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やがて通りが騒々しくなってきました。歓声の『波』が次第に近づいてきます。
葵祭の行列がやってきたのでした。
巫女の装束、神職の装束に身を包んだ若い女性たちが、晴れやかに通りを進んでいきます。
しかし、死んだように眠る三人の男たちの耳には、その歓声が届きませんでした。全く、気付きませんでした。
屋形の外から、ギイギイと他の牛車が立てる甲高い音が、三人の耳に入ってきます。
ガタガタと他の牛車が動き始めた振動が、地面から自分の頬に伝わってきます。
三人の男たちはようやく目を覚ましました。
「みんな、起きろ!」
最初に目を覚ました侍が体を起こし、他の者たちの体を揺すりました。
「ん? おなごらの行列が通るのか?」
「いや……」
前簾の脇から外をうかがう一人の侍。その声はどこか寂しそうでした。
「終わったらしい……」
歩いてきた見物客の人影はすでにまばらで、他の牛車が三々五々見物場所を後にしていました。
「ええっ……!?」
「なんと……!?」
他の二人が驚きと嘆息の声を漏らしました。
「あのお……、お侍さん、そろそろ車を出しますが……」
外から牛飼いの声が聞こえてきます。
「う、うむ……。しばし待て……」
と、答えた野太い声の持ち主は、次に仲間たちに向かって話しかけました。
「さて、どうする……。このまま車に乗って帰るのか?」
「ま、待ってくれ、まだ気持ちが悪くて頭がまわらん」
「ええっ、本当に終わってしまったのか? 何だか腹立たしいというか……悔しいというか……、なんのためにわれわれは……」
野太い声が話を進めます。
「どうする? 帰りもあの速さで揺られたら……」
「……生きた心地はせぬな」
「千人の軍勢の中に馬で突っ込んだとしても、いつものことで、何とも思わぬが……」
「……あの牛飼い一人に、してやられるとは、屈辱」
「ならば、しばらく、ここでじっとしていようではないか。人通りが少なくなったところで目立たぬように歩いて帰る。どうだ……?」
野太い声の男の提案に、他の二人もうなずきました。
※※※
見物客がすっかりいなくなったところで車から降りる三人の侍たち。草鞋を履き終え、腰を上げた男たちは、人相がわからないよう烏帽子を目深にかぶっていました。
「ご苦労だったな。日々の鍛錬のため、歩いて帰ることにした。礼は一条にある摂津守様の屋敷まで取りに来なさい」
「へい」
侍の一人が牛飼いにそう言うと、その場から離れるよう仲間たちを促しました。
「いくぞ、顔を隠せ!」
侍の押し殺した声は、車を牛につなげる少年には届きませんでした。
三人の侍は、扇で顔を隠しながら、源頼光の屋敷に向かって、こそこそと小走りで帰っていきました。
※※※
今昔物語では、野太い声の持ち主、平季武が、後にこう語ったと伝えています。
「勇猛な兵といえども、戦に車は不用のものにございます。あの出来事のあと、こりにこりて、牛車にはもう二度と近づきたくもありませぬ」
そして、物語はこう締めくくっています。
――勇猛果敢で思慮深い人たちであっても、牛車に一度も乗ったことがないばかりに、悲しくも乗り物酔いして死ぬ思いをすることになってしまった。ばかばかしい話である。
(了)




