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再会は風と共に

 結局、一度も戦闘しないまま八雲はグラズヘイムへ帰還した。

 イザヴェル草原とグラズヘイムを繋ぐ門を抜け、雲一つない青空を見上げた後、八雲は白い町並みへ視線を落とす。

 街路樹が植えられた往来、その坂道を下りながら五人のプレイヤーがこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


 βテスト中の為アースガルズ・オンラインに街中でのNPCは存在しない。動く者がいればそれはプレイヤーだ。

 数秒後、即席パーティと思しき一団が互いに愛想笑いを浮かべながら八雲の脇をすり抜けていく。


 彼らはモンスターに会えるだろうかと、八雲は思う。

 思わぬレアアイテムを入手したせいで目的を達した気になり、図らずも引き返してしまった。だが今の内に、モンスターを根こそぎ奪われない内に戦闘を行った方が良いのではないか――。


 そう思い、八雲は門を振り返り――刹那、背後から現れた一陣の風、否、自身の脇を通り過ぎようとする一人のプレイヤーの横顔を見た。


 背の中ほどまで伸びた艶やかな黒髪。鋭くも幼さを残す栗色の瞳。折れそうな痩身に純白の法衣を纏い、真っ直ぐに背を伸ばして歩む、女性というより女子プレイヤー。その顔に、八雲は見覚えがあった。


「――佐伯(さえき)?」


 ふと、目を奪われたプレイヤーへ半ば反射的に八雲は声を掛ける。その声音に、あるいは告げられた名に思う所があったのか、今まさに門を抜け草原(フィールド)へ歩み出ようとしていたプレイヤーの足が止まった。


「……え? あっ――」


 しまった――と。純白の女性は間の抜けた声を上げた自身を呪うように面を伏せ、舌打ちを吐く。その仕草で、八雲は分かってしまった。


「やっぱり佐伯だ。お前も当選してたのか」


 会えて良かったと、級友を見つけた八雲に安堵の色が広がる。しかし、佐伯と呼ばれたプレイヤーは対照的に眉間に皺を寄せた。


「……進学希望の子達以外は皆応募してたじゃない。まあ、一つのクラスから二人も当選者が出るなんて、奇跡に近い事だと思うけど」


 佐伯(さえき)真理(まり)

 八雲が通う高校のクラスメイトは、深々と嘆息して腰に手を当てる。


 真理の言う通り、アースガルズ・オンラインのβテストが行われると知った八雲の周りの学生はほとんどが当選を求めて応募した。それをしなかったのは有名大学への進学を予定して時間が惜しいと嘆く者達くらいだ。


 だがクラスの八割が応募し、落選に落胆し、当選した八雲を恨みながらも賞金のお裾分けをせがむ中。真理は普段と変わらず教室の隅、自分の机の上で小説を読んでいただけだったはず――そう思い出し、八雲は小首を傾げて問う。


「何だよ、当選したなら教えてくれれば良かったのに。今まで俺は知り合いがいなくて心細かったんだぞ」

「知り合い、ねえ」


 それまで驚きと狼狽に染まっていた真理の表情が侮蔑に変わる。その変化を認め、八雲は疑問を感じながらも尋ねた。


「何かまずい事でも言ったか?」

「いいえ。人気者の鏑木君には分からない事よ」

「え?」


 そう言って、手を仰ぎながら真理は再び門へ向かう。凛として背筋を伸ばす後姿はあらゆる問い掛けを拒絶しているようで、八雲は中途半端に腕を伸ばしながら見送った。


「一つだけ言っておくわ。ここでの私の名前はリマ。佐伯真理じゃない。だから私と鏑木君は赤の他人。今後は気安く話し掛けないでちょうだい」


 振り返りもせずに告げ、リマは門を抜けて光の粒子を残し消える。グラズヘイムからイザヴェル草原へ転送された証拠だ。


「……リマって、真理のアナグラムか」


 一人残された八雲は、そんなどうでも良い事を呟いて、呆然と門を眺めるしかなかった。



 憎たらしい程に澄み渡る青空の下、こんなはずじゃなかったとリマは唇を噛んだ。

 これ以上があるのなら教えて欲しいくらい、石橋を叩き壊さんばかりに予習と復習を繰り返して臨んだ一世一代の大勝負。そのはず、だったのに。

 周囲を取り囲む『ブルーウルフ』を睨み付け、リマは舌打ちする。


 二百分の一。リアルの知り合い(八雲)と遭遇する確率は決して高くはなかったのに。何故見計らったかのように、恐怖と不安を押し退けて覚悟を決めた矢先に彼は現れたのか。


「ファイアボール!」


 リマの詠唱の下紅蓮の火球が宙を舞い、青い狼へ直撃する。

 断末魔を上げながら転倒し、ブルーウルフは光の粒子と共に散った。脳内で響くのは経験値とギアを取得した事を示す耳障りな金属音。


 やっと半分――。

 残り三体となったモンスターを忌々しげに睨みながら、リマは己の無警戒さを今更ながらに悔やむ。

 これは間違いだ、こんな所で終われない、どれだけ望んだか知れない"夢"がようやく叶ったのに――!

 強く歯噛みしながらリマは唸り声を上げる青い狼を睨み付ける。


 アースガルズ・オンラインにおいてウィザードの魔法およびナイトの戦技、所謂"スキル"の発動にはチャージタイム(CT)が必要とされる。低位から高位に上がるにつれ威力とCTも上昇し、強力なスキル程乱発は出来ないのだ。

 スキルの使用に際して消耗するものはなく、制限はCTのみ。故にCTさえ凌げれば問題はなかったのだが――。


「ああもう絶対鏑木君のせいだ!」


 襲いかかるブルーウルフの涎塗れの牙を辛うじて躱し、リマは後方へ飛び退いて周囲を探る。

 しかし、無情にも救援に応えるプレイヤーは見当たらなかった。


 本来『ウィザード・攻撃型』のリマが単独で戦闘行為に及ぶなど自殺行為である。

 これが例え一対一であっても、一戦ごとに消耗した体力(HP)の自然回復、あるいはポーションでの回復で全快してから地道に繰り返すべきなのだ。

 なのに、彼女は沸騰してしまっていた。

 八雲との予期せぬ再会が、リマから冷静さと生来の臆病なまでの慎重さを奪い去り、目に付くモンスター全てを引っ掛け(トレイン)させてしてしまったのだった。

 

「くそお……絶対やばいよこれ……!」


 ファイアボールのCTは三秒。一度放てば以後三秒間は行使出来ない。

 レベル1のリマが使える魔法はファイアボールのみであり、回復手段であるポーションは初期装備分の五個と用心の為に買い足した三個。それを全て、既にリマは使ってしまっていた。


 絶望的な現実がリマに重く伸し掛かり、少女は酸素を求めて喘ぐ。

 三体のブルーウルフを倒した事で経験値は溜まり、次を仕留めればレベルアップ出来る。だが、ステータスが底上げされてもHPが全快する訳ではないし、CTも消えはしないのだ。


「ったく、何で周りに誰もいないのよ! 初日から飛ばすのは馬鹿、そう言いたい訳!?」 


 口角に泡を飛ばしながら、リマは唸り声を上げるブルーウルフから僅かでも距離を取るべく後ろへ下がる。

 戦闘が始まればプレイヤーとモンスターは外界と途絶され、離脱するには専用のアイテムが必要となる。

 三〇〇ギアだったけど、買っておけば良かった――そうリマが後悔した直後、ファイアボールのCTが終わる直前、ブルーウルフが飛び掛かった。


「……恨んでやるから」


 走馬燈。スローモーションで流れる視界を覆ったねばつく狼の犬歯を、リマは泣き笑いを浮かべて見た。


 この戦いで幾度となく刻まれた擦過傷の痛みは、耐え難い程のものではなかった。けれど、死ともなれば流石に苦痛は増すだろう。

 天文学的な確率を潜り抜け、用心に用心を重ねて辿り着いたアースガルズ・オンラインでの初の戦闘。そこでリマは脱落――せずに済んだ。


「――やめろッ!」


 一体、どこから現れたのか。

 風のように――いや、疾風、迅雷か。力なく項垂れたリマの横を、気勢と共に突風が駆け抜けて――一太刀でブルーウルフを切り払い、光へ変える。


「残り二匹! リマは下がってろ!」


 ――そうして、少女は見た。

 怒りよりも恐怖を色濃く浮かべながら、それでもモンスターへ立ち向かう少年を。数分前に自分が冷たく突き放した級友が、瞬く間に狼を屠っていく姿を。



 無限を思わせる広大な平原に、八雲は立ち、リマはぺたんと座り込んでいた。

 吹き抜ける風は穏やかに、戦闘後の火照りを覚ますように優しく二人を包み込む。


「リマって、見た目に似合わず無鉄砲なんだな。もう少しでゲームオーバーだったぞ?」


 呆然と俯くリマを気遣い、八雲は敢えて明るい調子で話し掛ける。


 モンスターの掃討自体はすぐ終わった。八雲が行ったのは戦闘への途中介入で予めパーティを組んでいた訳ではない為、金兎の感謝は効果を発揮したのだ。今後も仲間がモンスターと戦闘に入ってから乱入すれば、レベルが20上乗せされる恩恵を受けながら戦う事が出来るだろう。


 だが、そうなると獲得する経験値とギア、アイテムに問題が生まれる。パーティ外のプレイヤーが乱入した場合、戦闘後の報酬を受け取れるのはモンスターを倒したグループになるからだ。


 極端に言えば、報酬は止めを刺した者の総取りであり――それまでにどれだけ時間を掛けて追い詰めようとも、残り一撃で倒せる状態まで持って行こうとも、救援信号を受けて現れたプレイヤーが横から報酬をかっさらう事がこの世界ではあり得るのだ。


 ブルーウルフ三体を葬った事で自身の経験値を示すバーが九割方溜まった事を知り、八雲は嘆息する。次にモンスターを倒せばまず間違いなくレベルアップするはずだ。

 しかし今はリマの忘我の方が気になって、八雲は無言のまま項垂れる少女の顔を覗き込んだ。


「どこか痛めたか? ポーションならあるけど……」


 そこまで考えて、八雲は不思議に思う。

 アースガルズ内で五感は正常に機能しているが、痛覚に関しては減衰されるとマニュアルにあった。

 モンスターからの攻撃で受けるダメージも見た目程痛みはなく、精々が犬の体当たりを喰らう程度だと記載されていたはずだ。

 ならば未だにリマが立ち上がるどころか口も聞けないのは、精神的なショックから――そう思い当たり、八雲は急に心配になってリマの隣へ腰を下ろした。


「……ごめん、一人にして悪かった。恰好でウィザードだと分かってたんだけど、付いて行って良いのか分からなくて……ごめん。俺はナイトなのに、仲間を守らなきゃならないのに」


 静かに懺悔する八雲。その数秒後、ようやくリマは呟いた。


「――八個、失くした」

「ん……?」

「君のせいで、ポーションを八個使っちゃったの。ポーションは一つ一〇〇ギア。なら八〇〇ギア溜まるまで、鏑木君は私を護衛する義務がある――そうじゃない?」


 視線を合わせず俯いたまま、リマは呪詛を絞り出す。その訴えは八雲にとっては到底納得のいくものではなく、少女が万全であったなら彼は憤慨してこの場を立ち去っただろう。

 けれど、見てしまったのだ。唯我独尊の具現とまで思っていた、恐れるものなど何もないと常に胸を張っていた少女。その指先が、震えているのを。


 ああ、なら仕方ない――そう呟いて、八雲はリマへ手を差し伸べる。

 驚きと共に僅かに顔を上げた少女から、少年は目を逸らし――。


「それから、俺の名前は鏑木じゃなくてヤクモだ。……初めましてリマさん。良かったら俺とフレンドになってもらえませんか?」


 ――恭しく傅きながら、ヤクモは自らの手を取ったリマへ、にっこりと微笑んだ。

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