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妙案は心の中に

 人気のない路地裏、倒れ伏したナズナの傍で膝を付きながらヤクモは息を吐いた。

 二時間後に猛々しい男と戦う羽目になった事も気になったが、今は眼下の少女の救命が最優先。さて、ポーションの使い方はどうだったかと、未だ混乱する頭でヤクモは考える。


「願えばポーションが使える、はず……」


 自信なさげに呟きながら、ヤクモはそっとナズナの背へ手を重ねる。次いで、ヤクモの手から青い光が立ち上り、僅かにナズナが身じろぎした。


「ん……」


 薄目を開けてナズナは目の前にしゃがみ込む影を認め、訝しむ。

 ディアスとの対人戦を終えた辺りから記憶が曖昧な彼女ではあったが、自分が敗北した事だけは胸に刻み込んでいた。


「良かった。ちゃんと効いたみたいだ」

「あんた、は……?」


 己の頭上を流れる安堵の吐息を感じながらナズナは問う。ヤクモはその問いにどう返せば分からず逡巡し、やがてゆっくりと宣言した。


「俺はヤクモ。君があの男に取られた物を取り返そうと思う。だから、良かったら彼の事を教えてくれないか」


 臆面もなく、敗者へ勝者の力量を問うヤクモ。その言葉に驚きながら、ナズナは瞑目したまま軋む身体を起こして声の主を見る。

 若い、きっと同じ年頃の少年は真っ直ぐに、大地へ這いつくばる自分を見守っていた。



 その後、立ち上がれる程度には回復したナズナへ肩を貸しながら、ヤクモは宿屋を目指していた。

 ものの数分で着くはずの距離がふらつくナズナと一緒だと果てしない。少女の柔い身体を腕に感じながら、ヤクモは努めて平静を保つよう心の中で言い聞かせて宿を目指す。


「ヤクモ、って言ったっけ……。あんたレベルはいくつ」

「今は2だ」


 互いに簡易的な自己紹介を終えた後、二度目の会話。

 それがいずれも一瞬で断ち切れてしまったのは、二度ともナズナの思惑に尽く反していたからだ。


 他人の名前など興味がない。それが自分よりレベルの低いプレイヤーなら尚更だ。

 一刻も早くクリアして賞金を得てリアルへ戻りたいナズナにとって、今のヤクモは単なるお節介を超え、邪魔者に等しかった。

 

「ナズナ。あの男のレベルとクラスは分かるか?」


 そんなナズナの思惑などヤクモが測れるはずもなく。少年は底抜けの同情と厚意を持って少女へ尋ねる。

 その何もかもがナズナにとっては鬱陶しくて、けれど助けられた恩を無碍に出来る程彼女はドライでもなくて――原因不明の憤りを覚えながら、半ばやけっぱちでナズナはヤクモの質問に答えた。


「レベルは4、クラスは多分攻撃型ナイト。レベルが一つ違うだけで圧倒的な差があるんだ、アイテムを奪われるだけだからやめときなよ」

「4か……。そりゃちょっときついかな?」


 そんな間の抜けた呟きを聞いて、ナズナは「こいつはダメだ」と嘆息する。

 ようするに、ヤクモは危機感がないのだ。安っぽい正義感、社会を知らない故の無鉄砲、やれば出来ると信じている子供――ナズナの中に少年を形容する多くの文言が浮かび、頭痛となって彼女を苦しめた。


「ちょっとどころじゃないわよ……。それにあいつはスキルも持ってる。自分が喰らったダメージを相手に返すスキルと、致命傷を受けても一度だけ踏み止まれるチートみたいなスキルを二つもね」


 口に出すのも忌まわしい、自らが遅れを取った直接の原因を思い出しナズナは首を横に振る。

 アレは正しく反則――そう改めて刻み込み、隣を歩くヤクモの意気消沈した顔を笑ってやろうとナズナが見上げると――。


「そ、そうか。やっぱりチートはダメだよな……ハハ……」


 ――どうしてか、ヤクモもまたバツが悪そうに苦笑いしていた。



 宿屋の前に到着した頃、ヤクモはしょぼくれながら壁に背をもたれる同居人を認め、顔を蒼白に染めた。

 そうだった――自分は確か、あいつに「サクラをやれ」と乞われていたのではなかったか――。


 リマはぽつんと虚空を眺めながら"アースガルズでは"初めて見る寂しそうな顔を浮かべている。その姿に例えようもない罪悪感を覚え、ヤクモは既に一人で歩けるようになっていたナズナを見た。


「ごめん、友達を待たせてるのを忘れてた! ナズナ、後からまたあいつの話を聞かせてくれ!」

「はあ。でももう話す事ないけど」


 返事を置き去りにしてヤクモはリマの元へ駆ける。そして、息を切らせて現れた少年を認めた瞬間、リマは目を見開いた。


「……おかえり。全部、売れたよ」

「え、あ……そう、か……」


 怒鳴られると、ヤクモは思っていた。

 リマの事だから待たせた詫びにガチャを回して来いと蹴り飛ばされる――そう、信じていた。

 しかし、そこにあるのは罵声を浴びせる気勢さえ失くした無力な少女と、忘れ果てていた事を謝る事さえ出来ない臆病な少年だった。


 同時に、押し黙ってしまったヤクモと金髪の少女を遠巻きに眺め、ナズナは居心地の悪さに頬を引き攣らせていた。

 これはやっぱり、自分のせいでああなったんだろうなあと、ナズナは眉間に皺を寄せながら黙考する。


「……柄じゃないんだけど」


 数秒後、ナズナは頭をぽりぽりとかきながら、観念してヤクモとリマへ歩み寄った。 



「二時間後に対人戦……?」


 ナズナから説明を受けてようやく事情を理解したリマは、ヤクモの部屋のベッドに腰を下ろしながら呟いた。

 

「正確にはもう一時間ちょっとしか時間がない。リマ、それにナズナ。どうか知恵を貸してくれ。この通り!」


 一心に低頭するヤクモだが、見詰める女性陣の目は冷ややかだ。

 しかしそれも仕方がなかった。ナズナは最初から勝利不可能と諦めているし、リマは自分を放って別の女を見繕っていたヤクモに耐え難い怒りを感じているのだから。


「普通に無理でしょう。"ごめんなさい、女の子の前で恰好付け過ぎました"と土下座して謝れば良いんじゃないですかね」

「まあ戦っても何かを取られるんだ、最初から所持品を教えて一つ選ばせた方が賢いよ」


 冷然と、欠片の思慮もなく現実を突き付ける二人の少女。ヤクモは自室でありながらアウェー、否拷問場と化した部屋で身を震わせながら、それでも助けを乞う。


「女の前で格好付けるのは男として当然だし、まだ負けると決まった訳じゃないぞ……!」

「無理無理。潔く起死回生の剣か自然治癒の鎧か騎士の矜持を差し出しなさいって」

「へえ。ヤクモって資産家なんだ。私も欲しいな~」

「……ちょっと、何呼び捨てにしてるのよ。焼くわよ、魔法で」

「ごめんごめん。所であんたレベルはいくつ?」

  

 リマとナズナはもう対人戦に興味を失くしたのか、ヤクモにとっては意味不明の理由で争い出す。その惨状に深々と嘆息し、ヤクモは最後の手段を告げる覚悟を固めた。



 時間前に待っていたヤクモとナズナを認め、路地裏へ辿り着いたディアスは含み笑いを漏らす。

 飛んで火にいる何とやらだ。最早こちらの勝利は揺るがないというのに――。

 明らかな敵意を送るナズナを無視し、ディアスは背筋を伸ばして立つヤクモへにこやかに語り掛けた。


「待たせたな。早速やるか」

「はい、よろしくお願いします」


 まったく、相手はこれから刃を交える敵だというのに――。

 殊勝に頭を下げたヤクモの背後で嘆息しながら、ナズナは一歩下がり壁に背を預けた。

 数秒後、互いの同意の下発光が二人の男を包み込み、ナズナの眼前から奪い去る。


「……まあ、納得するまでやればいいよ」


 その後、一人残された少女は空を見上げながら、静かに呟いた。

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