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第7話 日陰に芽吹く才 後編

 手渡された剣をまじまじと見ながら、サンラは自分が携えている剣との違いを比べている。

 質感も重量も同じで、自分のよりも剣身が拳一つ分短い剣。

 何よりも不思議に思えた部分を見てから確信し触れた。やはり、刃が無い。


「この剣は何?」

「え・・・。あ、そうだな。模擬用の剣だよ。今私達が持っている剣で打ち合いなんかしたら、怪我をしてしまうだろう?だから、間違って身体に触れても怪我をしないように刃を潰した剣でやるんだ」

「凄いや!ありがとう!大事に使います!」

「大事にって・・・模擬剣だから、自由に使ってもらって構わないんだけど・・・」


 驚きながらも軽くゆったりと空を切り、感触を確かめている様子が伺える。


「・・・」


 どうやら、余程の田舎から出てきた世間知らず者なのだろう。何処にでも有るような模擬剣に一々嬉しそうに反応しているが、経験を積んだ者からすれば不安材料にしか映らない。

 それらを踏まえた上で、サンラの携えている剣とは違う、やや短めの、自分と同じ長さの模擬剣をあえて渡した。

 無作為に選んだ訳でもなく故意でもない。彼なりの考え出した理由が有っての事だ。

 いくら身体強化が有るといっても完全ではなく。彼のような世間知らずが振るう剣で、怪我を誘発する危険性もあれば、一歩間違えれば惨事になる恐れも有る。刃が潰れ短く軽い剣なら、振りやすく間違いも生まれにくくなるのだから、これで安心感も増すだろう。

 真剣で打込みをさせる親が田舎には居るのだなと驚きつつも。頭では冷静に、力に任せた振りが来るかもしれないと想定して、少々厚めに身体強化をしておこうと考えるに至る。

 しばらくは受けるだけに徹し、反撃を行わない。

 気持ち良く打込ませて最後は引き分けに持ち込むといったところか。

 自分から打込めば圧倒的力量差に彼が付いてこれず試験前に自信を砕いてしまう可能性がある上に、試験前の彼に対し、それだけは避けてあげなければいけない。と、これからの手順を固めていく。


「ふむ・・・」


 また、数回の素振りを見てブーツホルトは思う。

 振り方や握り方は独特なモノであるけれど、試験を受けると言うだけあって、剣に振らされていないだけの腕力はあるようだ。自身の構えを確認している際も、剣先が震えたり傾いたりしていない。

 自分の剣先の軌道を確認するような、ゆったりとした素振りを見ただけなので、それだけで全てを判断できないが、打ち合う前から知れる相手の実力はそんなところかと判断していた。

 次に、彼自身の経験を聞いておこうと質問を投げかけたのだが。


「一応聞いておくけれど、何処かの大会での入賞経験や剣舞の経験、褒賞対象の討伐経験は?」

「んーっと。大会?は出たことないかな、でも剣舞なら一回有るよ!」

「あ、いや。それならいいんだ」


 どうやら想像以上のずぶな素人らしい。多分そうなのだろうと予想はできていたのだが、これはどうしたらいいものか。

 考えを悟られぬよう笑って軽く流しながら言葉を選ぶ。


「準備が出来たら教えて欲しい。私は受けるだけにするから、好きに打込んできていいよ」

「え?同じくらいの年だよね?手加減なんか無しでいこうよ」

「ははは・・・」


 彼の返答に思わず苦笑してしまうブーツホルト。彼が本気で言っているから尚更だった。


「そうか、そう思うよね。うん。気持ちは嬉しいけど、そうだな・・・私は既に身体が温まっているし、君はこれからだろう?だから、最初は受けるだけにさせてもらうよ」

「でも・・・」


 不満があるのだろう、納得がいかないと言葉にせずとも感情が顔に浮かぶ。

 あまり相手の機嫌を損ねてしまうのも悪いか、と考え直し一呼吸。それならと別の案を上げることにした。


「だったら、攻めと守りを交代交代で打込んで、君の身体が温まってきたら打ち合いに切り替えるってのはどうかな」

「・・・・・」


 少しの沈黙。

 これも駄目かと思わされたが・・・

 どうやら、この案は正解だったようだ。返事は無いけれど、目がパッっと大きく開き、首を上下に何度も振っている姿が賛成と代弁していた。


「じゃあ、準備が出来たらこっちに来てもらえるかな」


 先に鍛錬場の真ん中へと立ち、彼の準備が整うのを待つ。

 予定と違ってしまったが十分修正可能な範囲。

 気持ちよく攻めさせる為、大袈裟に守り。守らせる時は、派手さを演じる。

 後は自分の技術で導いてあげるだけ、それだけだ。

 と、ブーツホルトは考え事に耽ってしまったのだが、それによって一つの事実を見逃してしまう。己の真後ろで、サンラが段違いの速度で素振りを確認していた姿を。

 携えていた剣を壁に立掛けたサンラは、相対する位置へ歩を進める

 やがて・・・


「お願いします!」


 と、元気な声と共にサンラから声が掛けられた。即ち準備ができたと言う合図。

 それに応えるよう一礼を返し。


「よろしくお願いします」


 互いに向き合い、模擬剣構えた。

 例えるならその様子はまさに、対極と言うに相応しく。ブーツホルトの構えが美しく他の模範になるものなら、サンラの構えは唯一無二のもの。

 視線が交わり段々と張り詰めていく場の緊張感が最高潮に達した時。


「先行は譲るよ」


 そう口にしたのはブーツホルトだ。

 サンラも頷き、始まる。

 まずは、ブーツホルトが防御に移ろうと模擬剣を構え。そこへ打込んでくるよう仕向けた。

 一回、二回、三回と受け。


「ん?」


 何故だか分からないが違和感を覚える。

 続けて、四回、五回、六回と受けても、違和感の正体が掴めない。

 今の気持ちを表すのなら、しっくりこない。と言うべきだろう。

 それだけではない。想定以上に一撃一撃が重く、振りも芯が有り、身体もしっかりしているのに驚かされる。予想とは裏腹に、攻めに関して悪い点は見つからず、自分の中で彼の評価を塗り替えるが、結局正体を掴めないまま攻めと守りが入れ替わる。

 ところが攻めようとした矢先。

 思わず踏み止めたのだ。

 当然、攻めを止めた相手を見て、サンラも考えを口に出さずにいられない。


「・・・どうぞ?」

「どうぞって、何を言ってるんだ、君?守りの構えをしてもらわないと怪我するじゃないか」

「へ?」


 キョトンとした表情に裏は無い様子。


「構えてるけど・・・攻めてこないの?」


 問いかけを無視し、もしやと思い逆に質問で返す。

 想定以上に基本も何も出来ていないのかもしれない。


「まさか、攻めも守りも同じ構えのまま、なのかい?」

「うん」

「うん、って・・・」


 一度構えを解き、天井を仰ぐブーツホルト。

 隠そうとして滲み出てしまう感情は、落胆、呆れと言ったところだろう。

 何もせず試験を受ければ間違いなく彼は落ちるし、この打ち合いも続けたところで彼はもたないと想像に容易き、そして悩む。


「攻めていいよ?」

「え、ああ・・・、そう、だね」


 どうしたものか、と呟くが今更どうすることもできない。

 攻めは上々。反面、守りが素人だったと上辺だけで判断し、気を抜いた瞬間。


「隙だらけだよ。集中しないと怪我するから気をつけて」

「・・・は?今、なんて言った、のかな?」


 自分の聞き間違いだろうか。

 いや、違う、絶対に違う。

 隙だらけ。自分に隙が有ると彼は言った。挙句、自分に対し注意を促した。

 攻めしか出来ず、守りの型も持っていない素人が、だ。

 それも聖騎士の息子の自分に対して。


「防御もできるから大丈夫。だから集中して」

「っ・・・」


 追い討ちとも言える言葉で全身がカッと熱くなる。

 怒りと言う感情に支配され。

 抑えていた魔力を引き出し、身体が隅々まで強化されていく。


「だ・・・ったら・・・」


 自分は教える側の人間で。

 相手は教わる側の立場なのに。

 何故こんな素人に言われなければならない。防御の基本も出来ていなければ、教わる者としての自覚も教もないのかと怒りが込み上げる。

 言葉の分は堪えられた。けれど、彼の本気の目を見て我慢が出来なくなった。

 一瞬我を忘れ、加減を忘れ、そして、放ってしまう。

 本気に限りなく近い一振りを。


「受けてみろ!」

「っ!?」


 籠められたのは言葉と感情だけではない。身体強化も加えて振り下ろされる一撃。

 模擬剣と模擬剣が重なった瞬間、撒き上がる土埃が二人を包み込んだ。

 





 これはブーツホルト・メイプルリーフの幼い頃の記憶の断片。

 母親に抱きかかえられることで初めて見える、大人目線の景色。

 見渡す限りの人、人、人。それこそ地平線の先まで続いているようにも見える様子が、人で出来た絨毯を連想させる。

 等間隔で幾千幾万という人間が並び立ち。壇上に一人立つ人物の宣言に全員が聞き入っている情景は、まだ赤子であるブーツホルトであっても不思議と心を躍らせ、記憶の一枚に焼き付けた。

 自分の家族であり父親。帝都レディースレイク第一皇子の筆頭騎士、トリスタント・メイプルリーフ。その息子だからこそ見る事のできた光景。

 舞台袖からではあったものの幼いながらに見た光景は何時でも鮮明な記憶として蘇り、今なお自分の自信の根源になっていると言っても過言ではない。

 たった一握りだけが保持を許される、特別で、格別で、名誉な称号が。

 聖騎士。

 途方も無い人口を持つ帝都の中で一番と認められた証であり、騎士ならば誰もが一度は夢を語る存在。

 その主が、自分の父親で。そして自分はその男の子供。

 幼いながらに素質を見出され、将来父親を越えるだろうといわれたブーツホルトは、手厚く、厳しく、沢山の愛情を注がれて育てられた。

 物心付く前からも付いてからも、訓練が容易い事等有りはせず。いずれ聖騎士を継ぐ存在として周囲の期待も何倍も受け、それに応え続けてきた日々。

 八歳を迎える頃には才が形になり始め、誰からも一目置かれる存在までに成長した頃には、同世代に叶う者は居らず。最近では実力のある大人の騎士が相手でなければ鍛錬が勤まらないほどだった。

 そんなある日―――。

 時折行われる父親と一対一の稽古の場での出来事。

 心身困憊しながらも生まれて初めて、父親に一撃を与える事ができた。いや、できたのかと疑問も否定できないほどに微妙な感じであったけれど。


「――――強くなった」


 聞き違いでなければいい。勘違いかもしれない。とても信じられないから問うてしまう。


「い、今。何とおっしゃいましたか!?」

「・・・本当に、強くなったな」

「父、様?」

「もう身体強化無しではお前に敵わなくなってしまったか」


 ほんの少し、ほんの僅かな憂いを含みながらも、心から息子を祝福し喜ぶ父親の笑顔が浮かぶ。

 一瞬呆気に取られ口が開いてしまうが、続く言葉が許してはくれない。


「騎士院に入りなさい、ブーツホルト」

「えっと?」

「ははは。最近の成長を見ていると・・・いずれ聖騎士の称号を賭け、お前と交える未来も、そう遠くないかもしれないな」

「!」


 帝都レディースレイクにある騎士院への入院の通告。

 言葉通りの単純な意味だけじゃなく、それはきっと、もっとずっと、深い深い意味と思いが篭っている言葉。

 父親であるトリスタント・メイプルリーフも、前聖騎士ヴェイル・マクエルトも、歴々の聖騎士も通った道のり。

 彼の力が父親に認められたに他ならず。

 つまりは、歴々の聖騎士達が通った道を、お前も追いかけて来いと言う事。

 他の誰でもない。自分が、だ。

 この先どれだけ明るく広い世界が待っているのだろうか。

 そして、その何倍の厳しく辛い経験がが待ち受けているというのか。

 温かく優しい世界だけではない騎士の世界。父親と言動から学び知り、現実に直面した場面も何度も見せられた経験も有るからこそ、身体が震えた。

 ずっと、ずっと、この道を突き進む。

 茨道だろうとも、獣道であろうとも、父様を信じて突き進んでいこう。

 迷いはあるけれど振り返らずに。

 いずれ自分が、記憶に残る写真の壇上。そこに立つ存在に成らねばならないと悟ったから―――。

 なのに。

 どうして、どうしてだ。どうしてなんだ。

 記念すべき最初の踏み出した一歩目。

 茨道だって。獣道だって。知っているはずなのに。

 何故。(サンラ)が立ち塞がるんだ。






「―――そんな、馬鹿な!?」


 思わず声が飛び出てしまう。

 困惑。後悔。憤怒。驚愕。そして嫉妬。色々な感情が混ざり合い制御できない心が産んだ一言だった。

 本来であれば致命傷を与えかねない一振りだったはずなのに。


「有り得ない・・・。どうして君は無事なんだ!?」


 無事で居られる理由が理解できない。

 ブーツホルトの渾身に限りなく近い一振であって、父親に初めて与える事の出来た一撃に等しいものだ。

 今や全てが後の祭なのは分かっている。

 完全な自身の失態だと自覚している。

 己が未熟なせいで、取り返しの付かない事態になるかもしれなかったのに。

 どうして彼は・・・


「防御され、た。のか?」


 地面へ。めり込む剣先を、ただただ呆然と見つめながら、直横に立つ存在に動揺させられる。

 まるで滲み出る冷や汗と震える瞳が彼の今の気持ちを代弁しているかのようだ。

 今の一振りは、運が良かっただとか、勘に頼るだけで回避できるような代物では決してなく。

 研鑽を重ね、絶え間無い訓練の果てに得られた。経験。

 危険に身を晒し、痛みを繰り返し身に刻む。体験。

 その二つを、身体への負荷と回復を繰り返す事で得られる肉体が支え。

 それらに強靭な精神力と判断力が合わさって初めて回避できる一撃のはずなのに。

 防御の基本も知らない素人に避けられる訳がない。

 分からない。

 教えて欲しい。

 どうしてだと少年の中で繰り返される自問自答。

 永遠に続くかと思われたが。混乱する思考の中へ、落ち着いた声がすうっと流れ込んできた事で、再び時は動き出す。


「ね。できたでしょ」

「へ?」

「ちょっと避け切れなかったけど、次はちゃんと避けるよ」

「避けただって?」


 回避、とサンラは言った。それは認めない。今のは防御だと訂正させてやりたいと思う。

 ブーツホルトは、本当は、目の当たりにしていた。一番近くではっきりと見ていたのに、見ていないフリをしていただけ、それだけなのだ。

 自分の放った一振りを回避された事実を受け入れられなかったから、自分に都合の良い様に解釈した。誇りを傷つけたくないが故に。

 だが現実は目の前に在る。

 模擬剣と模擬剣が重なり合った瞬間。自分の模擬剣が、彼の模擬剣の剣身を滑った。例えるなら、油が表面に塗られているようだと言えば想像し易いだろうか。押せば押すほどに縦滑りしていく様子が、ゆっくりと思い起こされる。滑る途中、サンラの身体も横へと滑り、模擬剣の根元近くまで来た瞬間、ポンと軽く弾かれたのだ。けれど自身の模擬剣へ込めた力は失われておらず、勢いはそのままに地面へめり込んだというのが事の顛末だった。


「だからもっと続きしようよ!今の一振り凄すぎて、ほら見て見て。薙ぎきれずに剣身が痛んじゃった」

「・・・」


 純真無垢な思いは時に人を傷つける。本人に悪意は無くとも受け取り側次第で、意味が変わってしまう。

 だからブーツホルトも誤解した。

 サンラに見下されたと思い込み、再び吹き上がった怒りが理性を狂わせる。

 彼の言葉が。

 彼の動作が。

 一々神経を逆撫で、自分の思い出に傷をつけていく。

 一番大事な思い出に、皹がパキッと音をたて、入った瞬間。

 ブーツホルトの中で何かが、爆ぜた。


「うわああああああああああああ!」

「っちょ!?」


 吹き出た怒りと魔力に身を任せ、全力全開で模擬剣を振るう。

 まさに力任せ。


「私は!私は!私は!こんな素人なんかにいいい!私はああああああ」

「くっ!っぁ!―――あっ!!!」


 人の急所や、回避が難しい場所を狙うわけでもなく、単純に本能に任せただけの打込み。だが、相応の場で研鑽を積み重ねてきたブーツホルトが行えば話が違ってくる。第三者が見れば、尋常ならざる速度で無作為な打込みが行われていると見て取れ、止められる者が居ない今、誰も少年二人以外に居ないからこそ出来た愚行。

 空気を斬る音も、びゅんびゅんといった鈍い音と違い。シッ、シャッ。といった、騎士の中でも上位な存在だけが振るう際に出せる音が飛び交う。

 繰り出し続ける子も大概だが、受ける子も子だ。

 足捌きと身の動きで回避し、間に合わない振りは模擬剣で受け流そうと試み。流す。何とか流せている。だが、手数に押され反撃できないのと、表情も苦しさが滲み出ており何時まで続けられるか分からない。

 一歩間違えば大惨事。悲劇は免れないであろう。

 一瞬一瞬が気の抜けない膠着状態の中、ついに―――。


「そこだあああああ!」

「うぐっ!?」


 悲鳴とも聞こえるような悲痛な叫びを伴い、ブーツホルトの一撃がサンラの左の二の腕を捕らえた。かに思われた。

 確かに腕に模擬剣が触れている。ただしそれはサンラ自身の模擬剣だ。ブーツホルトの持つ模擬剣とサンラの腕の間に、サンラが自身の模擬剣を無理やり捩じ込むことで、盾としたのだ。


「あ、危なかった」

「これでも、届かないだと!?」


 まさに紙一重ならぬ剣一重の所業。この技は、サンラがギャラドとウルバの剣舞で見た際に、覚えた防御方法だった。

 だが、流さず受け止めてしまっては、衝撃が身体へと届く。

 生身の身体に身体強化という魔法が乗った衝撃。

 大人の全力の殴打を、子供が薄い鉄の板一枚で受けたようなものだ。

 目に見える傷や損害は無くとも、サンラに大きく間合いを取らせるほどに効果は出る。

 すぐさま距離を取ったサンラに対し、呼吸を一つ二つと整えてからブーツホルトが追い討ちをしようとした瞬間。


「回復などさせは―――」


 キラキラと飛び交い舞う光り輝く粒子を目の端で捉えた。


「なんだこれは・・・光・・・粒子、か?」


 自分じゃない。他の誰かの粒子。であれば、該当者はこの場に一人しか居ない。

 目の前の人物から発せられた光だ。

 すなわちそれは、サンラが身体強化を纏った事を意味する。

 数拍の時間の後。

 意味を理解すると同時だ。鈍器で殴られたような衝撃が頭を襲い、視野が大きく揺らされ。くらりくらりと身体も揺れて、足が二歩よろめいた。

 思わず握っていた模擬剣を落としそうになり慌てて握り直す。


「本気じゃ・・・なかった・・・のか?今の、今まで?」


 呟きと同時。ついにブーツホルトの魔量も底が見え始める。

 対してサンラの周囲を光り輝く粒子が舞い。その粒子量はまるで、つい先程までのブーツホルトにそのものではないか。


「準備はいい?」

「え」


 今の、え。は、限りなく、へ。に近いものだ。

 理解も認めたくもない。ただ拒絶したい現実があるだけ。

 怒りでいっぱいになっていた心の中に、大量の不安と言う物体が四方八方から流れ込み、あっという間に心を満たす。

 心の色が赤色が消え去って、灰色と黒色で満たされた時だ。

 声が掛けられる。


「いくよ」


 そう彼は言う。

 いくよとは何か。分からず、定まっていなかった目が彼を視野に入れることで理解させられる。

 行くならば何かがやって来るのだ。

 違う。そうじゃない。

 彼が、攻めて、来るのだ。


「っ!!!」


 理解した瞬間。防衛本能か何かが模擬剣を構え、防御姿勢を取った。

 ただし、防御姿勢というには余りにも拙く。全身硬直させ目を閉じ、現実を見ないようにするという、ここが戦場であれば真っ先に死に直結する形ではあったのだが。

 ドゴンッと音が聞こえ。


「ふがっ!?」


 声が届く。

 ほぼ同時にビクッとブーツホルトの身体が芯から震えた。


「・・・・・・・」


 しかし、次に来るはずのものが来ない。

 攻めによる打撃の衝撃が、何時まで経っても己の身体の何処にも届かないのだ。


「・・・?」


 恐る恐る目を開け様子を伺えば。

 思わず呟きに近い声が漏れる。


「・・・え?」


 サンラが地面に突っ伏していたのだから。






 ブーツホルトの猛攻を受ける中、偶然にもそれを視界の中に捉え。そして、サンラは見出した。

 父親との追いかけっこで追いつく方法を。

 狂人のように暴れ振るうブーツホルトの身体から、振り撒かれる粒子は身体強化の証。

 身体の表面に水の膜で覆うと表現される事例が多い身体強化だが、身体を動かしながら留める事が難しく、蒸発する水のように宙へ飛んでいく。

 だが、サンラが見ていたのはそこではない。足元だ。もっと言えば、強化されたブーツホルトの足裏と地面に答えはあった。子供ながらもしっかりとした基礎が出来ていたからこそ、理性を失ってもなお身体が反射的に行使できた技術である魔法、地面の強化。


「私は!私は!私は!こんな素人なんかにいいい!私はああああああ」


 目の当たりにした経験と森の中で穴を掘るように進んでしまった体験が合わさり辿り着いた、一つの答え。

 身体強化を行えば地面を蹴る力も跳ね上がるが、前提として踏み込みに耐えうる足場が必要だということ。

 追いかけっこの最中。地面を蹴る力を増しても、思うような速度を得られていなかった。落ち葉や湿り気を帯びた森の地面を、強化した足で穴掘りしながら進んでいたようなものだったのだ。

 今まで身体を痛めないようにする肉体保護と脚力強化にばかりに目を取られ過ぎ、蹴る地面は思考の外。

 でも一度気が付き、理屈を理解した瞬間。全身に何かが走り、思考の中が一気に広がった気分になる。

 試してみたい。

 実践してみたい。

 何とかブーツホルトの猛攻を凌ぎ、その時はやってきた。


「あ、危なかった」


 身体強化は繊細なものだ。自分の父であるノクトのように、戦いながらや走りながら身体強化を施すのはサンラにはまだ出来ない。

 だから水平切りを受け止めた後、大きく距離を取る事で時間を作る。


「これでも、届かないのか・・・」


 幸い相手が一度手を止めてくれたおかげで、身体強化を施す時間を得た。

 広大な湖の中へ身体をゆっくり沈めていくよう、身体強化を施していく。隅々まで行き渡らせ、身体の産毛一本から手足のツメの間にまで包み込む。

 完了すれば全身に力が溢れてくるのが手に取るように感じられるところまで終えた。

 そして、ここからだ。

 踏み込む足元を魔量を注ぎ込んで固めていくイメージ。ここは森とは違い訓練場なのだから、あまり固めすぎると前に父親との鍛錬で得た実体験も含め、踏み込む際足の間接に負担が掛かってしまうかもしれない。地面は軽い強化に留めて、身体保護を重点的に、最後に脚力へ魔量比率を分配していく。

 後は試すだけに状況が整い。心が踊る。


「いくよ」


 礼儀の為に声を掛けたのだが反応が鈍く、一瞬聞こえなかったのだろうかとも思ったが、数拍して彼は構えてくれた。

 模擬剣が構えられた所へ飛び込み打込むだけ。

 グッと足に力を入れ踏み込んだ瞬間だった。


「?」


 まるで落とし穴に落ちたかのように、足場が無くなる感覚に陥り、前のめりに身体が傾くが止められない。

 それは何故か。踏み込んだはずの足が、地面を抉ったのである。

 強化された脚力では、踏み固められた地など砂場同然。

 後は説明するまでも無いだろう。意気揚々と踏み込んだにも関わらず、その足が空を蹴ったように軽かっただけであり、勢い余って地面に衝突したという訳だ。


「ふがっ!?」

「・・・?」


 身体強化を施していたお陰で痛みは無かったものの、別の意味で痛かった。自分以外に周囲に彼しか居なかったことも幸いし、恥ずかしさを笑って誤魔化す為、急ぎ起き上がる。


「・・・え?」

「間違えちゃった」


 模擬剣を構え直し、再び攻めようとして。


「どれだけ私を辱めれば気が済むんだ・・・」

「何を―――」

「貴様はあああああああああああああ!」


 彼の叫び声以外はとても小さく聞こえなかったけれど、姿を見れば分かる。

 多分、残りの、有りっ丈の魔量で、この一撃に乗せて自分の相手をしてくれようと言うのだろう。ならば、その思いに応えなければならない。

 脚力強化に回していた魔量を幾分減らし、地面強化と身体保護へ再分配していく。


「うあああああああああああああああ!」

「今度こそ!いきます!」


 踏み込む足にしっかりとした反発が返ってくる。力が、入る。踏ん張れる。

 グッと踏ん張りが利き、今までと違う足の感触に一瞬で高揚してしまう。

 この時サンラは、どちらが攻めでどちらが守りかなんて事は忘れてしまっていた。

 ただ彼の思いに応えねばならないという純粋な気持ちから、今許される精一杯の一撃を放つ。

 二人の間は彼らの足で十歩の距離。模擬剣を振り上げようとブーツホルトが一歩踏み込んだ瞬間、残り九歩の距離をサンラは瞬時で詰めた。


「んな!?」

「へぶっ!?」


 チュイン。と何かの音が一つと。

 勢い余った誰かが壁に衝突する音が一つ。

 短くも長くも感じる沈黙の末、決着が付く。







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