零
ようこそ、とその人は言った。どう考えても自分ともう一人は、勝手に家に入ってきた邪魔者なのに、その人は口だけでも歓迎した。
その人は自分の隣にいる、無神経に感激している奴に冷めた目を向けた。その温度の低さに、快く思われていないと自分はおびえる。これから先の不安に手が震える。自分たちの決定権のすべては、目の前の人にいるというのに、どうして隣の人間は、こんなにも脳天気でいられるのか。
その人の紅い瞳が自分をとらえた。兄貴に連れられて一度だけ入った宝石店にあった、ルビーやガーネットよりもきれいなあか色の瞳だった。輝きではやっぱり宝石には負けるけど、色は鮮やかで、きれいで、絶対に負けていなかった。その瞳が柔らかくなる。瞳だけでその人はほほえんでいた。自分だけにほほえんでくれたという安心感よりも優越感よりも、何故か、申し訳なさが勝った。
そんな自分の感情を読みとったのか、その人は首をかしげた。長くて紅い髪が、音を立てて流れる。触ったことしかない、絹の流れる音がした。
髪も瞳も、存在もきれいで、そんな人にほほえまれていることが、なんだかとても恐れ多い気がした。
その時初めて、おかしてはいけない、尊いものをみた。