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ガチャは出るまで回すもの

 あれからリマとスマホを突き合せて『フレンド登録』を済ませ、回復手段がなくなった彼女を守りながらヤクモは再度グラズヘイムへ引き返していた。

 プレイヤー間のトレードは"転移不可"以外のアイテムならば可能。しかし、ポーションを渡すというヤクモをリマは頑として受け付けなかった。


『守れとは言ったけど施しをくれとは頼んでない』


 立ち上がり、仏頂面で吐き捨てたリマ。それを見て、ヤクモは今まで接点のなかったクラスメイトの性格が少しだけ分かり、苦笑しながら街への帰還を促したのだった。


「それにしてもナイトってあんなに強いの? ヤクモ君はスキルを使ってなかったよね」


 スキルが発動する際ナイトもウィザードも属性に応じたライトエフェクトが放たれる。攻撃なら赤、防御および回復魔法なら青、回避または補助魔法ならば緑だ。

 そしてブルーウルフを切り捨てた時のヤクモにはそれが見られなかった為、通常攻撃で敵を倒したのかとリマは問う。


「あ、ああ……ごめん、無我夢中で忘れてた」


 ふーん、と。狼狽するヤクモにきな臭いものを感じながらもリマはそっぽを向く。

 興味を失ったリマに胸を撫で下ろし、ヤクモは一つ息を付いた。

 ソロ行動時のみレベルが跳ね上がる、アースガルズで唯一のアイテムを自分は持っている。果たしてそれは大っぴらに話して良いものなのだろうか。


 アースガルズ・オンラインはレベルによって装備出来る武器と防具が区切られており、装備している防具を見ればプレイヤーのレベルはおおよそではあるが予想が付く。

 あえて低い装備を纏うのは高価な物を買う為にギアを節約し、間に合わせで凌いでいるプレイヤーくらいだろう。


 そして開始初日からレベル上限の半分まで、限定条件付きとはいえ登り詰めたプレイヤーが自分だ。そんな事実が知れれば、恐らく噂になる――そう思い、他者との交流に期待しながらも目立つ事を好まないヤクモは、誰にも話さないと決意した。


「ん、あそこにまたブルーウルフがいる。今は帰還を優先してエンカウントしないよう離れて進もう」

「そうね」


 一〇メートル程先に青い狼を認め、ヤクモとリマは進路を変えてグラズヘイムを目指す。

 最初にヤクモと別れた後、リマはかなり遠くまで足を伸ばしていた。居ても立っても居られず闇雲に草原を走り回ったヤクモがリマを見つけられたのは奇跡に近い。


「それにしても人を見ないわね。もっと先へ進んじゃったのかしら」


 周囲を警戒しながら歩くヤクモとは打って変わり、リマは他人を探す余裕があった。その豪胆さに呆れながら、ヤクモもまた釣られて周りに目を配る。

 

 グラズヘイムは中心に二〇〇人が収まる巨大な宿屋を置き、十字に走る通路の先に東西南北の広場と草原へ繋がる転送門、四隅にそれぞれ武器屋、防具屋、道具屋、闘技場がある。

 ヤクモとリマは北門から草原へ出たが、他のプレイヤーは別の門から出発したのかもしれなかった。


「これだけ広いと中々見当たらないよな。しかも戦闘中は外界から遮断されるから、プレイヤーが救援を送るかよっぽどまで近付かないと発見出来ないし」


 広大に広がる草原は地平の彼方まで続いている。当面はここでモンスターを倒してレベルを上げ、徐々に行動範囲を広げて行くしかない。


「遠くへ行けば行く程強いモンスターがいるのよね。二、三日経てば情報が広まるでしょうに、初日から遠征なんて自殺行為よ」

「あ、ああ、そうだな……」


 まるで他人事のように深々と嘆息したリマを見詰め、ヤクモは脱力感を覚えて力なく笑うのだった。



 グラズヘイムへ辿り着いたヤクモとリマは、その足で宿屋へ向かった。

 肉体疲労は感じないが、代わりに昼間にも関わらず睡眠欲が首を擡げている。という事はやはり、二人とも疲弊しているのだろう。


「私は道具屋に寄ってからフィールドへ出たけど、ヤクモ君は何も買わずに出発したの?」


 スマホの位置検索で宿屋を探しながら、リマはヤクモへ問う。

 その目が侮蔑を含んでいることを悟り、ヤクモは狼狽しながら答えた。


「ま、まあな。早く行かなきゃモンスターがいなくなると思って」


 お前にだけは無茶を咎められたくない――そう言い掛けて口を噤んだヤクモを、リマは大げさに肩を竦めて切り捨てた。


「相変わらずよね。考えてるようで考えてない。良い? 君は私を守る義務があるの。その為には簡単に脱落してもらっちゃ困るんだから、今後は慎重に行動してよね」

「分かりました。それで、リマはいくら持ってるんだ?」

 

 ヤクモの所持金は先ほど倒したブルーウルフが落とした九〇ギアと初期の軍資金を合わせて一〇九〇ギア。リマはポーションを八個使ったと言っていたが、残金はどれくらいなのだろうか。

 そこで、リマは足を止め、返事に窮したのか静かに震え出す。頬を染め、桜色の唇を戦慄かせる級友を、ヤクモは訝しげに眺めた。


「……九〇」


 ぽつりと呟いた言葉の意味を、ヤクモが理解するまで実に一〇秒を要した。

 "――九〇? 一〇〇〇ギアあったはずなのに、開始からまだ一時間も経っていないのに、もうそれだけ……?"

 呆然と口を開けたままヤクモは忘我する。リマの後先を考えない散財っぷりは、少年にとって全くの理解の外であり、恐怖さえ覚えるものだった。


「な、何に使った?」


 ようやく、それだけ絞り出したヤクモの頬を、そよ風が撫でていく。リマは問いが聞こえなかったかのように道を行く他のプレイヤーを眺め、数秒後、小さく零した。


「……ガチャ」



 宿屋の中、薄いカーテンから陽光が差し込む部屋で、ヤクモとリマは隣り合わせのベッドにそれぞれ腰掛けていた。

 一泊一〇ギアとは到底思えない、ホテルのスイートルームを思わせる豪華な内装。二〇畳はある自室には二つのベッドのみが置かれ、走り回れる程の広さがある。

 そんなゆったりとした空気が流れる部屋の中で、しかしヤクモは怒りに身を震わせていた。


「いい加減機嫌を治したら? 同い年の女の子と一緒の部屋で寝泊まり出来るなんてこの先ヤクモ君にあるかどうか――」

「もう一度だけ聞く。お前はまたガチャに手を出すつもりで、その為に一〇ギアさえも惜しい。だから俺に部屋代を肩代わりしろ――そう、言うんだな?」


 プレイヤーのハウジング用に置かれた大小様々な家々を優に超える、宿屋というより高層ホテルを思わせる建造物。そこへ辿り着き、紳士風のNPCへチェックインを告げる寸前になってリマが放った言葉を、ヤクモは生涯忘れる事はないだろう。


『ガチャを回したいから宿代を節約したいの。ヤクモ君、一緒の部屋(ダブルルーム)へ泊まりましょう。お代は勿論君持ちで』


 まず初めにリマの正気を疑って、次にこれは現実かと頬を抓って、最後に眼前の女が実はモンスターが化けた存在じゃないかとその長い髪を引っ張って張り手打ちを喰らって、ようやくヤクモは理解した。

 ああ、こいつはギャンブル中毒なんだ、と。


「ちょっと待って。どうにも誤解があるようだから言っておくけど、私は別にガチャへ嵌っている訳じゃないわ」

「なら、どうして」

「景品が欲しいからよ。一目惚れしてスマホで調べたんだけど、ガチャでしか手に入らない一品物『蒼穹の法衣』を私は狙ってるの」


 リマの言い分は、道具屋へ立ち寄った際に見かけたショーウィンドウに飾られる蒼い法衣に心を奪われ、是が非でも手に入れたいからとのものだった。

 ほら、とリマが自身のスマホに件の法衣を表示しヤクモへ突き付ける。そこには銀の装飾を施し、空の青をそのまま移したような深い蒼色が目を引くローブが映っていた。

 確かに説明文には「アースガルズに一着しか存在しない」との一文がある。レア度も五つ星。装備可能レベルは80から。比較対象がないから分からないが、性能面も申し分ないのだろう。

 何よりローブという事でウィザード専用ではあるが、"装備者のCTを半減させる"という装備効果が素晴らしい。


 だが、所詮はガチャだ。恐らくこれは大当たりの部類、極めて低確率に設定されているのだろう。

 それはまるで雲を掴むが如き、夢物語と言っていい願い。既に被験体として当選した自分達にそんな運が残されているとは、ヤクモは到底思えなかった。


「そりゃ結構。で、一つ回すのにいくら掛かるんだ」

「一〇〇ギア」


 事も無げに答えたリマ。そのきょとんとした顔に改めて憤怒を覚えながら、握り拳を震わせてヤクモは言う。


「……リマ、それは夢だ。夢を見るなとは言わないけれど、せめて地盤を固めてから――宿代とポーションを買って残ったギアで、気分転換に回すくらいに留めた方が――」


 ――そこで、ヤクモは言葉を紡げず押し黙ってしまう。正面のベッドに座る少女。その頬に、静かにつたうものを認めたからだ。


「あ、え……」

「……そうよね。ごめんなさい、ヤクモ君に迷惑を掛けてしまって。無茶はもうやめる、いえ、金輪際蒼穹の法衣は諦めるわ。どうせ引き当ててもレベル制限があってすぐには装備出来ないし、レベルを上げている内にお金も溜まるだろうけど、その頃にはもう誰かの手に渡っているだろうし……」


 くすん、と鼻を啜り上げながらリマは両手で顔を覆う。華奢な肩が震え、啜り泣きは嗚咽に変わり、ヤクモの心を苛んだ。


「う……い、いや、やるなとは言ってないぞ……? 気分転換なら好きにしていいと思――」

「ああ、さよなら蒼穹の法衣。着てみたかったけれど、どうせ私には似合わないし、それなら似合う人にもらわれた方が幸せよね。ええ、慣れてるから良いの。リアルじゃあんなお姫様みたいな服着れないから、せっかくアースガルズに来たんだし一度くらい着てみたかったけれど、もう良いの……!」


 とうとうベットに突っ伏して泣き崩れたリマを見下ろし、ヤクモは狼狽する。

 この惨状は自らの心ない言葉が招いたもの。ならば救う事が、ナイトを職にする自分が、他人を護りたいと願う自分が果たすべき役目ではないだろうか――。


 ――数分後、未だ泣き止まないリマの背中へ、ヤクモはそっと手を置いて呟いた。


「……リマ。今から道具屋へ行こう。一度だけだけど、俺がガチャを回してみる。そこで蒼穹の法衣が出たらプレゼントするよ」

「……施しなんて要らないわ」


 数秒の沈黙の後、リマは布団へ俯せになったまま吐き捨てる。その様に子供の癇癪を思い浮かべ、困り果てながらもヤクモは続けた。


「施しじゃなくて謝罪だ。……泣かせちゃってごめん、俺が言い過ぎた。だからお詫びとして、ただの一度だけれど、ガチャを受け取って欲しい」


 背筋を伸ばし、直角にお辞儀するヤクモは唇を噛み締めて許しを待つ。彼がもし今すぐ面を上げたなら、気付く事が出来たのだ。


「……分かったわ」


 涙声のまま、了解を告げた少女。その顔に涙の跡など微塵もなく、してやったりと勝ち誇る様に――哀れにも、ヤクモは気付けなかった。



 道具屋は思いの外広かった。だが、二百人からのプレイヤーが利用する以上、それは当然かとヤクモは頷いた。

 

「こっちよこっち! もう、愚図ね! 引かれちゃったらどうするのよ!」


 ざっと見て、二十人はいるだろうか。ちょっとした家電量販店並の広さを持つ平屋の道具屋の中にあって、リマの鬼気迫る表情は異彩を放っていた。

 その迫力に「先にポーションを買いたいんだけど」などとは到底言えず、ヤクモは早くも数分前の誓いを後悔しながら必死にリマの後を追う。


「さあ来たわよ! 今度こそ蒼穹の法衣を渡してもらうから!」


 鼻息荒くガチャを売るNPCの店員に詰め寄って、リマは目を血走らせてヤクモを催促する。その姿に人波を掻き分けて息も絶え絶えのヤクモは抵抗する余裕もなく、操られるようにスマホを取り出した。


「そうよそうするの! その詐欺師面したくそったれの前でスマホのバーコードリーダーを起動すればガチャが買えるわ!」

「……お前、色々酷い事になってるけど大丈夫か」

「大丈夫、蒼穹の法衣さえ手に入れれば普段の私に戻るから!」


 およそ年頃の少女とは思えない、バーゲンセールで掴み合う主婦を連想させながらリマはヤクモを急き立てる。

 そこでヤクモはもうすっかり精も根も尽き果てて「なるようになれ――!」そう呟いて、スマホのディスプレイを店員の眼前へ翳す。

 直後、ピッと電子音が鳴り響き、店員がにこやかに微笑んで懐から赤いカプセルを取り出した。


「これか……」

「それよ! 蒼穹の法衣は転移可能だから大丈夫! さあ開けてみて!」


 隣で子供のように目を輝かせるリマに嘆息しながら、ヤクモは店員からカプセルを受け取る。直後、音もなくカプセルは割れ、ゴールドラビットの時と同じように中から溢れた光の粒子がヤクモの中へ消えて行った。

 チャリン――と再び効果音。息を呑むリマを横目で睨みつけながら、ヤクモは渋々スマホのアイテム欄を見る。


「――あ」

「嘘! 出たの!?」


 ああ、出たよ、と。力なくヤクモは画面をリマへ見せる。数秒後、少女の顔が凍り付いた。


「……確かに出たわね」

「うん」


 改めてヤクモは画面を見る。そこに追加されていたのは『起死回生の剣』。装備効果は"HPが残り一割の時、攻撃力が二倍に上昇する"という物だった。

 レア度は三ツ星。見た目は黒い長剣で、装備可能レベルは30。金兎の感謝との兼ね合いは分からないが、恐らく効力が発揮している時は武器として召喚出来るのではないかとヤクモは予想した。


「ん、当たると嬉しいもんだな。お前が嵌る理由も分かったよ」

「そう。じゃあもう一回行こっか」

「……は?」


 上機嫌で振り返ったヤクモを、リマは有無を言わせぬ迫力で睨む。その手が、拒むのならば魔法を放つと怪しく揺れていた。


「……リマ、約束は一度きり――」

「――さない」


 そこで、笑顔のまま呟いた少女を、ヤクモは瞠目した。

 店内の喧噪に紛れて何を言ったか聞き取れなかった。故にヤクモは僅かに耳を近づけて、笑顔のまま硬直するリマの言葉を待つ。


「――許さない! 私が外れのヘアカラーチェンジを大量に掴まされたっていうのに、ヤクモ君は一回で小当たり!? ふざけるな! 外れるまで回しなさい!」


 直後、耳元で響いた絶叫を受け、ヤクモは目を白黒させながら床へ倒れ込みのたうち回る。

 痛覚が減衰している事がこれほどまでに有難いのだと、涙を浮かべながらヤクモは思った。


「お、お前……」


 涙目のままヤクモが床から見上げると、リマは仁王立ちのまま微笑んで――。


「さっ、もう一回やろ?」


 ――悪魔を思わせる笑みを浮かべながら、柔かな手を差し出した。

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