたが、大丈夫だと分かると途端に笑顔になり、よかったと胸を撫で下ろしていた。それにしても、こんな人がこの地域にいただろうか?これだけ美人だと噂の一つや二つ聞きそうだけど。
「あ、ごめんね。初めまして、私は花園柚子っていいます」
どうしようと考えていた僕の気持ちを汲んだのか彼女、花園さんは自己紹介を始めた。
「趣味は植物を見ること。好きなものはオムライス。嫌いなものは、えっと、トマトが嫌いだったりします」
時に自身満々に、時に恥ずかしそうに話してくれる花園さんに、僕の目は釘付けになっていた。
自分でも分かるほどに胸の高鳴りが止まらない。
これまでこんな気持ちになったことは無い。
きっとこれが『恋』なんだと思う。
「んー私の紹介は以上かな。それじゃあ次、君は?」
「ぼ、僕はな、永友柚樹です。趣味、というか得意なのはサッカーで、サッカー部に入ってます」
「わっ!同じ名前だね!」
「へっ?」
「ほら!私は柚子で、永友くんも柚樹。まるで運命、なんだか他人の気がしませんなぁ」
口をニンマリとさせた花園さんは顎に手を当ててまるで探偵のような仕草をする。表情豊かな彼女の、その似合ってない仕草を見て僕は噴き出してしまった。
「な!酷いよ永友くん!」
「ご、ごめんなさい」
「ふふっ、でもやっと笑ってくれたね。暗い顔なんてしてちゃ駄目だぞ?」
「あ、ありがとうございます」
ほっぺを指でつんつんと突く花園さん、そんな軽いボディタッチに僕は頬が赤くなるのを感じる。この人は誰にもこんなにフレンドリーに接するんだろうか?
「あ、そうだ永友くんは高校生?」
「はい、今年から高校生になりました」
「ほほぅ、青春真っ盛りだね」
「あ、あの、花園さんは先輩ですか?」
「ん?あー私今停学中なんだよね。一応先輩って言えば先輩だよ」
「て、停学?何かやったんですか?」
「いやいや!ちょっと病気のせいでねー。去年からここに入院してるの」
「あ、すみません。失礼な質問でした」
「ううん、別に大丈夫だよ。君みたいな優しい子と出会えたし、今日はいい日だ!」
「あはは、花園さんは元気いっぱいですね。病気なんて打ち倒しそうですよ」
「だったらいいんだけどねぇ。まぁ体の方は問題無いみたいだから」
楽しい。
純粋に花園さんとの会話をそう感じるようになっていた僕は、どうやって連絡先を聞こうか考えていた。というか、名前の如く高嶺の花みたいな花園さんが連絡先なんて教えてくれるだろうか。
「……うん、うん。永友くんには、話してもいいかな」
「えっ?何をですか?」
「私の、病気のこと」
突然、息が詰まった気がした。
当然そんなことは無かったけれど真剣な彼女の目に僕は吸い込まれそうに、彼女の質問に頭を振って答えていた。
「ありがとう。私ね、記憶障害なの」
「記憶、障害?」
「うん、ちょっと特殊らしくて。昔はそんなことなかったんだけど、今は」
「一日しか、記憶が持たないの」