共同戦線
日没を間近に控えたイザヴェル草原でヤクモとフィドル、リーシャの三人は途方に暮れていた。
全く、敵が見つからないのだ。
最早狩り尽くされたのではないかと危惧する程にグラズヘイム近郊のモンスターは一切の気配を消し、今や手持無沙汰で佇む一〇人以上のプレイヤーが苦笑を浮かべていた。
グラズヘイムと草原を繋ぐ転送門は東西南北の計四ヶ所存在する。
運営としては、プレイヤーが各転送門から分散して出発する事で、モンスターの奪い合いなど起こり得ないと目算していたのだろう。
だが、多少減ったとはいえ未だ二〇〇人近いプレイヤーが犇めく世界だ。仮にリポップが適正かと聞かれれば恐らく首を捻る者が大半であり、ヤクモもまた修正を願わずにはいられなかった。
やがて、狩りを諦めた数人のパーティおよびソロプレイヤー達が疲労感と徒労感を滲ませながら転送門へ消えて行く姿を見て、ヤクモが呟いた。
「ん~……もうすぐ夜になっちゃうな。まさかここまで厳しいとは思わなかった」
ヤクモの予想では最低でも一、二回は戦闘出来るはずだった。
しかし想像以上に皆焦っているらしく、視線が合う度に己の縄張りを主張して睨むつけてくるプレイヤーに、三人は頭を下げて草原を駆け回るしかなかった。
「……すみません、ヤクモさんの時間を無駄にしてしまって」
項垂れたままフィドルが告げ、変わらず隣へ寄り添うエリーシャも頭を下げる。
現状は彼ら二人からしてみれば当然の事で然程落胆はない。
ただ、それにヤクモを付き合せてしまった事が深い悔恨となり、少年と少女から覇気を奪っていた。
「いや、まだ終わった訳じゃない。今は六時、七時頃まで粘ってみないか?」
陽が沈めば月が顔を出すものの、視界が狭まった夜の草原は危険が大きい。
加えて『イビルスネーク』との遭遇は今もヤクモの心に慙愧の念となってこびりつき、未だ彼は夜間の狩りを敬遠していた。
「それは、どうでしょう……。今日はもう戻って明日の朝早く出た方が良いかも――あ」
そこで、言葉を切り、フィドルが目を瞬かせた。
果たして視線の先、一〇メートル程前方で大の字に寝そべる男を見付けたからだ。
「あの人、怖くないのかな?」
首を傾げるフィドルに倣い、ヤクモもまた瞠目する。
モンスターのリポップに際し、プレイヤーは何の予兆も感じる事はない。
だからこそ、イビルスネークの出現にヤクモ達は気付けなかったのだ。
グラズヘイム近郊は強力なモンスターが出ないとはいえ、無防備に身を晒す男の姿はあまりにも愚かで、もしや自殺志願者ではないかとヤクモは訝しまざるを得なかった。
「眠くて寝ちゃったのかもしれないな。一応様子を見てみるか」
アースガルズ・オンラインにおいては人間の三大欲求の内、睡眠欲のみが実装されている。
HPはポーションや回復魔法および時間経過で回復するが、疲労ですり減った神経のまま戦闘を続けるのは難しく、プレイヤーは現実同様適度な睡眠を強いられていた。
とりあえず確認をと、ヤクモを先頭に三人は歩を進め、程なくして男の元へ辿り着く。
「えっと、大丈夫ですか?」
「お? なんだなんだ~」
間延びした声で問いながら上半身を起こした男を見下ろして、ヤクモははにかみながら目礼した。
とかく、無精を思わせる男だった。
年の頃は二〇代半ば、手入れを怠っているであろう髪は長く伸び、垂れた眉尻からは緊張感の欠片も伺えない。
身を固めるのは初期装備ではなく青い甲冑。その出で立ちから攻撃または防御型ナイトと当たりを付け、ヤクモは念の為にと男の愚考の理由を問う。
「すみません、眠っているのかと。でも危ないですよ、フィールドで横になってたら」
「ああ、そういう事」
ヤクモの軽い咎めを受けた男は、頬を掻きながらおもむろにスマートフォンを召喚する。
数秒後、何らかの操作を終えて、ディスプレイを突き出した。
「俺はレアモンスターを待ってたんだよ。ほら、ここに映ってるだろ? 後三分ちょっとで現れる」
果たして、男が掲げたスマホには画面いっぱいにアラームが映っていた。
表示は2:47。その秒数が刻一刻とゼロへ近付いているのを認め、ヤクモは得心する。おそらくこれは――。
「アクセサリ、ですか? 何か特殊な」
「まっ、似たようなもんだ。こいつはガチャから出た『モンスターアラート』。スマホにダウンロードする事で使用可能になるアプリだ。戦闘には作用しない別枠だから、アクセサリは他のを付けてるよ」
自慢気にスマホを手中で踊らせる男を見てヤクモは思う。
自分のスマホにこのような機能はない。出来るのは自分のステータスとフレンド、所持品の確認とメッセージ機能だけだ。
一つ息を吐き、ヤクモは改めてアースガルズ・オンラインの可能性に驚嘆した。
「……それは凄い。じゃあ、貴方はいつどの場所にモンスターがリポップするか分かるんですか」
「生憎通常のモンスターは管轄外だ。ただレアモノに関しては拾ってくれるから便利だぜ。これからいっちょボス狩り、それまで英気を養ってたんだよ」
大きく伸びをして立ち上がり、男は不敵に笑う。
目的は分かった。しかし、ソロでレアモンスターを倒す、それほどの実力者なのだろうかとヤクモは男の姿を見る。
武器は分からないが、鎧に関してはそれなりの物らしい。だが、おしなべて通常モンスターよりレアモンスターは強力だ。
ドロップ品の分割を差し引いてもパーティを組んで挑んだ方が正しく思え、ヤクモは遠慮がちに口を開いた。
「なるほど……。でも、一人で大丈夫ですか? 俺は以前レアモンスターと戦いましたけど、そいつはレベルが30だった。余計なお世話かもしれないけど、仲間を募った方が……」
イビルスネークの脅威を身につまされているヤクモにとって、ここで男を止めない理由はない。
死ねば終わりのこの世界、目先の欲に眩んで足元を掬われては勿体ないと、ヤクモは真摯に男を見詰め訴える。
その助言に何か感じるものがあったのか、男は静かに頷いて、数秒後穏やかに呟いた。
「ん。せっかくの申し出だが気持ちだけ受け取っておくよ。何せ俺の稼ぎを待ってる奴らがいるもんでな。取り分が減ったら申し訳ない」
「稼ぎ?」
「ああ。一応俺はギルドのマスターやってんだ。まあたった四人だけの小さなもんだけど。そいつらの為に、レアモンスターを倒してレアなアイテムを手に入れて露店で売るのさ。で、手に入ったギアでポーションなり装備なりを整えようと思ってよ」
照れ笑いを浮かべながら男は剣を召喚する。
時間が迫っているのだろう。仲間の笑顔を思い緩んでいた頬が徐々に強張っていく。
「……あー。喋り過ぎた。後一〇秒しかないわ」
「ええっ!? ま、まずいですよヤクモさん! 早く離れないと!」
狼狽するフィドルに反して男は嘆息しながらヤクモを見る。
その目が「やってみるか?」と問うているようで――直後、ヤクモは口元を力ませた。
「……フィドル、エリーシャ。お前達は絶対に俺が守ってみせる。だから、やろう。俺達はギアと報酬を全部渡します。経験値だけもらえれば良い。これでどうですか?」
「ちょ、ちょっとヤクモさん!?」
時間が迫る。
目を白黒させるフィドルに微笑みながら、ヤクモは答えを待ち――。
「いいや、報酬は山分けだ。手を貸してもらうのに独り占めなんて出来る訳ないだろ?」
――朗らかに笑った男を見て、少年は大きく頷く。
やがて、スマホを取り出した男へパーティ申請を送り、ヤクモは己のパーティへ招き入れた。
「俺はトキムネ。よろしくな!」
豪快に言い放ったトキムネを先頭に、ヤクモは慌てふためくフィドルとエリーシャを守るよう立つ。
刹那、赤光の粒子を散らしながら出現したのは巨大な土竜。僅かな視力を頼りに、鼻を鳴らして標的を威嚇する。
「出やがったぞ! 『キングモール』だ! 前足の振りが速いから気を付けろ!」
トキムネの叫びに身構えながら、ヤクモは身の丈三メートルにも及ぶレアモンスターを睨み上げた。




