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祭りの後

 決着が予想外の形で付いた事で、アマノは相好を崩した。

 彼はエクストラクラスであるシトラスが敗北するなどとは思っていなかったし、仮に苦戦を強いられるとしたら相手が同じエクストラクラスである場合だけだと思っていたからだ。

 そして、アマノはノックからレベルチェックを通して知った出場者の情報を受け、脅威となり得るのは高レベルかつサモナーであるルファリエくらいのものだと予想していたのだが……。


「……これが彼の可能性、か」


 掲げた剣を振り抜かずに止め、次いで崩れ落ちたヤクモを眺めながらアマノは嘆息した。


 アマノでさえ目に負えない速度で翻弄したシトラスに対し最後まで戦意を失わず、影縫いを喰らってなお顔を上げていた少年。

 特殊なアクセサリを装備する事でレベルを31まで上げたヤクモは、確かにレベルだけで考えればルファリエに次ぐ実力者だった。

 しかし、よもやギルドへの所属とエクストラクラスへの転職で格別のステータス補正を受けるシトラスに、ここまで食い下がるとは。


 両手両膝をついて這いつくばる少年を見下ろして、シトラスが静かに首を振る。

 ヤクモはもう戦闘不能だと、そう言いたいのだろう。


「……分かったよ」


 明確な決着ではなかったが、続けさせれば決勝戦での士気に関わる。そう判断し、アマノはどよめきが続く観客席を見渡して『拡声器』を装備した。

 安堵したシトラスに頷いて、準決勝第二試合の終了を告げるまでの僅かな間、アマノは静かにヤクモを眺める。

 未踏の地へ至る可能性を秘めた少年。その力を、青年は必ず手に入れてみせると心に決めるのだった。



 シトラスとの試合の最後、疲労とダメージで『自然治癒』が間に合わず、意識を失ったヤクモが次に目覚めた時。視界に映ったものは見慣れた天井だった。

 ヤクモはしばし黙考し、やがて自身が敗北したのだと思い当たり、深々と息を吐く。


 何故、振り下ろせなかった。

 打てば勝利とまではいかなくても、五分に近い状態までは持って行けたはずなのに……。

 ベッドに寝ころんだままヤクモはがりがりと頭を掻く。

 胸を支配するのは悔恨のみ。優勝してからのお楽しみとアマノが勿体ぶった優勝賞品も、結局知る事は出来なかった。


「……あーもうっ。何で俺は斬れなかったんだ」


 真綿で締め付けられるように慙愧の念が浮かび、ヤクモを苛む。

 実際は影縫いで動きを封じられた時点で勝負あり、その後の反撃は奇跡に等しいものだったのだが、なまじ肉薄した事でヤクモは未練を捨てきれない。

 その後たっぷり一分程、ヤクモはああでもないこうでもないと呟いて、不意に視線を感じ頭を横にする。

 そこに、澄まし顔で自分を見詰める同居人を見つけ――ヤクモは顔が紅潮するのを感じ、押し黙った。


「いえ、良い試合だったわ。あそこで剣を振り下ろせないって凄くヤクモ君らしいもの。ちなみに、優勝者に贈られたのは『経験値倍増』っていうアイテムよ。消耗品で持続時間は三日だけらしいけど、結構な貴重品らしいわね」


 淡々と告げたリマを見詰められず、ヤクモは少女の言葉が終わったと同時に布団へ潜り込む。


 とても、顔を合わせてはいられなかったのだ。

 優勝しろと乞われ、それに頷いて臨みながら、結果は自分でもよく分からない敗北。

 良い試合だと労われようとも、期待を裏切ってしまった罪悪感が上回り、ヤクモは暑く暗く息苦しい布団の中で息を殺した。


「……何それ、まるで子供みたい。まあ構わないけれど、せめて防具は鎧から初期装備に変更したら? ヤクモ君は気にならなくても見ている方は気になって仕方ないのよ」


 言われてみれば、とヤクモはスマホを召喚して防具を『自然治癒の鎧』から『麻布の服』へ交換する。

 データが書き換えられるだけで実際に身に纏っている訳ではない以上、日常生活において防具が支障を来たす事はない。ないのだが、やはり鎧を着込みながら布団に潜っては、違和感を与えてしまうだろう。


「ヤクモ君。ナズナが後からメールを送るって言ってたから、疲れが取れたら返事をしてあげて。多分シドさんも送ってくれてると思うから」


 穏やかに呟いて、リマは布団の中で一つ蠢いたヤクモを見る。その顔は、ヤクモが見ればきっと腰を抜かす程慈愛に満ちていた。



 夜を迎え昼の喧噪が嘘のように閑散とした闘技場、その冷えた壁にもたれながらアマノは立っていた。

 日々のギルド運営と終わったばかりのトーナメントに疲れたから、などではない。彼は今、人を待っているのだ。


「お、お待たせしました……! ごめんなさい、ヘイムダルに籠ってたら熱中しちゃって!」


 叫びながら小走りに駆け寄ってきた影を見詰め、アマノはにこやかに微笑んで一歩前へ出る。

 月明りに照らし出されたのは銀の髪をなびかせるサモナー、ルファリエだった。


「いやいや。こちらこそ呼び出してしまって申し訳ない。それにしても、トーナメントを終えてすぐ狩りかい? その向上心には頭が下がるよ」


 穏やかに両手を広げ、アマノはルファリエを労う。その優しげな声音に恐縮しながら、ルファリエは返事を切り出した。


「とても楽しい大会でしたから、疲れなんて全然感じませんでしたよ。で、せっかくのお誘いなんですけど……私、しばらくはギルドとかに入るつもりはなくて……ごめんなさい」


 深々と頭を下げたルファリエを見下ろし、アマノは静かに頷く。

 決勝戦で再びリヴァイアサンを召喚し、シトラスを倒した女。彼女をアマノは賞品授与の際ギルドへ誘ったのだ。そこで時間が欲しいと求められた為、こうして待っていたのだが――。


「そうか。残念だけど仕方ないね。考えてくれてありがとう」

「あ、いえ……すみません」

 

 申し訳なさそうに苦笑するルファリエから視線を切り、アマノは頭上に輝く月を見る。


 どうやら今回は無駄足に終わったらしい。だが、得るものはあった。

 周知の事実だったパラディンの実力の再確認と、潜んでいたガンナーとサモナーの力の見極めに成功した。

 これでスカウト出来れば万々歳だったのだが、生憎()はそこまで思い通りにはならないようだ。


「ん、引き留めてしまったね。また機会を見てトーナメントを開催しようと思うから、都合が合えば参加してくれると嬉しいよ。その時はディフェンディングチャンピオンとして特別待遇させてもらう」

「あはは……良いのかな、私なんかで……」


 和やかに目を細めるアマノを見て、ルファリエは謙遜しながら頬の汗を拭う。

 戦闘中はふてぶてしい振る舞いを見せた女性が、今は真逆と呼べるくらい大人しい。その落差は、物事に動じる事がほとんどないアマノでさえ好奇の念を覚える程だった。


「それじゃあ、今回はこの辺でお暇するよ。君に勝負を挑むプレイヤーなんてしばらくいないだろうけど、それでも気を付けて」

「はい、アマノさんもお気を付けて……」


 上質の礼を残し、アマノは去っていく。その背がグラズヘイムの街並みに消えた頃、ルファリエはようやく肩の力を抜いて壁に背を預けた。


「全く、口の減らない男ね。月末のギルド対抗戦に向けての戦力補強なんでしょうけど、私としてはどこかに属するより傭兵稼業の方が稼げるのよ」


 銀髪をかき上げ、ルファリエは吐き捨てる。

 彼女がアマノに対して抱いた感情は、小賢しいの一点につきた。

 何を目的として立ち回っているかは知らないが、軽々と信じては使い捨てられる――そんな胸の内の叫びを信じ、ルファリエは誘いを断ったのだ。


「さあて、野暮用も済ませた事だしもう一度潜ろうかしら」


 月光に髪を濡らし、召喚士は草原の果て、迷宮の入り口を目指す。

 その道はただ孤高。故に尊い。

 飽くなき探求心と疑いなき強さを引き連れて、ルファリエは夜通しモンスターを狩り続けるのだった。

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