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第8話 土被り姫


 静まり返った宮廷内の端の一角で、大声を上げ魔力を限界まで開放していれば、人が何事かと寄ってくるのは当然と言える。

 ある者は、悲鳴に近い大声を不審に思い。またある者は、突如として吹き出た魔量に疑問を覚え。そして彼女は、目的のモノを探す過程で辿り着く。

 不測の事態に、誰より早く気が付いたノクトも、受付嬢デアラの制止の声が届く間もなく駆け出していた。


「トテモハヤー・・・イ。って、エヴァンスさん何処へ!?」


 何処へ向えば良いかは分かっている。魔量の感じた方向も同じ。

 ならば今。最短最速で向う事だけに集中すればいいと判断して、ノクトは急ぎ向う。

 少しだけならと魔法行使の許可を出しはしたけれど、準備運動のはずが誰かを伴うとは予想外。それも、息子の相手ができるだけの実力者だ。

 初めに感じた魔量は、第三者によるものと判別でき。次に感じられた、穏やかに力強く発せられた主は、サンラだと直に分かった。

 別にそれだけの事なら、ここまで焦ったりはしない。

 ただし、場所と言う要素が加わるだけで状況は大きく変わる。ここは、人の少ない村でも、人の居ない森の中でもなく、物静かな帝都の中心部に近い宮廷内。

 全ての機能が集約される場所で、何の前触れも無く発せられる魔量という条件が揃えばどうか。

 それも一つでなく、同時期に二つだ。

 異変が起っていると変に勘繰られる可能性も否定できない上に。ノクトのようにもしも、魔量の感じ方一つで、怒りに任せ吹き出たものだと分かるものが居たとしたら・・・

 とにかく今は駆ける。

 鍛錬場で何が行われているかを把握する事が大事なのだから。


「あそこか」


 視野に目的地を捉え、瞬時に周囲へと策的魔法を飛ばす。


「三つ・・・四つ、いや。遠くにも、もう一つ見ているか」


 どうやら自分だけでなく、いくつかの影が動き出しているようだ。

 一番に飛び込み、鍛錬場内へ身体を滑り込ませたノクトが見た光景とは。


「・・・ふむ」


 何故かサンラが壁にめり込んでいる事に加え。鍛錬場の中心では、彫刻の様に呆然と背中を向けて立つ子供が一人と、見慣れた穴が一つ。

 鍛錬場にある穴だけ、サンラが自らの足で掘ったものであろうと推測できるのだが。


「さっぱり分からん」


 どんな状況下でこうなっているか推測が立たず。考えを張り巡らせ、同時進行で他に手がかりが無いか見ていると。

 不味いモノを見つけてしまった。

 この地で出合った剣舞を生業にしている二人組み。その内の一人、ウルバから得た情報から、立ち竦んでいる子供の服には花を模した紋章が付いており、貴族だと分かった。見ただけでどれだけの地位の貴族かまでは分からないけれど、状況が状況だ。

 良い方面に考えないようにしておくべきだと決めて、立ち竦んでいる子に声をかけようと手を伸ばしかけようとした時。


「っ!!」


 突如少年は走り出す。

 走り出すと言うよりも、この場から逃げ出したというのが、多分正しいのだと思う。

 何故なら、去り際に目尻から涙が出ていたように見えたのだから。

 子等が喧嘩し、結果あの少年はサンラに負けたのだ。


「・・・・・・」


 対して自分の息子が、未だ壁にめり込んだままなのか開明できない状況ではあるけれど。

 とりあえず場を離れるべく呼びかけてみた。


「おーい。サンラー?」

「ふご!!」


 ズボっと言う音と共に息子が壁から剥がれ落ち。そして、知る事になる。維持されている身体強化と、足元よりも下に展開された硬化魔法。

 それらから推測できるのはあれしかない―――。


「お父さん!」


 子が親に甘えを求める声を上げながら、一瞬で胸元まで飛び込んできた息子。余程嬉しさが余っているのを表すように、ノクトのお腹辺りへ抱きつき顔全体でぐりぐりと擦り付ける。

 出来たよ。褒めてよ。と口にはしないけれど、多分これは無意識に求めているのだ。

 褒めるに値する成長を遂げてくれたなら、ちゃんと褒めてあげるのも親としての役目。

 だから、サンラが擦り付けてくる姿に応えるよう、頭をそっと優しく撫でる。


「サンラ、よく出来ました」

「うん!どうして駄目だったのか、どうすれば良いのか全部理解できたよ!だから、追いかけっこして!今度こそ勝つから!」

「それじゃあ―――」


 抱きついた状態からサンラが顔を上げた瞬間。


「誰か居るのかー!」

「あ」


 嬉しさに感けていたが我に返り、今の状況を思い出す。

 先程受付で見ていた資料の情報等から、鍛錬場は受付嬢の権限一つで使用許可が降りるものではなかったはず。さらに、中央に一箇所掘られた穴が一つ有り、備品も数点折れたり転がったりという状況だ。状況を説明できるであろう少年はもう居ない。例え残っていたとしても相手は貴族で印象も多分、悪い。

 トドメに壁にはめり込んだ傷跡のオマケ付き。

 言い訳のしようも、無い。


「・・・サンラ。追いかけっこしよう」

「本当!?」

「ゴール地点はそうだな・・・、帝都の外でどうかな」

「うん、分かった。でも試験はどうするの?」


 勝負の条件を伝えていきながら、この鍛錬場の修理費をそっと人の目に留まる位置に置きつつ。


「これで・・・よしっと」


 地面に一言、修繕費です。と書くのも付け加えておく。


「サンラ、試験はまた別の日にしよう」

「どうして?」

「急用が出来たんだ」


 あながち間違ってはいないけれど、息子へ嘘をついてしまった事に心が痛むが、ここは已む無し。

 宮廷内の敷地に留まってしまえば見つかる可能性が有る事を考慮し排除。状況がかなり切羽詰ってきているのだから急ぐ。


「じゃあ、用意はいい?」

「うん!」


 我ながら好きな遊びをぶら下げ、誘導するのはいただけないことではあるものの。時は急を要するのだと割り切り行動に移す。

 それに策的で感じた目も気懸かり・・・

 最悪の自体を考え、試験を放棄してでも今は、帝都から一時離脱を優先する。

 周囲の人間の位置を確認してから走る態勢を整え。


「よーい・・・」


 サンラの足元に硬化魔法が展開されているのを尻目に確認し、合図を出した。


「どんっ!」


 一気に加速し息子と距離を開け。追いかけてくるサンラが横道に逸れないよう、導となるべく駆け抜ける。

 背後を見ずとも付いてこれているのが分かった。今までよりも速い追いかけっこに関わらず、だ。

 二人は、あっという間に宮廷を抜け内周街へ。だが、まだ安心は出来ない。内周街も外周街も、堂々と道を通れない上に、何よりも人々の通行を避けねばならない。ならば何処を通るか、と聞かれれば。自ずと屋根伝いとの回答を余儀なくされる。

 何人かの目には留まってしまうだろうが、これだけの速度だ。例え見られたとしても一瞬の出来事で済み。遠くからの認識は難しく、得られる情報は軽微なものなら問題にはならない。

 軽々と屋根と屋根の間を飛び。

 流れ星のように一瞬で流れ去っていく二人の姿。

 一方で、この時ノクトは気付いていなかった。

 こんな時でもサンラがしっかりと父親の一挙手一投足を観察していた事を。

 屋根伝いを飛び跳ねるように移動しているのだが、少なからず屋根道にだって障害物は有った。それらを避ける為飛べば、数秒間は宙を飛んでいる形になる。その僅かな時間の間に、手の平で空中に地面と同様の壁を作る事で、空中で向きを微妙に調整していた。

 しかしどうしてエヴァンス親子はこんなにも楽しそうに走るのか。

 追いつくか、と言うところで差が開き。

 追いつこうと頑張り追いかけ、差が縮む。

 あっという間に外周街へ到達すれば、平坦だった屋根道に不規則な起伏が加わる。だが、止まらなければ減速もない。

 変わらず追いつき追い越せ。

 それを何度も繰り返し、そして・・・


「とうちゃーく!」

「ぐあああ・・・」


 無事、帝都レディースレイクの外へと出たエヴァンス親子。

 勝負は父親に軍配が上がり、どうだと言わんばかり。息子は全身で悔しがって地団駄を踏む。

 この後、ほとぼりが冷めるのを待ってからエヴァンス親子は、何食わぬ顔で帝都レディースレイクへと再び入都するのだが。

 その少しだけ前に、ふとノクトは気が付くのだ。とても、とっても大事な忘れ物に。


「あれ?サンラや、いつもの剣はどちらに?」

「・・・あ」

「おや?」

「ごめんなさい。鍛錬場に置いてきちゃった」

「おおおおおおおふ!?」


 そして、何だかんだで、締まらないまま入都一日目を終えたエヴァンス親子であった。


 後日談。

 エヴァンス親子が逃亡以降、帝都レディースレイクでは、実しやかな噂が流れ始める。

 奇しくも、第二皇女フローラリア・レディース・レイクと、御付の騎士ヴェイル・マクエルトが持ち帰った情報が合わさり。宮廷内と内周街の一部では、魔王の再来や刺客の襲来という目も葉もない事が噂され。外周街では、正体は未確認でありながらも、流れ星のように煌いていた様子から、幸運の女神がやって来たと囁かれるようになる。

 これらが今後どのように関わってくるのか分からないけれど。

 発端であるエヴァンス親子は、知る由もあったりなかったりするのであった。






 使用者達が居なくなった鍛錬場に、次に現れたのは周囲を巡回していた二人の近衛兵である。

 二人の内の一人は、先に鍛錬場へ足を踏み入れた際に、空いている窓が何かが飛び去ったような印象を受けたが、鳥か何かだと特に気にも留めることなく状況確認を開始していた。

 しかし、ここへ到着して早々、彼らは疑問を抱くだけで大した成果を上げられずに居る。

 魔量を感じた事と悲鳴に近い叫び声を遠くから聞いたところまで情報があるのだから、何かが起こっていたのは間違いない。しかしながら、つい先程まで死闘に近い喧嘩が行われていただなんて、思考の片隅にだって思いもしないだろう。それこそ子供同士の大喧嘩だなど考える余地すら無い。

 近衛兵として宮廷を守る役割を背負っているのだから、最低限何かしなければという思いもあり。情報収集を兼ねて、何故か散らかっている鍛錬場の整理整頓を始めていた。

 近衛兵になる前は彼らだって騎士見習いの時期を経験しているからこそ、この鍛錬場のあり様はいただけなく思い、ついつい言葉が出てしまう。


「ったく。ここで誰が何してたか知らないが、何処か行くにしても片付けてから行けよな。模擬剣も出しっぱなしにして・・・」

「だなー。こっちなんか、折れたやつが投げ捨ててあるし」


 口にしながら地面に落ちている剣身の無い剣柄を拾い上げる。


「・・・そんな不良品が、何でこの鍛錬場に?」

「知らんよ。叫んでいた大声みたいなものも聞こえたから・・・。大方、不満か何かをこの模擬剣でウサ晴らししてたんじゃないのか?」


 言いながら周りを見渡せば、折れた剣身が近くに落ちていた。さらに、少し離れたところにも折れた剣の鞘だろうと思われるのも落ちているではないか。

 視線を見合わせた二人はそれぞれ。

 一人は折れた剣身を。

 一人は鞘を拾いに行く。


「んで、折れた。って具合じゃないのかね」

「・・・模擬剣てそんな簡単に折れるもんかな?」


 合わせればぴったりと一致したのに満足し。

 接合部分を見せながら続きを言う。一致したのを見て疑問は解消されたようだ。

 それにより幸か不幸か、偶然の悪戯で間違った検証結果が作り上げれられていく。


「見てみろ。ぴったりだ」

「ってことは、誰かが一人暴れて?折った、と。幾分か発散できた所で我に返り、逃げ出した?みたいな?」

「そんなところだろうよ。辻褄も合うし、上官への報告はそんなもんでいいだろ?犯人に繋がる痕跡もなさそうだし・・・。とっとと片付けて任務に戻るとしようぜ」

「そうするか。宮廷内で堂々とやるなんて、肝が据わってるヤツも居たもんだ―――。って、何だこりゃ」

「んー?どうかしたのか?」


 見れば座り込み何か確認しているような仕草が伺えた。

 

「修理費です。だとさ・・・」

「はあ?勝手に暴れて、お金だけ置いていくって、どんなだよ」


 地面に文字が書かれ、意味通りのお金も置いてある。


「明るく考えようぜ?それだけ、宮廷内が平穏だってな」

「こんな事するヤツがいるのに平穏か?」

「あ、違いねえ。ははは」


 と、呑気な会話が交わされ笑い合う二人の近衛兵。実際、この場が片付けられる事で、真実に繋がる証拠が次々闇へと消えていくのだが、誰にも止められない。

 硬い地面に空いている穴は、どうすれば鍛錬場の踏み固められた足場を抉れるというのか。

 壁に見える凹んだ後の大きさも、どんな状況でどんな人物が衝突すれば凹むというのか。

 きっと彼らの頭の中ではこう補完されているのだろう。

 鬱憤を晴らす為に、魔量を開放して力いっぱい模擬剣を地面へ叩き付けたことで穴が空き折れた。

 不満を解消する為に、攻撃魔法を壁に向って放った、と。

 最後は見つかるのが怖いからお金だけ置いて逃げる、文字通り言葉とお金を置いて。

 冷静に考えればそんな事などありはしないのに。自分に関係ないのだと思う者には、問題点が見えてこないのだ。


「模擬剣か・・・」

「模擬剣がどうしたのか?」

「いや、俺達もお世話になってきたじゃん、色々とさ。この鍛錬場の模擬剣は大分痛んできているし、交換したほうが良いんじゃないかなって思っただけさ」


 言われて見渡す。

 確かに言われて見れば、模擬剣だけでなく、手入れはされているものの他の防具も同様に傷んでいるように見える。

 自分達の上官に今回の事件のあらましを報告がてら、模擬物の交換を進言するか否かを考えてきた時だ。 不意に、清んだ声が二人に掛けられた。


「あのっ!近衛、さん。その剣を、私に、いただけない、かしら・・・」

「え?」

「え?」


 声がする方向へ顔を向けると、呼吸が荒げ俯く女性が一人。

 余程焦り走ってきたように見える身なりの乱れに、元々汚れていたのか分からないが、全身に土や埃が付着しており一見怪しく映る。

 もしかして犯人か、と思った近衛の一人が警戒の構えを見せようとした時だ。もう一人が慌てて動きを静止させた。


「何を考えて―――」

「馬鹿かお前は!よく見ろ、ユーティリア皇女殿下だぞ!」

「は?」


 一瞬言葉の意味が理解できなかったけれど。いくつかの条件が合わさり気付く。

 俯いた顔が上がったのと。土被り姫の噂。何より汚れているが、衣服に刺繍されている花の模様だ。

 花は帝都レディースレイクでは地位を表す。その刺繍された花の名が、レディースレイクとなれば。目の前の人物が誰なのか聞く必要もなくなる。


「ユーティリア皇女殿下!?」


 何故こんな所におられるのかは分からないが、兎に角今は頭を下げねばならず。

 急ぎ左足を前へ、右膝の皿を地面に付け頭を下げる。


「し、失礼いたしました!」


 王族に対して警戒の構えを向けるなど不敬罪を問われても文句は言えない。しでかしてしまった罪に後悔し、全身から汗が噴出すが。

 掛けられた言葉は思いもよらぬものであった。


「頭を上げなさい。今は時間が惜しいの、その剣を借りれないかしら」

「け、剣を。でございますか?」


 遥かに高い身分の人間からの申し出なのだから否応無く応えなければならないのだけれど、余りにも状況に不釣合い過ぎ、膝をついたまま躊躇してしまう近衛の二人。

 どうするかと顔を見合わせた瞬間。

 ユーティリアの後ろから、更に一人姿を現す。


「「!!」」

「ユーティリア様、いかがされましたか」


 ある意味。第三皇女であるユーティリアよりも、彼の顔を知る者が多いと思われる人物であり。彼ら近衛の頂点に位置し、聖騎士の称号を持つ人物。トリスタント・メイプルリーフその人だった。


「こんにちは。急ぎ剣か何か丈夫な物が必要なの」

「剣?何故そのような物を―――」


 すっと目が細くなり、警戒色が滲む。

 近衛兵の二人は滲み出た重圧に気圧され、頭が地面に付くのではないかと言うほどに押下がる。

 トリスタントは訳有ってここへ着てみたのだが、何やら様子がおかしく、剣を欲しがる理由が全く推測できない。ならばと、慎重に、近衛やユーティリアの言葉の真意を探る事にした。






 近衛兵二人からの考察を聞き。そして、ユーティリア様からの要望を考えていた。

 近衛兵の報告は筋は通っているようにも聞こえるが、いくつかの矛盾がある。

 何よりも感じられた、あの二つの大きな魔量。初めに感じた、荒々しいのが多分第三者で。次に感じた、力強く練られ洗練された魔量の持ち主が息子のブーツホルトのもので間違いないだろう。

 途中で策的をやめてしまった為、気が付けば第三者の位置を見失ってしまっていたのだのだが。息子が倒した、又は、別の可能性を考慮し、自身が仕える第一皇子イグレシア・レディース・レイクに許可を取って、真相を探るべくここへ来たというのに。

 聞き終えた後でも、解明できず行き詰ってしまった。

 残りの当事者であろう息子、ブーツホルトに話を聞かねばならないと決めた時だ。

 じっと耐えているユーティリアと目が合う。

 いや、ずっと彼女に見られていたので、自ら合わせにいったというべきか。


「・・・お借りしてもいいかしら?」


 端的な言葉に籠められた感情は非常に多い。

 ここへ辿りつくまで、幾つかの鍛錬場や相応の場所へ行ってみたのだが、使われていたり新しかったりと、目的の物が中々見当たらず、やっとの思いで見つけたものなのだ。

 皇女と言う立場を利用し命令を出せば、もっと簡単に手に入れられたと誰もが思うだろう。ではどうして、ユーティリアは自分で探すのか。

 問いに対し答えは有る。自分の趣味だから、だ。

 ユーティリアは自分の趣味に、他者の時間を取られるのが許せない心の持ち主。ただ、それだけ。そして、それを知る者は・・・居ない。


「この剣を花壇でどのように使われるか存じませんが・・・。お聞きしてもよろしいですか?」

「アラトルヘニアの花が倒れそうなの。だから、支えに使いたいのよ」

「剣である必要があるのですか?花の支えの為だけに、わざわざ剣を使わずとも―――」


 そこで言葉を区切った。

 微かにユーティリアの両肩が震え、薄く唇を噛んでいるのを見て、だ。


「ご自身が無茶な事を言っておられるのは理解しておられるようですね・・・」


 一呼吸を置いて、それならと言葉を続けようとした時。控え目に震えたような声が近衛兵からかけられる。


「せ、僭越ながら申し上げる許可をいただけませんでしょうか」

「・・・なんだ?」

「は、い!この鍛錬場にある模擬剣は傷んでいる物が数多く有り、替えの時期だと思います。このように、折れてしまっている剣もあり、放置していては怪我に繋がる可能性も・・・」


 説明に上がった剣は、本当は折れたから、ではない。しかしながらこの場に事実を知る者は折らず、該当者を上げるならブーツホルトだけだ。

 近衛兵についても両名が話している中、突如案件として閃き、気が聞くんだぞ俺はという主張をしているだけで、ユーティリアに助力している訳でもない。


「花の支えであれば、鞘で十分だと思われます。いかがでしょうか?」


 両名にとって損の無い提案ができ、絶妙な提案が出来たと内心で自画自賛する近衛兵。

 これが今後どう彼に影響するかは分からないが、彼女が反対する理由もなかった。初めから鞘かそれに順ずる品が目的だったのだ。ただ、鞘と言う名称を知らず、剣と言う一括りにしてはいたけれど。


「・・・・・・」


 今に始まった我が儘でもない。

 かといってこれ以上は無粋かと、勝手に決め付けたトリスタントが小さく息を吐く。


「棄てる物だからといって剣を―――、あまり褒められた使い方ではないとだけ、覚えておいていただけますか、ユーティリア皇女殿下」

「ええ・・・。分かったわ」

「それで、何本必要なのですか?」


 言われて花壇の様子を思い浮かべ。一、二、と数えていく。


「五本、かな」

「分かりました。そこの近衛の二人」

「「はい!」」

「聞いての通りだ。この鍛錬場内の痛んでいる武具及び模擬品を取り替える許可を出す。模擬剣の鞘を五本、ユーティリア様の部屋へ届けよ」


 指示を受け鍛錬場内へ散る二人の近衛兵を見送り。トリスタントは息子のブーツホルトへ会う為、ユーティリアへ声を掛けてからその場を去った。

 彼女も近衛兵を手伝おうと鍛錬場内へ入るが。

 一瞬近衛兵二人が、ギョっとした表情をしたけれど構わず、ある物を探す。

 自分では物品の劣化具合が判断ができない。代わりに自分ができるのは持ち運ぶ事くらいなものだ。だから後に渡されるであろう鞘を一人で持ち運べるような、手頃な入れ物か包める袋を見つけようと場内をうろつく。

 すると。

 壁に立て掛けてある一本の剣が目に入った。


「これは何かしら・・・」


 やけに古い印象を受ける剣。

 埃を被っているわけでもなく、しっかり手入れされている様子が伺えるようだ。

 手に取ると見た目以上に軽いが良し悪しまで分からず、近衛兵に判断してもらおうと持っていく事にした。

 手際良く仕分けしている二人へ声を掛けるのは躊躇われたが、逆に背後に気配を感じた一人が振り向く。


「ユーティリア皇女殿下!?いかがされましたでしょうか!」

「えっと・・・これなんだけど。向こうに一本だけあって」


 おずおずと持ってきた剣を両手で差し出すと、失礼しますという声掛け手から離れる。

 見て触って鞘から抜こうとして・・・


「ん?・・・んんー!ふんぬううううううううううう!ぬがあああああああああ!」


 鞘から抜けず、顔だけが真っ赤に染まる。


「おいおいどうした?そんな力んで」

「抜こうとしてみれば分かるさ。多分詰まってるかもしれない」

「ほう・・・。どれどれ?ふん。ぬぬぬぬぬ・・・ぬひょおおおおお!・・・・・無理だな」

「ああ無理だ」


 もう一人の近衛兵もやってきて、抜こうと試みるが結果は変わらず。

 少し考え二人の近衛兵が出した答えは、


「棄てましょう。何かが詰まって抜けなくなり放棄されたんだと思います」

「近衛に支給されている剣とも違うし、何より軽すぎる。もしかして中は折れてるかもしれないですね」


 廃棄するだった。

 誰かの忘れ物ではないかと聞いてみたが、騎士や近衛兵には支給された剣がある為、忘れ物なら直に分かるとのこと。

 都民がここへ来る筈も無く、貴族がこのような小汚い剣を持つ事は無いと言う。

 であれば、とユーティリアは申し出て、貰い受ける事にしたのだ。他の鞘と合わせ六本を受け取ったユーティリアは、持って行きますという近衛兵を断り運ぶ。

 大きな袋に包んでもらい背負ってしまえば、そこまで苦になることはなかったのも幸いした。

 とことこ、とことこ、と。歩いていくユーティリアを見送る近衛兵が二人。


「・・・」

「・・・」


 身体も服も埃と土に塗れ、髪は走ってきたせいで乱れていた。

 大きな袋を躊躇わずに背負い歩く姿は、とても皇女とは思えない。

 噂に違わぬ、土被り姫と呼ばれるだけの事はあったが。それでも、別れ際になれば印象に変化が訪れる。と言っても、土被り姫から、優しい土被り姫程度ではあったけれど。


「俺、ユーティリア皇女殿下の近衛として仕えたいかも・・・優しいし、汚れてたけど何か可愛かったし」

「嫌な印象は俺も無かったな。もう二度とこんな近くで見る機会は無いだろうけど、眼福だった」


 姿が見えなくなってから呟く二人。


「だな。汚れてたけどめっちゃ良い匂いしたし!揺れてたし!もっと見ていたかった!・・・あれ何の花の香りなのか」

「俺には分かるぞ!あれは高級品の匂いだきっと!」

「・・・あっそ」


 この日から。汚れた姿で宮廷内を走り回っていた姿や、大きな袋を背負う姿を貴族らに見られたユーティリアは、また一つ新たな悪名が付けられるのだが・・・

 その後も本人は気にする事無く日々を過ごし、そして近衛兵の二人は、皇女の悪名を聞いても馬鹿にすることは無くなったと言う。






 帝都レディースレイク内にある宿場。旅の憩に泊まること二桁日目に迫ろうかというのエヴァンス親子の姿があった。

 時間は深夜。宿場の窓から見える外の景色は、月明かりと街の道々に点在する鉱石灯の灯りが交わり。美しく、どこか幻想的で、昼間とは違った美しさを描いている。

 一方でノクトの姿は殆ど黒色や目立たない色で統一され、美しい光景を黒で塗りつぶすのではないかと思えるほどだ。


「すぅ・・・すぅ・・・」


 規則正しい寝息を立て寝ているサンラを起こさぬよう準備を進めていく。

 彼は一体何をしようというのか、と問うとしよう。

 誰が答えるわけでもないが、答えは今宵宮廷へ忍び込もうとノクトは計画を立てていたのだ。理由は単純、鍛錬場に忘れてきてしまった剣を探す為。

 実のところ今まで数度、忍び込んでいた。

 しかし、サンラ達の喧嘩が原因か、それとも街中で流れる噂の魔王が現れたからか、異常なまでに警戒態勢が敷かれ諦めていたのだ。

 無理をすれば行けなくもなかったかもしれないが、できれば気づかれる事なく済ませたく思う。

 昨日までと比べても、内外周街を守る近衛兵の数も減っているのは確認できている。

 さらに今日は露店で購入した装備があった。顔を隠すには質の良い仮面と外套。露店主のポポスカさんは、ガラクタ同然だと謙遜していたが、物を造る技術は素晴らしいと思う。

 良い事が重なり、丁度良い機会かもしれないと後押しする。耳を澄ませ宮廷へ意識を研ぎ澄ませば・・・

 シャラン。

 と、微かな鈴音石の音が耳へと届いた気がした。


「うん・・・まだ、ある」


 閉じていた目を開け。外套を羽織り。仮面を身に付ける。

 声には出さなかったけれど、最愛の息子へ向けて。


「行ってきます」


 と、呟いたのだった。





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