7話
「ずいぶんとお気に召されたようですね」
珍しく煙草を吸わず、手のひらで女物のかんざしを弄っている紅陽に声をかけた。家具や化粧品、装飾品に至るまで、令嬢の持ち物全てを対価として受け取ったが、先ほどからかんざしのみに注目している。
「対価の中で、唯一欲しかった物だからな」
なぜ、そんな物をこの主は欲しがったのだろう。没落寸前とはいえ、貴族の令嬢には似つかわしくない、そこらの露店で売られているようなかんざしだ。商店街にでも行けば、何百本と買えるだろうに。
「これは、恋人からのたった一つの贈り物なんだよ。あの娘はこれを大切に大切にしていたらしい。それも、呪具となってしまうほど」
紅陽は恋する人間の情念は恐ろしいと、笑いながらかんざしを卓に置く。絶対にそうは思っていないと、朱蓮は呆れた。
「これのおかげで、あの娘はあそこまで精巧な世界を作ることが出来たんだろう。まぁ、それなりに使えそうだ」
かんざしを手に入れるために、無理矢理目覚めさせなかったのかと主にため息をつく。
「これで、あの家族は娘を偲ぶことも出来なくなったわけだ」
早く対価を倉にしまおうと席を立ちかけた朱蓮だったが、紅陽の台詞に座り直した。そこには嘲りなどなく、むしろ哀れみがあった。
「どういうことです?」
かすかに笑い、紅陽は卓に肘をついた。
「夢に逃げるほど結婚をいやがった娘が、その原因を作った家族を憎まないと思うか?嫁いだら最後、あの娘は絶対に家族には会わないだろう。対価として娘の遺品になれる物を貰ったから、偲ぶことも難しい」
もしかしたら、本当の対価は娘との関係だったのかもしれない。この店にやってきた父親や他の家族のことを考えると、他人事だが辛くなる。
「まあ、娘の方からも対価をいただいたから、比較的軽いものだが」
朱蓮は周りにある対価を見渡す。ここにあるものは全てあの令嬢の物だから、彼女からも対価を貰ったことになるのだろうか。いや、違うだろう。家族からの対価を、令嬢の持ち物全てと紅陽は定めていた。令嬢には、また何か違う物を支払わせたのだろう。
「令嬢の対価は何なのですか?」
「逃げないこと」
物ではなく、制約を対価としたのか。別に珍しいことではない。この店では、どんな物、ことでも対価になる。
「あの娘と夢との縁を切ったから、もう二度と夢には逃げられない。どんなに辛いことがあっても、彼女はこの現実で努力し続けなければならない」
耐えられるかどうか見物だと、紅陽は笑う。しかし、朱蓮は耐えられないとは思わなかった。明るく笑う。
「大丈夫ですよ。夢に逃げても、最後には現実を選んだんですから」