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縁露堂怪奇譚  作者: 小林龍巳
はかないもの
2/8

1話




 赤い葉が風に踊るのを眺めるのは風流。水に流れるのを楽しむのにも、趣がある。

 先日読んだ草紙の作者である趣味人はそう書いていた。自分だって、紅葉がひらひらと舞っているのは好きだし、川に流れている紅葉の葉は上品な美しさがあると思う。紅葉そのものだって大好きだ。色が良い。あかは自分の『家』を表す特別な色。あかのうち、「朱」を与えられた朱蓮にとって、誇らしさや喜び、ぬくもりを感じさせてくれるあかを纏う紅葉は、一等好きな植物だ。

 ――なのに、何故。

 何百枚、何千枚と葉が積み重なっていると、一気に許容できなくなるのだろう。赤色は大好きだ。一面の赤色はもっと大好きになれるはずなのに。

(今から掃除をするからだろうな…)

 店の軒先が大量の落ち葉で埋まっているのが、朱蓮にはなんとも受け入れがたく、箒を片手に掃除を始めるところだった。『家族』というのはくすぐったいこの店の主とその補佐は、そんなに働かなくても良いといってくれる。けれど、あの、主の店なのだ。彼が店主を務め、補佐と自分が勤める店なのだ。隅から隅まで掃除をして美しく整え、客を迎えたいではないか。

 そんな意気込みで自分に気合いを入れ、朱蓮は箒を持ち直した。


 ◇◇◇


 「こちら」に来てから毎日のように掃除をしている朱蓮にとって、足下を埋め尽くす程の落ち葉も、苦にはならない。ただ、気はひどく滅入るが。

 土の現れてきた路と、落ち葉を詰め込んだ袋を見て、朱蓮は感慨深くうなずいた。

(手際がよくなったなぁ)

 たかが掃除といえど、誇らしい気持ちになってくる。多すぎる葉に落ち込んでいた気分も上がってきた。あと一踏ん張りと箒を握り直すと、一人の男が目に入った。それなりに身なりの良い青年だ。傅かれる立場にしては覇気がないので、おそらくは貴族か大商人あたりの使用人だろう。

 身分の高い、もしくは権力と金のある人間の使いがこの店に訪れることは珍しくない。質の高い薬を調合でき、優秀な医師でもある主の下には頻繁にやってくる。

 朱蓮はそういった類いの客だろうと当たりをつけ、青年に向かって明るい表情を向けた。青年は朱蓮に焦点を当てると、一直線に駆け寄ってきた。客は多いが、ここまで焦っているのは珍しい。多少驚きながら、挨拶をしようとした。しかし、青年に両肩を捕まれた衝撃で挨拶は口から出なかった。

「ここは、紅陽先生の店で間違いないですか!?」

 血走った目が、青年の抱えている問題の重さを物語っている。青年の手に込められた力は強く、骨が砕けるのではないかという気さえしてくる。

「あの、王宮に上げられるものと同等の薬を調合できるという、紅陽先生の店ではないのですか!?」

 確かにその紅陽の店である。そう答えたい。しかし、まくし立てる客にどう声をかけたらよいのか解らない。それ以前に聞いてもらえるのかも怪しい。こういった客を見たことはあるが、対処法はまだ教えてもらっていなかった。主や補佐を読んでこようにも、この青年が離してくれない。

 朱蓮が立ち尽くしている間も、青年は朱蓮に向かって紅陽の薬が欲しいとわめいている。

(何の薬が欲しいのかいいやがれ、店に入れ)

 青年への苛立ちが募るが、客に暴言を吐いたりしない。もういっそのこと、行儀は悪いが大声で主を呼んでしまおうかとも思う。しかし、店の不利益になることはしないと固く誓っている朱蓮に、そんなことができるはずもない。

 八方手詰まりの状態となってしまい、朱蓮は途方に暮れた。どうしたらよいか解らないという状況に不慣れな子供は、もう泣きそうだ。

 だが、『子供』が泣きそうになれば助けに入ってしまうのが『親』というもの。救世主は、すぐに現れた。



「喧しい」



 店の中から現れたその『親』は、流れる仕草で青年の手をはたき落とした。そして、青年が認識する前に朱蓮を自分の後ろに移動させた。

「先生…」

 朱蓮が捕まれていた方をさすりながら、店主・紅陽を見上げる。その仕草で、青年は自分の行いを自覚したようだ。羞恥と罪悪感を含んだ指線を朱蓮に向けている。

「薬を買いたいのなら、私の店の前で騒ぐな」

 客に対する言葉遣いではないが、自分に非があることを自覚した青年は申し訳なさそうに身を小さくした。冷たいまなざしにひるんでいた青年だったが、「私の店」という言葉に顔色を変えた。目の前に立つ男が自分の求めている人間だと気がついたようだ。今にも縋り付かんばかりの表情を紅陽に向け始める。 紅陽はその様子にため息をつき、店に入るように促した。





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