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第9話 出会う二人、触れる手と手

 ユーティリア・レディース・レイクは、寝る前に庭をしばらく眺めてから寝床へ入るのを習慣にしている。

 いつものように窓を少し開け、用意してある椅子に座り、壁へと寄りかけた。

 湯浴みを終え侍女のアナシアよにって手入れされた姿はとても美しく、この姿を見るものが居れば一目で心を奪われること間違いない。しかし、一向に被害者が出ない理由はアナシアのおかげと、朝の訪れと供に庭へと飛び出し土を弄るが為に土埃を被るからなのだが、当の本人からしてみれば自身が他人の目にどのように映っているのか全く考えにないのが一番の原因かもしれない。

 いつものようにしばらく庭を眺めるユーティリア。


「・・・」


 空けていた窓の隙間から、ふわりと一陣の風が舞い込み、彼女の肩に掛かる薄手の生地を優しく揺らす。

 別にそれだけのことなら気にはしないし、それを合図に寝てしまってもよかったのだが・・・


「何かしら?」


 今日は何処か違うと感じるのだ。

 昼間は色とりどりに見える庭も、月明りの元ではまるで違う姿を見せてくれるのはいつもと同じなのに。

 分からない。

 気になって仕方ない。

 まるで、こっちにおいでよ、と誘われているような感覚を覚えたユーティリアは庭へ出る事にした。


「・・・・・・」


 そういえばこんなに遅い時間に庭へ出たのはいつぶりだろうか。

 見慣れた庭のはずなのに、夜に香る独特の香りや、いつもと違う様子を見せてくれる花々に心が弾む。

 やがて中央にある噴水近くへ来た時だ。

 日中に手当てした花の様子が気になってそちらへと歩を進めると、そこに―――


「ぁ・・・」


 誰かが、居た。

 外套で姿を隠し、表情は仮面を身に付けて見えない誰か。

 いくらお気に入りの庭と言えど、ここは宮廷内であって、皆が眠りに付き始める時間帯。

 誰がどう見ても不審人物と断定するのは容易いはずなのに、その存在を見てユーティリアが取った行動は、見守る、だった。

 大声を上げて助けを呼ぶでもなく、恐怖に身を強張らせるでもなく、見守るという選択。どちらかと言えば、観察するという表現に近くもあったかもしれない。

 不審人物の目先には、自身が剣の鞘を添えて手当した花があるのだが、その触れ方があまりにも優しく、まるで赤子を優しく撫でている様な姿に、ユーティリアは目を奪われた。

 邪魔したくない。

 そんな感情を覚え、見守る事にしたのだ。

 だが何時までも眺めているわけにも行かずにいると不意に。


「う~む。どうするかなぁ・・・」


 と、困った声が上がる。

 自分でもどうしてこんなにも大胆な行動に出られたのか説明できないけれど、気付いたときには声を掛けていた。


「あなたは―――、誰?」

「っ!?」


 振り向いた瞬間、ユーティリアとノクトの視線が交差する。






 時に、情報とは莫大な富をもたらす切欠にもなり、扱いを誤れば自身に喰い込む牙と化す。

 知識として身に付ければ良し。誤った知識を得てしまえば内から腐る。

 頭では分かっているからこそ、レディース・レイク皇帝は大いに悩んでいるのであった。


「―――だからと言って、ここで動くべきではないだろう!」

「何を言うか!警戒に値すべき情報。十分に値する!」


 帝都レディースレイクの中心部にある宮廷。その中でも重鎮達が集まる一室で、嵐の如く情報が飛び交い続け一向に纏りを得ない様子に深く深く溜息を吐く。

 これまでに持ち込まれた情報は複数。

 近山であるレディース鉱山に現れたであろう魔王の存在に。宮廷内に出現した他国の刺客。隣都の象徴であり戦乙女、あの帝都カルテットの若き女帝ベルリッタ・ルベルテ・カルテット自らの、人探し調査依頼。各地で相次ぐ魔物魔獣の大規模な移動。宮廷内で貴族の反乱も囁かれ、内外周街に囁かれているという神の使いの存在も見過ごせず。他にも大なり小なりの問題が、突如として湯水の如く沸いたのだ。


「いきなりどうして・・・」


 レディース・レイク皇帝が呟くのも無理もなく。数日間にここまでの出来事が発現するというのが、おかしな話なのである。

 いくら悩みが多くとも、四方公爵家や近衛筆頭騎士長や首脳陣が集まるこの場で、皇帝として相応の態度というものもあるのだから、本来ならば今の呟きも許されない。しかし、状況はかなり切迫しており、皇帝の呟きに気付ける物はおらず、結局各所の折り合いが付かないまま現状に至っている有様だ。


「魔物が去ったという今がレディース鉱山の深部開拓の好機!皇子殿下皇女殿下の力もお借りてでも行くべき!」

「生まれた魔王は幼い。今は何よりも排除を優先すべきだ!」


 互いの主張を言い合うだけで、結局は皇帝よ速く決断せよと言っているに他ならず。レディースレイク皇帝も、臣下であるはずの者達全ての言葉がお前が決めろと聞こえるのだ。立場上言われて間違いは無いのだが問題はそこではない。この状況こそが問題であり、帝都レディースレイクの脆さ。

 だからレディースレイク皇帝も決断をより鈍らせている。


「・・・・・・・」


 諸国から大国と讃えられていながらこの有様。何か決断したとして、帝都が纏るなど有り得ないだろう。

 けれど判断せねばなるまいと口を開きかけた時だ。


「―――レディースレイク皇帝。進言を、お許しいただけますでしょうか」


 自分の席近くから声が掛かった。隣だ。声の主は自分の息子であり、近い内に帝の座を譲ろうと考えていた人物。


「イグレシアか、許す。申してみよ」

「恐れながら申し上げます。数多の帝都レディースレイクを脅かす報告、情報が入ってきておりますが、全てにおいて共通しているの事柄があります」

「・・・共通?」


 レディースレイク皇帝も分かっていた。

分かっていたからこそ、声に出すのを躊躇っていた。

だが、自分の息子は渦中へと飛び込むつもりなのだろう。止めるべきか否か迷ったけれど、続きを促す事にした。


「全てにおいて確固たる証拠、証明できるものがございません。にも関わらず、ここに居る人間は揃って動こうとしない―――」


 その一言に周囲から一斉に非難の声が上がる。

 イグレシアも非難に負けまいと、上げさせまいとより一層の声に力を込め、全ての声へ被せるよう言う。


「余りにも・・・余りにも情けない。ここで集まっているだけ無駄だ。四公爵家も連なる貴族家も、そして我も、我らも、だ。」


 煙を上げていた皆々が、イグレシア・レディース・レイク皇子の発言で火を吹き上げる。まるで得物を見つけたような目つきで、牙を剥く。

 何を若造がと、戯言だと、周囲から声が上がるが、イグレシアは全てを無視し。


「ならばこそ、全てにおいて一斉に働きかければいい!帝都レディース・レイクには、その力が有るのだから!」


 体中に食い込もうとする牙全てを受け止めてもなお止まらない。


「我が騎士であり、聖剣を受け継ぐトリスタント・メイプルリーフが居る。妹の騎士であり、前聖騎士のヴェイル・マクエルトが居る。さらに、四方公爵家の近衛と、それらに連なる兵力だってある。蓄えられたキクノダイト鉱石も、物資も、全てにおいて、この事態に対し不足等あるものか!」


 噛み付いた獣達は不思議に思う。噛み応えが無いのだ。

 貫いたはずの肉や筋、骨まで届くはずの牙に、満足感がまるでなく。顎だけが疲れるだけで、この相手に噛み付くのは意味を成さないと悟ったのだろう。

 徐々に力みが消え緩んでいくかの如く非難の声が消えていく。

 静まり返ったのを確認してから振り向き。


「レディースレイク皇帝陛下。この度の出来事、このイグレシアに権限をいただきたいと願いますが、お許しをいただけませんか」


 許可を申し出る。


「・・・・・・・」


 彼が立っている位置は群集の中心部。いつの間にか移動し宣言する息子の後姿を、レディースレイク皇帝は複雑な気持ちで見ていた。自分が行おうとしていた姿が有るのだが、それ以上のものでもなかった。

 解決ではなく、これは言わば延命宣言。悪いとは言わない、自分とてそうせざる終えないだろうと思っていたのだ。他に案が思い浮かばず、場の収集をだけを考えれば最善ではある。成長、進化、向上、を考えなければだが。

 静まり返った中、少し考え頷く。許す、と。

 声と同時に空気が変わる。そして審判の時が来た。


「レディースレイク皇帝のお許しをいただいた。これより、命は私が、イグレシア・レディース・レイクが出す。帝都レディース・レイクを代表する者達よ。私に力を貸してもらいたい」


 それぞれの貴族がイグレシアでなく、一斉に自分達の主へと視線が向く。 

 平穏だった水面に波打つ波紋。それに応えた声は四つだ。

 今まで数多くの貴族らが騒ぎ喚く中、ひたすら沈黙し続けていた者達であり、公爵家の面々。


「北頭ロジス・ベルゴール。イグレシア・レディース・レイク皇子陛下の御身のままに」

「東頭ガヴォット・ゴセック。イグレシア・レディース・レイク皇子陛下の御身のままに」

「南頭カラカス・トロット。イグレシア・レディース・レイク皇子陛下の御身のままに」 

「西頭ザイガル・アバルイド。イグレシア・レディース・レイク皇子陛下の御身のままに」


 いくら数多くの貴族が騒ごうとも、彼らの頭である公爵家が首を立てに振らなければ、結局何も始まらない悪しき風習である。

 だが今は憂いて居る場合でもなければ互いの腹を探り合っている時間でもない。


「現在発生している事態は四つ。一つ目は、魔王の誕生。二つ目は、レディース鉱山の魔物魔獣の異変を始めとした対応。三つ目は、隣都カルテットの問題。四つ目は、帝都レディースレイクでの内乱騒ぎだ」


 言葉を一度区切り。


「しかしながら、前二つの事柄は関連していると思われる。そこで、魔王の誕生とレディース鉱山の対応を一つに纏めたい。これは大変な労力を伴うだろう、それが可能なのは、貴下ら四方爵家だと考えるがいかがか?」


 周囲へ問う。と言っても、四公爵に対してだが。

 質疑は無い。

 十分に時間を取ってから了承と見なし、続けていく。


「帝都カルテットの問題は・・・ベルリッタ・ルベルテ・カルテット帝王自らの依頼と聞いている。これは、親善大使である妹のフローラリアに任せたい」

「承りました、お兄様」

「レディースレイクの刺客騒ぎを初めとした対応は私が対応しようと考えるがいかがか」

「お待ちください」


 残り少しと言うところで東公爵家の発言。

 ガヴォットに一瞬身構えながらも、イグレシアは先を促した。ガヴォットも許されたのを確認し、恐れながらと口にしてから続ける。


「我々四方家を采配された事に依存はございません。しかしながら、魔王もしくは獣王であろう脅威の力が未知数。聞くところによれば、フローラリア皇女陛下の騎士、ヴェイル・マクエルト筆頭騎士に並ぶとも・・・」

「もちろん考慮した上で四方家を充てたつもりだ。まさか足りぬと申すかガヴォット公爵?」


 言葉の捉え方次第では、イグレシアの判断能力に不足があると聞こえる物言いに、急速に場の緊張が高まり周囲が息を呑んだ。


「正直に申し上げましょう。東頭としての意見になりますが、四方家の力に加え、イグレシア皇子殿下の騎士、トリスタント聖騎士の力もお借りしたいと申し上げます」

「四方家だけで足りないと考える理由を聞いてもよいか?」

「もちろんでございますイグレシア皇子殿下。まず、先の通り情報が未知数だと言う事。さらにレディース鉱山だけでなく周囲の山々の脅威らも行動が活発化しており、全面において厚く対応せざる終えません。勘違いされぬよう我が身可愛さに申し上げますが、数で対応できる事と出来ない事が在ると申し上げたいのです・・・。万が一にも王級の存在が現れた場合に対応できる者が必要と考えます」

「・・・少し待て」


 言われて考える。

 実際に魔物や獣の王級である存在が居ると知っていても、実際はどうなのか。

 いずれこの帝都を継ぐ身として学んできた帝防学の知識だけでは足りないのかもしれない。だったらと、実戦を知る者に尋ねてみようと思う。


「トリスタント、率直な意見を聞きたい。飾らずに答えてほしいのだが、仮に王級の存在の力が百だとして個の兵の力を一とした場合、兵を百一用意すれば王級を討伐は可能か?」

「可能であり、不可能でもあります」

「ん?どういうことだ?」

「力とは単純に数字の差し引きで表せるものではありません。人の力とは・・・数値で表せないものがあります。ましてや王級の魔物や獣を相手するとなれば、机上で計算などできないでしょう」


 言葉の一つ一つが重く語られるのだが、それはまるでこの場に居る人間全てに語り掛けているようでもあった。


「我が剣、トリスタント。未知の王級の存在を相手に、貴殿は勝てるか?」

「主君イグレシア皇子殿下に仕える身として、そして聖騎士の名に賭けても、恥じぬ戦果を上げてみせましょう」

「分かった」


 絶対的目標は帝都レディースレイクの安寧。身内の調査に聖騎士を用いる必要は無いかと考えが纏れば答えは出た。


「ガヴォット公爵の望みの通り、我が剣トリスタントの力を貸し出そう」

「ありがとうございます」

 席から立ち上がりガヴォットが頭を下げたところで緊張が解かれる。

「他に意見の有る者は居るか」


 これで大筋は決まったと言っていい。他三方家も納得したように沈黙を選んでおり、後は話を煮詰めるだけだろう。

 程なくして今回の集会は解散に至ったのだが、一番最初の問題が報告されてから既に七日が経とうとしていた。

 





「う~む。どうするかなぁ・・・」


 探し物を見つけた場所に難有りと言うべきか、状態に問題があるというべきか。

 宮廷へ侵入している状況だというのに、思わず呟いてしまうほどの問題が一つ。

 確かに探し物を見つけることは出来た。花壇に刺さっているという点と、剣に支えられるように一本の太くしっかりとした花の茎が紐で縛られ添えられている点を除けば、という条件付きではあったけれど。

 加えて理由も無く縛られていないのが一目で分かった。花は今でこそ生気を取り戻しつつあるが、まだまだ弱々しく、抜いてしまえば直にでも倒れ枯れてしまうと想像に容易い。

 それに、だ。

 庭も隅々まで手入れが行き届いている様から、持ち主の途方も無い努力と、注がれている想いを雄弁に語っている。

 支えとして使われている剣鞘も先端が布に包れており、土に埋もれている部分が少しでも汚れないようにと考えられて使われているではないか。

 ノクトはとてもじゃないが、探し物が見つかったので引っこ抜きますなんて行動ができるはずもなく悩んでしまうのだ。

 頭をぽりぽりかきながら、剣の代わりになる添え木でも探そうかと考えていた矢先。

 何の悪戯だろうか。

 それとも魔法が掛かっていたのだろうか。

 不意に人の気配が現れる。


「っ!?」

「あなたは―、誰?」


 気付いたのが先か、それとも声を掛けられたのが先か分からない。

 振り返れば一人の女性、いや、少女かと迷う人物が立っていた。

 惹き込まれるほど澄んだ瞳に始まり、聞き心地良い声、男劣情を鷲掴みにさせられる身体の曲線に魅入られ、一瞬よりも遥かに長く永遠より未満の時間が経過するまでノクトは動けなくなる。


「どうして、こんなところに?」

「・・・」


 一瞬の出来事に気が動転してしまい、色々な考えが瞬時に頭を駆け巡る。

 目の前に立つ彼女はいったい何者なのか。

 悲鳴を上げず、助けも呼ばず、声を掛けてきた意図は何か。

 捕縛や攻撃系の魔法は展開されているのか、等。

 仮面をつけているおかげで表情から動揺は読み取られないだろうが、それでも後手に回ったのは違いない。

 次の行動を予測し対応しなければと思った矢先。


「・・・もしかしてあなたは、その剣の持ち主でしょうか?」


 想定外の言葉が掛けられた。

 今の言葉の意味を理解しろと自問自答する。


「・・・・・・・」


 黙っていたのを否定と取られてしまったのだろう、不意に彼女は表情を曇らせた。


「違い、ましたか?」

「あ、いや。違わない、が」


 彼女の表情が曇った事に焦り、ノクトは思わず鸚鵡返しに返事をしてしまう。

 冷静に考え行動しようとしているのに、時々訳の分からない感情が出てきて不可解な言動を引き起こす。

 己の心を制御できず焦っている中。今の返事に安心したのか、月明かりの元でもはっきりと分かるくらい、彼女の顔に笑みが浮かんだ。


「良かったあ・・・。違っていたらどうしようかなって思っていました。あ、えっと、勘違いしないでいただきたいのですが、怪しいとは思っていたんですけど、悪い人じゃないとも思っていまして」

「それは、どうも」


 純粋な笑顔だけだったところに恥じらいという表情が混ざると、こういう一面になるんだなと思う。


「ごめんなさい・・・何言っているか分からないですよね」

「お嬢さんが謝る必要は何もない。悪いのは忍び込んだ俺だ、非はこちらにある。・・・忍び込みこんな姿をしている手前言うのに抵抗があるが。こんな時間だ、いくら宮廷内だからといって無用心に怪しい人間には近づかない方がいいんじゃないか?」


 一瞬キョトンとした顔をした後、少し俯き。


「お嬢さん?どうかし―――」

「私はもうすぐ成人の儀を迎えます。お嬢さんと言われる年齢ではありません」


 再び上がった表情は軽くむすっとしていた。

 思わずノクトは、つっ込むところはそこなのかと口にしそうになったが、口から出るより先に相手の言葉が続く。


「それに仮面様の事は初めから危害を与えるようなお方と思っておりません。確かにそのお姿は怪しいとは思いますけれど」

「・・・そう考えるのは早計じゃないか?」

「いいえ。断言できますよ」

「何故そう言える?」

「それはですね・・・」


 無防備に近づいてくるとノクトの横へユーティリアは並んだ。


「仮面様は、この子に、優しく触れてくれましたから。探し物が見つかったというのに、抜くことも雑に扱う事もせず、お花の為に悩んで困ってくれたんですもの」

「それ、だけで、か」

「それだけで十分な理由になります。私には、ですけど」


 思わず息を呑む。言葉が詰まる。心が掴まれそうになる。

 月明かりに照らされた彼女の表情が魅力的過ぎて、そして気付いた。重なった。

 死んでしまった最愛の妻に、何処か似ているのだと。


「お花に優しく出来るお方が、悪い事なんて出来ませんよ」

「・・・悪かったな。お嬢さんと呼んでしまって」


 冷静さを取り戻した思考が、小さな警報音を鳴らす。またいつ心を乱されるか分からない、速く剣を回収して帰るべきだと。

 早々に剣を返してもらおうと言いかけて気付く。


「ところで、この剣を返して欲しいのだが―――」

「その仮面―――」


 目前に迫っていた彼女の手に。

 反射的に彼女の手を掴んで止めた。


「何をするっ!?」

「ご、ごめんなさい!危害を加えるつもりは無いの!その、仮面様のお顔を見てみたくなって・・・。その、勝手に身体が動いてしまったというか、えっと・・・」


 まただ。

 また気付けなかった。

 どうしてなのか分からない。仮面の死角だったのだろうか。彼女に対して反応が遅れてしまう原因が分からない。

 彼女は彼女で自分が仕出かしてしまった行為を悔いているのだろう、目に見えて落ち込んでいる。


「悪気はありません・・・本当です」


 搾り出したように出た言葉と一緒に消えてしまった笑顔。

 それだけの事なのに、笑顔を消してしまった原因が良くも悪くも自分にあると思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。


「・・・」

「・・・」


 しばらくの交わされる無言。

 先に言葉を形にしたのはノクトだった。


「どうしてこんな真似を?」


 声を掛けると同時に手を離し、ユーティリアは話された手を胸の前で抱え込み、俯く。


「分かりません。自分でもどうしてか分からないのですが、急に仮面様のお顔を見たくなって・・・それで・・・」

「手を出してしまった、と」


 はい。という返事の代わりに、こくりと首を縦に振るユーティリア。

 やれやれ、どうしたものか、どちらとも言えない表情をノクトは浮かべ、言葉を探す。


「ごめん、なさい」

「怒ってはいない。ただ、断りも無く取ろうとすれば、怪我をする可能性も有るのは分かるね?」

「・・・はい」

「それに、・・・ん?」

「?」


 言いながらふと思った事がある。

 自分は言うなれば犯罪者だ。断りも無く侵入し、剣を見つけたから持ち帰ろうとしている。もちろん、正面から剣を探していますとお願いして、探させてもらえない上での判断だったのは違いない。

 それでも宮廷内で出合ったばかりの女性に対して何を言っているのだろうか。


「あえて言うのも変な話だが。忍び込んでおきながら、探し物をそっちのけにしてまで、俺は何を言ってるんだろうかと我に返っただけだ」

「おかしな人ですね」

「人のこと言えないだろう?」

「お言葉ですが、仮面様ほどではありませんわ」

「少なからず貴女自身おかしいというのは認めた訳だ」

「・・・意地悪な人」


 ふんっ、と拗ね、そっぽを向くが、互いに本気でないのは分かり合っている。ノクトも軽く笑いを浮かべ甘んじて受け入れていたのだが、内心では落ち込んだ表情が消え去り安堵していた。


「そんな意地悪な仮面様には、この剣は返してあげません」

「断っておくが無理にでも持っていくことだってできるんだぞ」

「二日、いえ、三日お時間をいただけませんか?三日もすればこの子も自分の力で立てると思います」

「・・・人の話を聞いてなかったのか?」

「仮面様の方こそ無理をおっしゃらないでください。まだ短い時間ではありますけれど、多少なりとも仮面様の人となりは分かったつもりでいます。出来もしないことを言われても動じません」

「おいおい・・・」


 元々自分の持ち物だと主張すればよかったのだろうが、何故か口にする気にはなれなかった。

 それに目の前の彼女なら、この剣を粗末に扱ったりしないだろうと考えてしまえば、答えは出たようなものだ。


「三日後だ」

「っ!では・・・」

「三日後の夜、同じ時間に取りに来る。それでいいか?」

「はい!必ずお約束いたします!」

「分かった」


 そして刻一刻と刻まれていた別れの時が、今が潮時だと二人へと告げてくる。

 少しの間の後。

 ノクトが目の前で踵を翻した瞬間。外套が舞う様子に、後ろ髪を引かれ思わず声が出た。どうしてだか、段々と声が尻すぼみになってしまったけれど。


「仮面様!」

「ん?」

「・・・お名前を、教えて、いただけませんか」


 きょとんと固まるノクトと、思わず顔を伏せるユーティリア。

 聞こえなかったのだろうかと不安になり、上目遣いに見ようとした時。

 ポンと優しい重みが彼女の頭上に加わった。

 それが彼の手だと気付くのに時間は掛からない。

 そして出来かけた雰囲気を散らすかのように、優しくも強引に、整えられた髪をクシャクシャとかき回される。


「あ、えっ、な、にを!?」

「またな」


 乱れた髪を治めて再び顔を上げた時、ユーティリアの前から姿は消えていたのであった。






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