第10話 触れて良いモノと悪い者
いつもの時間、いつもの場所で、いつも通り生業にしている剣舞。
常連に飽きられないよう舞いの型も複数用意し、新参者の心を掴むべく魔法の種類もできるだけ多く取り入れるというのが、ギャラドとウルバの日常のはずだった。
見栄え良く、且つ、華々しく。時に雄雄しい彼らの剣舞を見た者達は口々に云う。
見ていて元気を貰えると。
良い物を見せてもらったと。
同業者からでさえ、賛辞が送られる剣舞なのに、だ。
この場で一番の愛好家であるヴィオラ・スウィーティオも、彼らの変化に驚きを隠せないで見ている。
「あぶないっ!?」
思わず口にしたのは少女だけではなかった。
今見ている半数以上から大なり小なりの声が上がるのだが、歓声ではなく悲鳴に近い声を上げてしまう程、彼らの剣舞は鬼気迫って見えた。
現にギャラドとウルバの衣装は所々魔法で焼焦げたり、小さな斬り傷跡は一つや二つではない。剣舞を魅せているというよりも、本気で手合わせをしていると表現した方がしっくりくるくらいだ。
ヴィオラの心情である困惑を不安へと塗り替えるように突然。
「うおおおおおおおおお!」
ギャラドが吼えた。
見れば大きく振りかぶり魔量を両腕に集中させた攻撃姿勢を取り、対するウルバは身構え繰り出されるであろう一撃に備えている形。ギャラドの守りは腹部から下が限りなく薄く、ここが戦場であれば決着が直にでも付きそうなものだが、ウルバが攻めの選択ができないのは、今の今、体勢を崩されたからとヴィオラは知っている。
知っているからこそ手に汗が止まらない。魅せる剣技でなく、正面からぶつかり合う剣と剣が、次に何が起るのか想像できず不安を煽る。けれど、いくら不安を抱いても、彼らの技術が不安を磨り潰してしまうほどの結果を魅せてくれるから汗を握ってしまうのだ。
「こい!ギャラドおおおお!」
「いくぞおらああああああああああ!」
形勢は不利でも目は死んでいないどころか輝いてさえいるウルバ。避けるなんて考えは微塵も無く、受けて立つと全身で表現しているではないか。
対したギャラドも渾身の一撃を振り下ろす。
激しい衝突音が過ぎ去れば、真っ向勝負の結果が出た。
引き分け、と。
ウルバは耐え凌ぎ、ギャラドを弾き飛ばしたところで終止符となった。
最高潮に達した観衆は、素晴らしい健闘を見せてくれた二人へと惜しみない歓声を送り続け、一人は地面に片膝を、もう一人は剣を支えにしながらも観衆に応える。
「あ・・・」
だが、ヴィオラだけは違った。
気付いてしまったのだ。
常識を砕かれ、同時に自信も打ちのめされたあの日。今の彼らの剣舞は、あの親子が魅せた剣舞と重じなのだと。
ここのところ何をしても身が入らず、何をしても打ちのめされた現実が付いて回る。その度に心が痛み堪らなくなって、癒しを求め来たと言うのに。
「・・・こんなの剣舞なんかじゃない」
思考がぐちゃぐちゃで、嫌な感情に心が支配される。
堪らず見ていられないと思ったと同時に駆け出し、人混みに紛れるようヴィオラは逃げ出したが、ドンッと衝撃が一つ。
「っ・・・」
誰かの肩に衝突したが気にしていられない。一刻も早く離れたいという思いから、謝りもせず走り去った。
一方、少女にぶつかられた旅装束に目を向ければ、ぶつかられた事など気に留める様子も無く拍手を続け、彼らに熱烈な視線を向けている。スラリとした背丈を包む旅装束は豪華な装飾が施され、それを着こなし立つ姿は見事の一言。
だが、普通ではなかった。
「イイ・・・素晴らしく・・・イイじゃないの・・・」
確かに高揚しているには違いない。けれど、明らかに表情が変なのだ。怪しく、じっくりと、嘗め回すようギャラドとウルバを見つめる顔は異常としか思えない。
経緯は単純。仲間達よりも一足先にレディースレイクへ入都したのだが、入り口広場に出来ていた集団に興味を持ち覗いてみたところ、見つけてしまったのだ。彼にとってイイ物を。
しばらくの後。
喝采が収まり舞台を片付けている彼らのところへ向う旅装束の男。歩む姿も普通とは違い、地を蹴ると言うより滑るように歩く。
「ねえ、お兄さん達。ちょーっと話があるんだけど、イイ?」
「・・・誰だ?」
「実に素晴らしい!純粋な力と力の競い合い!ああ・・・なんと、なんという美しい舞いであろうか!不純物の含まれない、本物の剣舞を見ることができて僕は思わず興奮しそうになってしまったんだ。腰がもう鋭角になりそうなくらいに!」
自身の思いと感情をすらすらと並べる旅装束の男。
不審を抱いた二人は訝しみ、話半分に流そうと決め片づけを急ぐが、そうはさせまいと言葉が続く。
「だけど。同時に、物足りないとも思ってしまってね」
「何だと?」
よせとウルバからの静止の声が掛かるが止まらない。
「どういう意味だ、ああ?」
「おっと、失礼。ボクは君達を怒らせる気持ちは全くもってないのだから勘違いしないでおくれよ。それどころか、イイ技量を持っていながらぎこちないのが不思議に思ってるくらいさ」
「貴方の言うとおり私達は未熟です」
「ウルバ何を言って!?」
いいからと相棒を静止し、
「満足させられなかったのは技量不足であって、それ以上でもそれ以外でもありません。今の意見は次への剣舞の糧にさせていただきたいと思います」
ウルバも切り上げたかったのだろう。
早々に話をまとめると、片付いたのを確認し背を向けた。
「見ていただいて、ありがとうございました」
だが旅装束の男も諦めてはいないようで、今の一言は余計好奇心を煽る結果になってしまう。
「・・・イイねぇ。謙虚なとこもゾクゾクするよ」
ニヤリと黒い笑みを浮かべ。
初めから分かっていながら、あえて言わなかった言葉を出す。二人が足を止めるには十分な理由だと判断してだ。
「もっと他の魔法も使った方が君達は魅せられるんじゃないのかい?あんな真似しなくとも、さ」
「・・・・・・」
「今からでも遅くない。元があるんだろう?戻した方が賢明だと思うんだけどなあ」
「―――だ」
「今、なんて?」
静かに。
「見つけちまったんだ」
だが、明確な思いが籠められた言葉が紡がれる。
「言ってる意味が分からないんだけど・・・一体何を見つけたと?」
「とてつもなく高い目標をだ。なあウルバ」
「まったく・・・。何時も言ってるが、冷静なのか沸騰するのか、どちらかにしてくれ」
軽い挑発のつもりだった。本音や彼らの深いところを知りたい気持ちに、悪戯心も含まれていたのも否めない。
けれども、まさか大柄の彼の方から返事があるとは思わず素で聞き返してしまった。
「よく分からないな。どういうことだい?」
「身なりからして胡散臭いヤツにこれ以上教える義理はねえ。どうせ大方、アンタも剣舞をやってる側の人間だろう?どう思おうが勝手だが、さっき見た剣舞が今の俺達の全部だ。力不足は認めるが、だからと言って変える気なんざ微塵も無い。さっさと去りな」
「おっほ!?」
興味が沸いた。
「ふふふ。イイねっ。とってもイイよっ君達は!」
こんなところで縁を切るのは勿体無いと考え。
「ギャザ・アトラクション」
「んあ?」
「・・・アトラクション?・・・どこかで耳にしたような」
「そう。ボクの名前ね。自己紹介が遅れた事を、まずお詫びしよう」
被っていた外套を脱ぎ去ると、まるで貴族が舞踏会等で着るような高級な衣服が顔を出す。
同時に鍛え上げられた身体の線が浮かび上がり、それを見たギャラドとウルバは別々の意味で身構えた。
ギャラドは、スラリとしながらも徹底的に鍛え上げられた肉体を目の当たりにし。
ウルバは、聞いた名前と衣服の特徴を知識に照らし合致した結果に。
「アトラクション剣舞旅団長、ギャザ・アトラクションの名において、君達をアトラクション剣舞旅団に勧誘したい」
美しく、力強く、声を掛けたのだった。
帝都レディースレイクへ続く山道を抜けた先に広がる絶景。丘から見渡せる絵だけでも見に来る価値があると吟遊詩人は謡うという。
けれども極々稀に、絶景を前にしてさえ興味のカケラ一つも感じない人間も居るようで。全身から血なまぐさい匂いを纏い、まだ乾ききっていない魔物や魔獣の血のりをまるで隠す様子もない男からすれば、レディースレイクを見渡せる風景は無価値なモノと映っていた。
男の名はパティーン。ギルドやクランどころか、国や都を跨いで指名手配されている犯罪者。飛び抜けた剣の技術と高い魔法能力を全て、人を殺める為だけに磨き続けてきた男は、各国や都にいる聖騎士や聖魔士に匹敵する実力の持ち主ではないかと噂されている程。
当然の事ながらレディースレイクにも似顔絵付きで情報が伝わっており、一度でも入都門から入ろうとすれば警備兵に見つかり対処されるのは目に見えていたが、生有るモノ全てを無差別に殺め続けることに快楽を覚えたパティーンからすれば、それさえも楽しみに含まれる。
ただただ人間を殺めたいだけ。兎に角多くの人の命を奪えればいいという一心が突き動かし続けてきた現在。
「・・・生き物はどこだあ・・・」
まるで一つ覚えの赤子のように、同じ言葉を呟き続けながら歩を進めていく。
ここへ来る道中あまりにも沢山の魔物や魔獣を斬って来た。不自然なほど多くの生き物と出合い、そして殺めてきたのだが、その中に人間が含まれていなかった為に満足感を得られなかったのだろう。
いくら殺めても満たされない精神的抑圧が、彼の目を血走らせ、もはや限界だと語っていた。
そして・・・
不幸にも彼の視界に一組の親子が入ってしまう。
見渡した広大な景色から目ざとく見つけ、ニヤリと口の端を歪めるのに合わせ剣を抜いた。
「みぃーつけたぁー・・・」
姿を隠す事無く堂々と捉えた得物へ一直線に向うパティーン。
普通に考えるならば、得物が逃げないよう剣をチラつかせながら近づくという愚行はしない。あえて愚行を犯すのも、それさえも楽しみ、逃げ出されても自慢の脚力で追いつけると踏んでいるからだ。
しばらくして互いの存在をはっきりと視野に入れられる距離まで縮まると、パティーンに得物として認識されたとある親子も不審人物へと向く。
その様子に内心歓喜し、その喜びが形を成すように曲々しい魔力を噴出した。
「右かー?左かー?それとも後ろかー?どう逃げるー?」
上がった口の端から涎が垂れ、自分の舌で拭う。
必死に駆け出して殺めたい衝動を押さえ込みつつ、この楽しみを噛み締めるようじっくり距離を詰めたのだが、今までの経験上逃げ出さなかった得物は一人としていなかったというのに、今回の得物である親子はまるで動こうともしない。
それどころか何か話し合っているようにも見える。
「・・・」
そんな姿に苛立ちを覚え、パティーンは全力で殺気を放った。
俺を見ろ、命を差し出せ、と。
手加減無しの殺気。耐性の無い人間であればこれだけで意識を刈り取られてもおかしくはない程だと言うのに、親子はびくともしない。
「クキキキ!」
思い通りにはならず怒りが加算される。
恐怖で動けなくなったかとも思ったが素振り一つ無く。つまりは折角見つけた獲物が殺気さえ気づく事ができない、粋の無い獲物だったと落胆し怒りが頂点に達した瞬間。
一瞬で全身を覆っていた魔力を操作した。これほど素早く身体強化を施せるだけの技術を持っている人間はまず居ない。
憂さ晴らしに出来うる限り残虐に親子を斬ってやろうと決め、親子の間へと飛び込めば。
「逝ネエエエエエエエエエエエエ!」
放たれた一閃が親子の急所を捉えた、はずだった。
「ンな?!」
刈り取ったはずの命。
無防備に某立ちする親子を斬り裂いたはずなのに手応えがまるでない。
それどころか、目の前にいたはずの親子が消えた。いや、見失ってしまった。
今までに無い経験に驚き無様に彼らを探すが。
「何処だッ!」
右を見て、左へ向き、後ろに回りこまれていたと気付く。
そんなまさかと驚愕した瞬間、さらなる驚愕がパティーンを襲う。
目前に迫る剣刃。
それはノクトが斬りつけた一撃。
何とか寸での所で防ぎ距離を取ろうとするが、追撃が許してはくれず。押されに押され続けたあげく、ある思いが浮かぶ。
このままでは殺されてしまう、と。
「ぐ、ぐお、ぐ」
度重なる連撃に防戦一方を強いられ、一切の反撃を許されない状況に滝のような冷や汗が流れ落ちる。
「(なんでこんな所に、こんなに化け物みたいなヤツがいやがるんだ畜生が!)」
泣き言さえ口に出す隙さえ許してもらえない攻撃を受け、圧倒的な存在を前に逃げ出したい衝動に駆られるが許されるはずも無かった。
ついに限界に達し、防ぎきれず刃が身に届くと思われた時だ。
突如攻めが止む。
「助かった・・・のか?」
心情が言葉となり口から出ると同じく、すぐさま逃げ道を探すが、逃げ道が見つかる前にノクトの姿が目に入る。
パティーンへ向い地面に水平に伸ばされた手の平の先、突如指が曲げ伸ばしを繰り返した。
「こいつ!?」
明らかな挑発行為。かかってこいというノクトからの意思表示に他ならず、それどころかパティーンの目には、ノクトの表情が自分を酷く見下しているように映ってしまった。
今まで自分でして来た行為をされると言う屈辱に対し、当然耐性など持ち合わせているはずも無く怒りに支配される心。
ワナワナと震えが止まらず、次の瞬間には全力で飛び掛っていた。
ノクトもそれを真っ向から受けるつもりでいたのだろう。凄まじい攻めにも関わらず、回避する素振り無く防いでみせる。
その様子は一部始終サンラの目に入り、生きた実戦を間近で見せる場となっていた。
「どうして人を襲う?」
「最高に気持ちいいからに決まってんだろうが!」
「お前の行いに想いは無いんだな」
「はあ?上からばっかみやがって、余裕ぶっこいてんじゃねえぞ!逝カス、逝カす、逝カアアアス!!」
臭う人の死臭に、この返答。鍛錬をしていた所をいきなり襲い掛かってきたことから、過去に幾人も殺めてきたのは間違いないと判断できる。この犯罪者が元の道に戻れないことも含めてだ。
犯罪者の力量も把握できた。
サンラと同等か僅かに上かという力量だろう。
こんな考えをしてしまう自分も相当の外道だと思いながらも、息子にとって貴重な経験になると割り切りノクトは呟く。
「―――丁度良い、か」
「よけッ!?」
呟きと同時。怒涛の攻め全てを受け止められていたが、突如回避に切り替えられたことで、勢いあまり転ばされるパティーン。両手両足をひざまづかされた後、顔を上げれば最大級の屈辱が待っていた。
何故ならノクトが下がり、サンラが前に出てきたからである。
理解したくなかった。
考えたくなかった。
「お、おい?何のつもりだ!?まさか」
けれど現実が突き付けられる。
親が構えを解き、子供が構える。つまりそれは、
「相手は物凄く強いぞ、サンラ」
「うん」
「全力で戦って来なさい」
「―――はい」
対戦相手交代ということだ。
散々命を弄んできた。
逃げる背中を追いかけ狩り、時には真っ向から攻めてくる者、仇を取ろうと挑んでくる者も全部狩ってきた。
いつからだったろう、人の命を奪う快感を覚えたのは。
いつからだったろう、自分が一番強いと誤認していたのは。
もうしばらくの間思い出すことが出来なかったが、全部思い出した。人生で味わう最大の苦汁と供に。
「全力で戦って来なさい」
「―――はい」
相手が向ってくる。
親ではなく子供が、自分に向って、だ。
かといって親も逃がしてくれる様子は無いらしく、逃げようものなら間違いなく自身の命が奪われると分かる。
「チクショウ、チクショオオオウ、チクショオオオオオウウウアアアアアアアアア!!!」
八方塞となり逃げの選択肢も無く、行き場の無い思いから噛み締めた歯が割れんばかりに軋む。全身の血管が浮き上がった姿は同じ人間とは思えず、身体で処理し切れない苦しみが咆哮として吹き上がった。
悔しい悔しい悔しいと体中が叫び地団太を踏み、勝ち目も無く逃げ道も無い絶望が押し寄せ吐きそうになる。
悔しい。苦しい。逃げたい。早く楽になりたい。
何をどんなに願っても結果は変わらず存在する。
自分をこんなにも追い詰めたのは何だ、何をどうすればいいんだと、苦肉の果てに選んだ答え。
どうせ殺されるなら、せめて自分への手向けに子供を殺してやると決め、一生分の魔力をこの場で使い切る勢いで開放した。思惑通りに踊らされているとも知らないで。
「逝カシテヤル!逝カス!逝カス!逝カアアアアアアアス!」
「っ!!!」
吹き出た魔力に怒りという感情、人とは思えない形相も加わって途轍もない威圧感が放たれる。
サンラは体中でピリピリと感じ取り気圧されそうになるも、正気を保つ事ができたのは、日頃から父親との間で結ばれた信頼と経験からくる賜物だった。
だから、負けじと自身も魔力を開放し迎え撃つ。
「・・・ア?」
初めは身体の回りに薄っすらと見え隠れしていた魔力の粒子、それがあっという間に膨れ上がり自身に迫る勢いで力強さを増していけば、うろたえずには居られない。
「オイ?・・・ちょっと、待て!?どんだけだよ!!」
何故できると思った。どうして、殺せると思ってしまったのか。
危険を前にして根拠も無く子を差し出す親が何処に居るというのだろう。
サンラから発せられる魔力を感じ、何が子供だ、コイツは何者なんだ、と愚痴らざるをえないパティーン。その魔力は、自分と同等かそれ以上であって、初めから自分は子供の練習台に充てられたのだと痛感させられる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
もう思考するのが嫌になり、内で支えきれずに溢れた憤りが咆哮として表れた。
ほぼ同時に駆け出す二人。
激しい衝突の後、サンラが頬に小さな切り傷を負った。経験で、パティーンに同じ軍配が上がったと見るべきだろう。
ただし、表面上であって互いの胸の内は異なる。
一方は半泣になり体裁を保てなくなっていた。
「コイツも化け物じゃねえかよ・・・」
道を外れた者とはいえ、それなりの自信や生命線というものは少なからず存在する。
殺すつもりで放った一撃。まだ見せていない太刀筋にも関わらず、見てから、子供に回避され、その上で与えられたダメージは切り傷一つとなれば、本当の意味で傷を負ったのはどちらなのか想像に容易い。
それを証明するかのように、サンラは集中を切らさずにいる。
「この人・・・速い。横からの斬りつけは避けきれなかった・・・」
同じ条件でもう一度ぶつかれば勝てない、ならばどうすれば打破できるかと考える。
経験したことのある速さ。対応できない速さじゃない。
もっと早く動くにはどうすれば。
避けきれないなら、もっと足に地面に魔力を。
魔力が足りないなら、もっともっと錬り出せ。
無自覚に、そしてこれでもかと貪欲に欲する。
するとどうした事か。湧き水のように、内の奥の奥から、こぽこぽ湧き出てくる魔力を感じることができた。
「凄いな」
ぽつりと呟いたのはノクトだ。
何故なら限界と思われていた息子の魔力が、なお限界を超え、押し上げていく様を、まざまざと目の当たりにしたからである。
「んだよ・・・何だよ!こいつら一体何なんだよ!!!」
子供が魔力で身体をより強化していく一方で、自分は心を恐怖に支配され足が地面に縫い付けられたかのように動かせず、見ていることしかできない。
凄まじい魔力で強化された身体は岩をも超えた強度を持ち、直先の未来には駿馬を超えた速度で自分に向って飛んでくるのだと、想像できてしまうからこその恐れ。
先程の衝突時も自身の持つ全てで迎え撃ってみたものの、小さな傷一つを与えただけで、父親にいたっては理解できない強さだった。
野原で一対の獲物を見つけたが、実は御伽噺に出てくるような竜の親子でしたといわれたようなものである、どんなに見方を変えようが理解も納得もできるはずもない。
実際の所、ノクトとサンラの朝の鍛錬中に遭遇してしまったというのが事実であったが、もはやどうでもいいことでもあった。
「行きます」
「くんなよ!?」
サンラが踏み込む。
パティーンは怯む。
その恐怖は当事者しか分からないものがあるのだろう。
顔面は血の気が引き真っ青になりながらも、目だけは追うことを許された。
踏み込んできたと思った瞬間。
「(消えた!?)」
地面を蹴ったかと思えば姿が消えたかのように錯覚するほど速く、姿を認識できたのは目前に迫られてからのこと。
けれどそれだけでは終わらない。
正面衝突かと思えば、突如横へ飛ばれ度肝を抜かれる。
どうしてだ、と、問う時間もなかった。
致命傷を避けるべく無意識に前方を厚く身体を強化していたが、あろうことかサンラはそれを見て脇腹を狙うべきだと判断し、横に飛ぶと判断したのだ。しかし、出ている速度が速度、無理に方向変更すれば、そのままあらぬ方向へと飛んで行ってしまうのは明白。
だが、そこにあるはずの無い、壁を、宙を、蹴った。
「ぐっふぅぅぅぅうううううううう!?」
顔を下へと向けるが追いつかず、辛うじて視野の端に子供の存在が確認できたが、それも束の間。
まるで鉛の塊が身体の中に向って無理矢理めり込んでくるような感覚とでも言えばいいのだろうか。
横腹にとてつもない衝撃。内側から急激に膨れ上がってくる感覚を覚え、身体が破裂してしまうと思った瞬間、弾き飛ばされた。地面を大きく弾みながら二転三転と転がり、地面へ伏せされられた後も強烈な痛みが腹部を襲い悶絶し、身動一つ取る事を許されない。
「ばけ・・・も、の・・・ぐぁ・・・」
吐けた嫌味も口が地面と接吻していては相手に聞こえるはずも無く、一寸先の見えない未来だけが今の彼の目前の話相手。
ぜえぜえと呼吸もままならず、時おり空気と一緒に土誇りを吸い込み咽てしまう。
そもそも意味が分からない。どうやったら横に飛んで何も無いはずの宙を蹴る事ができるというのか。
「・・・」
いや、もはやそれも、どうでもいい、か。
段々と薄れいく意識は、考えるのを拒否しているように感じ。それが死を意味するのか、重症を負い本能が回復を絶対優先して眠りに付こうとしているのかは分からないが、どちらにしても今の自分に選択権は与えられていない。
そう思えば急速に意識が薄れていき、意識が落ちる間際、パティーンは確かに声を聞いた。
「―――――!?」
ただ、その声を判別できるだけの意識は、もう残ってはいなかったけれど。
心臓が飛び跳ねんばかりに脈打ち、全身に嫌な冷や汗を滲ませながら平野を駆ける。
こんな気持ちになるくらいならば一人同行者を残しておいた方が良かったかもしれないと内心愚痴るがどうにもならず。仲間が応援を呼びに行っているのだから、自分に出来る事をせよと言い聞かせた。
男の名は、シャンドラ・エルカンナ。
帝都レディースレイクの騎士団に所属し、トリスタント・メイプルリーフの配下である男は、外周街を極秘調査中、平原に突如発生した魔力の気配を感じ、原因を解明すべく向っていた。
それも一つではなく二つ。
感じられた魔力はどちらも、あのお方に匹敵するのではないかと思えてしまう。
故に信じたくないと言う思いが先行し、余計な不安を造る基となっていると気付いていない。
無理も無い話しであろう。先程突如感じられた魔力の気配が、自身の所属する騎士団の長にして聖騎士、トリスタント・メイプルリーフ筆頭騎士に匹敵するということは、帝都レディースレイクの最高戦力保持者に並ぶ事に他ならず。それどころか一瞬、トリスタント・メイプルリーフ筆頭騎士さえも、と考えかけたところで否定が入る。
「今は原因を探るのが最優先だろうが・・・馬鹿か俺は」
感じられた魔力の中心地が近づく。
今はもう感じられないとは言え、あれだけの魔力。用心に越した事は無いと、如何なる状況にでも対応できるよう意識をより研ぎ澄ました時だ。
妙なモノを見つける。
「ん?岩―――いや、人か」
初めは岩かと思ったものが、不自然な形で倒れている人間だと気付く。
正座をした状態から地面に顔をつけ、自分で自分の腹を抱いているという格好だ。この際、格好はとりあえず置いておくとして他の様子を伺う。
慎重に距離をつめつつ観察するが、気を失っているだけなのか、それとも死んでいるのか見分けが付かない。
巻き込まれたか、それとも原因の片割れか、の二択であれば、間違いなく後者であろう。さらに地面も荒れ、所有物と思われる剣も投げ捨てられていることから、ここが魔力の発生源で間違いないのは確かだが。
剣を抜き、如何なる状況にでも対応できるよう準備。いざ、発生原因であろう人間の顔を見ようと身体に触れた時だ。
苦しそうな息、いや、呻き声が漏れる。
「ぅ・・・ぅぅ・・・」
「気付いたか?」
意識を取り戻したかとも思ったがそうでもないらしい。そのまま力なく身体が傾き倒れ、顔が露になった。
「な!?こいつは!?」
驚愕と混乱。
指名手配されている男の似顔絵と瓜二つに加えて感じられたあの魔力。
間違いなく指名手配されている犯罪者、聖騎士殺しの異名を持つパティーンに間違いない。それ程の犯罪者がどうしてこんな姿でという疑問が浮かぶ。
感じられた魔力は二つあった。あったのだ。
つまりは、この犯罪者を倒した者が存在すると言うことになる。
だったら倒した者は何処に。
もしも真実だとしたら・・・
帝都レディースレイクの近衛騎士の中でも屈指の実力を持つ、シャンドラ・エルカンナ。屈強な肉体を持ち、防御に関してはトリスタントさえも超えるといわれる男の精神的抑圧が限界を越えた瞬間。
「・・・いったい誰が倒したというのだ」
呆然と呟かずにはいられないのだ。




