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第13話 きっかけは突然やってくる 後編

 その男の名は、ポポスカ。

 先日、間違った道へと踏み出しそうになったところ、とある事情から踏み止まり、一からやり直そうと決意した男だ。


「やってやる・・・やってやるんだ!」


 声色と仮面越しの表情は明るくやる気に満ち、ギルドで受けた討伐依頼である魔獣を探すべく森の中を歩いている。

 喜ぶのは利用者や民だけの、本人には働きの割りに合わない報酬の依頼を日中こなし、夜は自作した装飾品や装備品を売り小銭を稼ぐ。そうして得られたお金で購入したレイピアは、何処にでもあるような品であれど、凛とした姿勢が加わって、一端の冒険者以上に栄えて見えることだろう。

 彼が今受けている依頼は、特定魔獣の間引き。

 帝都や国を繋ぐ生活路に出没する魔獣や魔物を処理するという文字に起こせば簡単な依頼であろうとも。その実、キクノダイト鉱石を喰らい凶暴化した想定外の相手する場合も有れば、盗賊といった通行人を狙う者達と遭遇する可能性もある危険な依頼。

 いくら依頼以外の魔物や魔獣を相手にしても得られる報酬は素材のみであって、盗賊と出遭おうものなら複数人を相手しなければならず。高級な素材が得られたり相手が賞金首であればいいのだが、その場合は相応な危険が付いて回る。

 そうなれば、報酬に合わないとばかりに一般の冒険者は依頼を受けず、近隣の帝都や国の近衛兵らが対応に当たるのが場合が殆ど。

 だからなのだろう。人が嫌がる依頼を率先してこなし、嫌な顔せず完了報告をするポポスカは、数日でギルドの受付嬢の話題に上げられるほどになっていた。

 今日も同じく、帝都レディースレイクと隣国カルテットの生活路を見回りながら歩いていたのだが・・・


「・・・今日はやけに静かだな」


 そう呟いてしまうくらいに、いつもと違う雰囲気を感じていた。

 元々情報として持っているの魔獣や魔物の大移動。巷では山の主が倒れただと騒がれ、その対策の為か道中すれ違う見回りの近衛兵らが多いのだが、それも違う。

 もっとこう言葉で言い表せないような胸騒ぎ。

 不気味に感じるくらいに静かな生活路を歩くことしばらく。不意に視野に陰りが差した。


「ん?」


 今つけている仮面は自作した仮面。先日露店をしていた際、どこか見覚えのある客が購入して行った仮面と同じものである。

 位置がずれたのかと、直そうとしたと同時。

 凄まじい地面への衝撃と音がポポスカを襲った。次いで降ってきた雨が、それに降り注ぎ、ある物体を赤く染める。


「―――は?え?」


 仮面で若干目の周りが見えにくくなっていても、その魔獣の巨体は確認できる。それもとんでもなく大きな蛇だろう。だろうというのは、体から判断できるだけであって、首が無いから確定できないからだ。

 苦しそうにのた打ち回る姿だけでも十分な恐怖があり、無造作に振り回される太い尻尾が次々木を薙倒す姿は身体を竦ませるには十分な効果を持つ。


「うええええええええええええええええええええ!?」


 訳も分からず声が出ても、現実が変わるわけもなく。

 どう考えても勝ち目なんて見当たらい中、いくら瀕死の傷を負っていようが、なすすべも無い。

 何とか腰に携えていたレイピアを抜くのが精一杯であって、思考は混乱しただただ棒立ちに。

 蛇は蛇で頭を失ってはいても、何故か身体だけでも動いており、最後に何かから足掻いているという感じだ。

 記憶の片隅にはギルドの掲示板で、上級星向けの大蛇討伐依頼が出ていたような気もするが、まさかその大蛇だろうか。

 運が悪い事にじわりじわりとポポスカとの間の距離が狭まってきているのだが、どうすることもできない。

 蛇が力尽きるのが先か、自分が巻き込まれるのが先か。

 万事休す。と、目を閉じた瞬間・・・


「くっ!!!」


 ズブリという音が一つ。  

   

「・・・・・・・・・・・・・・・ぅ?」


 自分は死んだのかと思うが、どうも様子がおかしい。

 何だかとても血生臭く、それでいて腕が包まれるように生暖かい。

 恐る恐る目を開けるとそこにあったのは・・・


「―――!?」


 肉壁。それも生々しい肉の壁だ。

 正体は蛇首の断面。どういう訳か偶然にも、レイピアを持っていた腕へと蛇が自ら刺さりにきたのである。

 これが仮に蛇の皮膚であったのであれば、当たり所が悪ければ即死もありえた。最低でも骨を何本と折るような深手を負っていに違いなく、不幸中の幸いか他者から見れば止めを刺したかのように見えてもおかしくない。ただただ血生臭く、まだ生きてるんじゃないかと錯覚するくらいにウネウネと動く肉の感触に全身鳥肌が立つ。

 激しい嫌悪から、スポンッと反射的に抜いた動作は、たった今駆けつけた者達の度肝を抜く結果として映った。

 何故ならその様子が大蛇を仕留めたように映ってしまったのだから。


「なん・・・だと・・・」

「へ?」


 耳に飛び込んできた声の方向へと僅かに視線を向けるポポスカ。

 見れば呆然とこちらを見ている二人の騎士が居たけれど。

 ただどうしてか、不思議な事に一人はこちらを指差したまま硬直し、もう一人は開いた顎がふさがらないとばかりに脱力している。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


 互いに流れる無言の時間。

 おかげでポポスカは十分に騎士の二人を観察する事ができた。

 彼らが着込んでいる甲冑。帝都レディースレイクにおいて、近衛兵のみが装着を許される物であり、刻まれている花の紋章が相当な位の高さを指し示す。それは同時にポポスカにとって、蓋をしていたはずの憎しみを呼び起こす切欠にもなった。

 何故なら彼らの甲冑は、自分を不幸のどん底へと陥れた公爵家の花紋が刻み込まれているのだから。

 一人は隊長クラス。もう一人はその部下だろう。


「ゴセック公爵の・・・近衛・・・」


 搾り出すような低い呟き。

 彼らに今の呟きが聞こえたのかは分からない。けれど、倒れた大蛇の亡骸を背にし、仮面越しに見据える目は、他を圧倒するだけの雰囲気を生み出すには十分な迫力を持つ・・・ように見えてしまう。


「た、隊長!」

「う、うろたえるな!落ち着け、落ち着くんがっ」


 片や怯み、言葉尻を噛む。

 彼ら二人は恨みで睨まれているとは露知らず、別の意味で萎縮してしまった。

 魔物魔獣の大移動の調査中、突然の大きな音と地を伝う振動に釣られてやって来たのだが・・・

 到着して早々、大蛇を仕留める冒険者と出合った。

 それも一人で倒してしまうような人物に。

 近衛の二人からしてみれば、姿形から亡骸の力量を推測するのは容易く、そして同時に一人で倒してしまう存在と見えてしまえば、ポポスカが圧倒的な強者に見えてもおかしくない。更には仮面を被り素顔が見えず、睨まれてしまえばどうなるか想像に容易い。

 もっとも、大蛇に止めを刺したのはノクトであって、たまたま蹴り飛ばした大蛇がポポスカの前に落下した。力尽きる間際、偶然にも突き出した腕に柔らかい首が突き刺さり止ったという、それだけが事実。

 例えそれが事実だったとしても、断片だけで分かれと言うのが無理な話というもの。

 それどころか・・・


「・・・ジョンド。あの蛇と冒険者をどう見る?」

「星七、いや星八はいってるのではないでしょうか・・・。亡骸は傷だらけなのに、冒険者は傷一つ負っておりません。最上級星、もしかすると黒星に届いているほどの実力者と推測されます。以上が自身の判断であります、ゴルド隊長」

「やはり、そうなるか・・・」


 額に嫌な汗が浮かぶ。

 部下の判断はまず間違いは無いだろうとゴルドは思う。

 手に持っている短剣、レイピアだろうが、あれだけの傷を与えて無傷で居られる等、相当な実力者と見て間違いない。


「だが一つ解せんな。亡骸の首は一体何処へ行ったというのだ。まさか喰らったというわけでもあるまい?」

「何かの魔法で吹き飛ばしたとしか思えません」

「首が消し飛ぶだけの魔法をか?ここへ来るまでに多大な魔力の気配も感知しておらんぞ。例えそんな魔法が行使できたとしても、コカトリス様くらいなものだろう」


 ですが、と続けようとしたジョンドであったが言葉を変える。踵を返しこの場から去ろうとするポポスカの姿をゴルドが見たからだ。


「お、おい!何処へ行く気だ!」

「・・・何か?」

「っ!?」


 目と目が合い、そして感じた狂気に近い怒気に身が震える。

 調査を担う身として話を聞かなければならないことは山ほどあるというのに、続く発言は許されないと思ってしまった。

 殺される。

 間違いなく敵わない。

 ジョンドとゴルドは顔を伏せ。

 ポポスカもこれ以上関わりたくないと視線を切り背を向ける。ポポスカからすれば、ガヴォット・ゴセック公爵の近衛は恨みの対象にしか映らず、一刻も早く立ち去りたい気持ちで一杯なのだろう。足早に立ち去る。

 近衛らも呆然と見送る事しかできず、しばらくし我に返るが。


「ゴルド隊長、追いかけましょう!事情を聞かねば!」

「お前は勝てるのか」

「え?」

「大蛇を一人で倒してしまうような冒険者相手に、お前は勝てるというのか?」

「それはどういう・・・」


 思考が追いついていないと言う部下の表情を見て。経験が浅いなと思い直し、言葉を選ぶ。


「敵意を向けられていたんだ。理由は分からないが、もしも大蛇の次に我々が襲われていたら―――」

「っ・・・」


 否定なんてとてもできない。勝機がまるで思い浮かばない。だから悟った。隊長が言わんとしている事を。


「あの冒険者にとって我々は、大蛇と同様気分次第でどうにでもできてしまうような取るに足らない存在と判断されたんだ。少なくとも今は助かった命を喜ぼう。大蛇も二人で遭遇していたら、逃げ切れたかも怪しい」

「・・・分かりました」

「悔しいだろうが、耐えろ。公爵家に仕える騎士としてお前は十分に強い。・・・ただ、今回の相手が悪かった、それだけだ」


 実力差に打ちひしがれる部下を見ながら思う。

 当たり前のように廃棄された大蛇の亡骸は言わば一財産。討伐依頼が出ていようが出ていまいが、ギルドやクラウンに持ち込むだけでも名声も大金も手にする事ができる宝を、いとも簡単に手放せる冒険者。

 間違いなく最上級星以上の冒険者で間違い。

 亡骸を利用し自身の手柄にすることも考えたが無理がある。ここは素直に上に報告すべきだろう。

 そう遠くにいない仲間を呼び寄せるべく、警笛を手に取ると。


「ゴルド隊長・・・」

「何だ?」

「あの冒険者を止められる者なんて居るんでしょうか?」


 まだ未来のある若手の弱音に対し、隊長として年配者として掛ける言葉が見つからない。どう応えるべきか悩み、有体な言葉で応えることにした。


「そうだな。聖騎士メイプルリーフ様か魔道士コカトリス様であれば、止められただろうよ」

「そう、ですよね」


 言っても聞いても、空しく、悔しく、情けない。

 この歳になっても堪えるものなのだなと、ゴルドは笛の音を響かせる。

 まるでその音色は線引き。これ以上関わりたくないとばかりに辺りへと響いた。






 黙々と、ただ黙々と。

 運び込まれる報告書との格闘に忙殺され続ける数日間。

 レディース鉱山の魔物魔獣の大移動に始まった今回の事態が、まさかこれ程まで騒ぎが広がるとは誰が予想できたであろうか。

いくら頑張っても減るどころか増え続ける積み重なる報告書類の山々に嫌気が差し、自分以外の者を締め出したというのに・・・


「・・・で、急ぎの事柄以外持ってくるなと伝えてあったはずだが、今度は何だ?鉱山から噴火でもしたか、それとも魔王が頭でも下げに着たのか?言ってみろ、ザイガル」

「その様な事は一切ありませんが、良い具合に荒れておられますなイグレシア様。その経験は得がたくとも尊き物ですから、大事になさってください。ほっほっほっ」


 不敬罪を恐れる事無く受け答えをしたのは、執務室へ入ってきたザイガル・アートライトだ。彼は帝都レディースレイク第一皇子イグレシア・レディース・レイクに仕える執事で。見方を変えれば愚痴を吐けるほど信頼を置いているとも受け取れるのだが、流石に今の言葉は度が行き過ぎているようにも聞こえる。

 ところが激高する訳でも、不敬罪を言い渡す訳でもなく、まるで軽い挨拶のように話を流した。


「少しは私の嫌味に反応してくれてもいいだろう」

「ほっほっほ。日々経験を詰まれていくイグレシア様を観察するのがこの爺の楽しみなゆえ、からかいはしても邪魔になるような事は致しません」

「ったく・・・お陰で少し冷静になれた、感謝する。それでいったい何か起ったのか報告してくれるんだろう?」


 ふっほっほと満足げに相槌を打ちながら一枚の紙を取り出す。

 差し出された紙は指名手配書。指名手配犯の名に、パティーン・ネクドロスとある。記憶が正しければ、我が騎士であり聖騎士のトリスタントからも、相当な実力者だと聞いている犯罪者だったはずだ。

 これがどうしたと顔を上げると。


「その指名手配されていた者が掴まりました。それも生け捕りで、です」

「なんだと!?」


 そんなことが有り得るのかと、机から思わず身を乗り出した。

 聖騎士殺しの実力者のはずだ、生きて捕らえられたなど奇跡としか言いようが無い。まさか、四公爵と供に行動しているトリスタントが偶然にも捕らえたのであれば納得もいくが・・・


「例の調査で外周街をあたっていた近衛が、巡回中魔力の異変に気付き向ったところ、既に瀕死の状態で倒れていた。と、報告が上がっておりますな」

「・・・どういうことだ。魔物か魔獣の大移動にでも巻き込まれたとでもいうのか?」

「詳細は現在不明。今は牢獄で本人の回復を待ち、事情を聴取後、しかるべく手順を踏んで処刑される予定となっております」


 帝都レディースレイクだけではない。隣国にも手配書が配られているような大物なのだから、当然懸賞金も多く、得られる栄誉は他と一線を画す。それらを全て放棄してしまうような欲の無い者が存在する等、理解できない。


「話は分かった。それだけ―――ではない、ようだな」

「ほっほっほ、お察しいただけるとは嬉しい限り」


 嬉しい報告だけにしてくれよと崩れ落ちる。

 小出しにするつもりは全く無かったが、眉間によっていた皺がなくなったのを見ると、これはこれでよかったとザイガルは思った。


「今の話に関連があるかもしれないと思いましてな。東の森に位置する生活路にて、星六つの魔獣が討伐されたのです。・・・表向きは」

「やけに遠まわしに言うな?」

「伝え方の一つだと思ってくだされ。ここからが面白い話でして、星六つの魔獣をなんと冒険者が一人で討伐したようなのです」

「ん?別に珍しくも無い話だろう。力がある者であれば考えられなくもない話だ」

「おっしゃるとおり。ところが調査した結果、驚くべき事に亡骸から定すると星六つではなく、星八つ級にまで成長していた可能性がある、とあります。更には、傷一つ負うことなく倒したとも、ふおーっほっほっ」

「・・・その者の名から、所在まで全て調べがついているんだろうな?」

「不明との報告です」

「は?」


 一瞬で沸いた怒りから出た声。

 理解ができなかったというべきか、考えが追いつかなかったというべきか、ただただ素で返してしまった。


「目撃した近衛の話では、早々に立ち去ったと」

「その近衛を呼べ、今すぐにだ」

「短絡的になるものではありませんぞ。彼らを呼べばどうなるか目に見えておりますので、お断りいたします」

「ふざけるのもいい加減にしろ!!何処の近衛か知らないが、そんな実力者を野放しにするなど許されることではない!大体目星はついていないのか、それだけの実力者など数が知れているだろう!」

「ほっほっほ」

「笑って誤魔化そうとするなザイガル!私はこの数日間で我慢の限界に来ているんだ、いくら小さい頃からの付き合いであろうと限度がある!」


 響き渡る大声は、執務室だけに収まりきらず、廊下へと伝わるのは必然。

 再び身を乗り出し凄い形相で問いけるが想定内だった。既に根回しは済んでおり、外で控える近衛らは驚きはしても中に入ろうとしない様子から、どれだけザイガルという人物が信頼されているかが伺える。

 だが、当人はそうはいかない。八つ当たりと言うべき怒りが向けられているというのに笑顔を浮かべ続けられたらどうなるか。簡単だ。


「出て行け!!助けを期待した私が馬鹿だった!!二度と顔を見せるな!!」

「いいえ。出て行きません。顔も何度も見ますとも」


 煽る。徹底的に煽る。今まさに血管がブチッと音をたてて切れるような瞬間まで徹底的に。

 だが、最後の一線は越えさせない。


「今の願いが叶うのは、自身がお役御免か、死別した場合と決まっておりますので」

「ではどうしろというのだお前は!!頼れるお前は助けてくれないし!愚痴を言いたくとも、トリスタントは不在!上がってくる報告書の内容は無茶苦茶!だというのに、次から次へと問題だけが湧いて出てきて、責任だけは全て私が取らねばならない!逃げ場なんて何処にも無い!」


 それを自身で選んだのではないか、という返しはあえてしない。


「それらを何と言うか知っておられますか?」

「理不尽に決まっているだろう!!!」

「その通りです。だからこそ、今は理不尽を精一杯味わっていただきたい」

「なっ!?」


 失われた言葉。それは、何を言われた。違う、何を言っている。だ。


「そう遠くない未来、イグレシア様は然るべき立場になられることでしょう。その時も今のように不満を荒げ、自分以外に責があると声を上げるつもりですかな?」


 スッと耳に入ってきた優しくも力強い声が、困惑、戸惑いを生み。あれだけ怒りが支配していた心に堂々と、まるで初めからそこに入る余地があったかのように座り込んでゆく。


「断言いたします。この先も様々な理不尽が訪れるのは間違いありません。それでも・・・どんな状況でも、イグレシア様は臣下に、そして大衆に、示し続けなければならなくなる」


 意味が分かるのに何も言えないのは、言い返せないだけの意味が込められているから。


「だからこそ今が良い経験なのです。ここで手前が手伝えば、イグレシア様が理不尽と戦う機会を奪ってしまう。だからこそ理不尽と正面から向き合い、答えの無い問いに考えてくだされ」

「・・・意味を分かりたくないぞ」

「考え続ける事に意味がある、とでも申し上げておきましょう。それと誤解の無いよう弁明しておきますが、手前はイグレシア様から声を掛けていただいていれば、断りはしても影ながら支える心積もりでしたぞ」

「どちらにしても助けてはくれないのか!?」

「いえいえ。成長を妨げるようなことがあったら、という前提にはなりますが・・・そうですな、そこに山積みになっている報告書とも呼べない物は、激減していたでしょうな」

「それでも少しは積まれるじゃないか!」

「幼子は、何事も手に取り口に入れ経験し、成長していくものです。それに・・・」

「・・・それに、何だ?」

「いつでも助力があると思っておられる驕りは、矯正する必要があるとも思っておりましたのでな、良い機会かと。ふぉっほっほ」

「こんの!」


 いつの間にか彼らの間にわだかまりは消え去っていた。

 先程まで雰囲気が嘘のように会話が進んでいく。

 しばらくの後、外で親子以上の親子喧嘩を体験していた者達は、雰囲気が変化したことに、一斉に胸をなでおろしたという。

 






「その、アトラクション剣舞旅団の人員は信頼できるものなのか?」


 一折の山を越えたイグレシアは、ザイガルから直近に起った事件以外に、幾つか報告を受けていた。


「過去を遡って評判や世の目の情報を集めましたが、芸の最中に派生した偶発的事件意外は、事件は起きておりませんな。それどころか各地で治安向上への貢献や、最近ではレディースレイクへの旅路、出くわした魔獣魔物の大移動を、団員全て無傷で凌ぎ切った。と」

「個々の力は有るわけかだ・・・」


 何を悩んでいるのか。それは、今回の申し出から派生した問題点。

 先日、帝都レディースレイクへ到着した、アトラクション剣舞旅団の団長から、何か祭事があれば最大級の持て成しをさせていただきたいと申し出があったことに始まる。

 この先、多少の祭事は控えており、こういった催し物は幅広い層を巻き込める為、正直ありがたく。ありがたいのだが、万が一と言うことを考えなければならない。

 もちろんイグレシアがアトラクション剣舞旅団参加の是非を決める権限等ないのだが。懸念しているのは、父親であるレディースレイク王が承諾した際の後に来る治安の話だ。開催する場所や状況によっても変わってくるが、仮に催し物の最中に要人が人質にでもとられようものなら大問題。剣舞を主に売りにし、魔獣魔物の大移動を凌ぎ切れる戦力があるとなると、下手をすれば帝都が呑まれる危険性もある。


「これは調査を始めてはおりませんが、移動中戦争に巻き込まれた際、人数的不利にもかかわらず、両軍を退けたとも噂程度にありますな」

「分かった、調査を始めてくれ。それと合わせて、暴動有無とは別に剣舞旅団としての力自体は魅力的だ。兵力として取り込めるかも検討したい」

「承りました」


 ほっほっほ、と満足げに頷き、次の案へ移る。


「それでは次に移りますが、もしかしたらパティーン・ネクドロス捕縛に関わることかもしれないと考えております」


 返事はしない。

 代わりに、どういうことだ?と表情を浮かべれば言葉が続く。


「実はここ数日、ギルドやクラウンに掲示されている討伐関連の依頼が取り下げられおりましてな、調査した結果対象が全て討伐されている、と」

「ん?討伐されているのだから依頼が解消されて当然だろう?」

「通常、冒険者が依頼を受諾し、対象を討伐後、依頼の完了報告までが一連の流れになりますが。今回はいずれも冒険者らの受諾はあれど、完了報告も無く依頼が取り下げられております。つまり、成功報酬を受け取らず、それも上級星、最上級生といった魔獣や魔物を狙って倒している者が居るという事ですな」

「・・・そういうことか」

「ほっほっほ。パティーン・ネクドロス捕縛で得られる報酬や名声程では無いにしても、報酬や名声が目的でないとなれば、一体何が目的なのやら・・・」


 どんな奴だと内心毒づくが、無関係とも思えず無碍にもできない。仕方無しにこの件も調査を進めてもらう事にし、この話を区切った。

 流石にこうも次から次へと問題が出てくると嫌になるというもの。

 勘弁してくれと言うように執務室の天上を仰ぐ。


「それで、他に聞くべき報告はあるのか?」


 半ば投げやりに、仰いだまま続きが無いか聞くと。

 珍しくザイガルが言葉を選んでいる様子が伝わってきた。


「どうしたザイガル?もう終わりでいいのか?」

「いえ。・・・これは、報告すべきか否か、迷いましてな」

「構わないさ、今更だ、言ってくれ」


 では、と前置きし。


「夕刻近くなってからでしょうか。王宮内にレディースレイク随一の美人が現れたと近衛が話しておるのを耳にしました。他の者からも、天の御使い、淫の女神が現れた等、実しやかな噂が広がりつつあります」

「・・・何?」


 聞いた言葉に、思考が完全に停止しそうになる。何とか意識を保ち続きを聞くが。


「見たであろう者は皆惚けてしまっており、実害が出るというところまではいっておりませんが、報告しておきます」

「フローラリアのことではないのか?」

「いえ。それがですな・・・」

「やけに歯切れが悪いな?」

「もう一人の妹君である、ユーティリア様ではないか、と・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


 今度は完全に、イグレシアの思考は停止した。






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