プロローグ7
これでプロローグは終わりです。次から、冒険者ルクスの冒険が始まります。キャラ紹介とか入れた方が良いですかね?
ラウジの、生物の気配を探るスキル『察知』にはまだクイーンスパイダーが倒れていない事を示していた。魔力が抜けており瀕死ではあるものの、それでも体内で魔力が渦巻き、循環していると言うのだろうか、そんな感じに感じられる。
突如クイーンスパイダーの気配が薄くなっていく。だが、その腹に巨大な気配が生まれたのをラウジは感じ取ってしまった。
「ふぅ、やっと終わったわね。魔石、魔石っと。」
「駄目だっ!!まだ終わってねェっ!!」
「えっ!?」
見た目的には瀕死であり、もう動けない様な姿のクイーンスパイダーに油断して、ルビーナが魔石を拾う為にクイーンスパイダーに近づいて行く。咄嗟にラウジは声を掛けたものの、その声は遅く腹から何かかが生まれてしまった。
クイーンスパイダーの傍にルクスも居た事で、ルビーナが近付いたのを許容してしまったのは迂闊だったとしか言えない。魔法使いであるルビーナは近接戦闘をしない訳では無いとはいえ苦手なのだから。
ラウジの声に反応してルビーナとルクスがクイーンスパイダーから目を離してしまったのも悪かったとしか言えない。
その生まれた何かは、やや円を描き、腕を振るう。その先端に付いている鋭い爪が風を切る。そしてルビーナの首元をザシュと言う音を残して通り過ぎた。
ルクスの目の前で、ルビーナの首と胴体が切り離され、ルビーナの顔は何が起きたか分からないと言った表情でルクスを見ており、そしてグリンと白目を剥いたかと思うと、胴体も切断面から血を噴きだし倒れていった。
離れた頭も噴出した血も倒れた胴体も、全てダンジョンに魔力として吸収される。そこにルビーナが居たとされるものは何もなくなってしまったのだ。カツンと硬質な音を立てて落ちたルビーナの冒険者カードを残して。
「う、ウワァァァァァ…!?」
「ちっ、おいルクスっ!!」
「お前は先に行けっ!!あの坊主混乱してるぞっ!!」
「分かったっ!!」
ルクスはまだ子供だ。冒険者となれるギリギリの年齢であり、ルクスは何かを成す為に覚悟を決めて来た訳では無い。物語に出て来る冒険者に憧れただけの子供だ。初めて直接目にしたそれなりに親しくなった女性の死で混乱し、叫ぶ。
ラウジが駆け寄りながらルクスの名前を呼ぶもその混乱は収まらない。盗賊と言う職業柄足が速く、同じく駆けだしたタンカーのドガードが、先に行って混乱しているルクスを正気に戻してこいと発破をかけた。
ルビーナが居なくなった今、高威力魔法の恩恵は無い。パーティーの中で最も攻撃力のあるルクスに正気に戻って貰わなければ、このボス戦は負ける。ダンジョン内での負けは、それ即ち死であり、カードだけを残して魔力として吸収されてしまう。
ルクスがクイーンスパイダーを叩く為に飛び出しており、ルビーナも中央よりで魔法を行使した為に、ルクスの居る場所とラウジ達が居る場所は離れていたのである。それでも広いとはいえど、あくまでダンジョン内の一部屋である事から、それ程の時間も掛けずにルクスの傍までこれた。
「おい、おい!!おいっ、ルクスっ!!」
「ルビーナさんが、ルビーナさんがぁ…」
「それどころじゃないだろっ!!落ち着けっ!!」
ラウジはルクスの肩を掴み、揺すりながら声を掛けるも、ルクスは泣きじゃくりルビーナの名前を叫ぶだけである。そんな時、バリバリと言う音がなった。
「アサシンスパイダーだとっ!!」
クイーンスパイダーの腹を破り、ヒュンヒュンと振り回していた出ていた爪に力を込めて、クイーンスパイダーの腹から出て来る異形の存在。その正体を知っていたドガードが叫びながらラウジの傍までやってくる。
大の大人程度の身長。二本の足で立ち、ただ腕が片方三本、左右で計六本の腕を持っている。頭は毛髪の無いつるりとした頭部と八つの黒目しかない目。口はだらし無く開かれ、そこから涎が垂れている。異形ではあるが、その見た目はまるで人の様であり、こちらを見た瞬間、ニタリと笑った。
アサシンスパイダー、第三層の深い所に生息するスパイダー系モンスターであり、スパイダー系モンスターでありながら巣を張らないタイプのモンスターだ。何より厄介なのは、麻痺毒と消化液を持つ事だろうか。そして何よりアサシンの名前の通り、気配が薄い。目の前に居る筈なのに、まるで居ないかのようだ。
モンスターにもスキルを持っているものは居る。ダンジョン内である程度ランクの高いモンスターはレベルも高い事がある為で、ましてやボスモンスターとして抜擢されたクイーンスパイダーはそれにあたった。
クイーンスパイダーが持っていたスキルは『降誕』と言い、自身の命を賭けて自身よりも一つランクの高いスパイダーを産み落とすのである。本来ならば魔力不足から使う事の無かったスキルだ。だが、ルクスの一撃を受けた時、水でふやけていた外皮がルクスの一撃を散らしてしまいギリギリ生き残ってしまった事で火事場の馬鹿力の様なものを引き起こしてしまったのである。
「ぐぅぅ…」
不意にアサシンスパイダーが腕を振るい攻撃を仕掛けてきた。ドガードがタンカーとしての役目から、ラウジに向かって振るわれたその一撃を代わりに受け、そのあまりの重さに呻き声を上げた。
アサシンスパイダーは一見人の様で、それでも蜘蛛のモンスターなだけあり、人には不可能な動きをしてくる。寝転んだ様な格好で、足をドガードに向けて背後に回した腕で動き回ったのだ。そのままの勢いで突進してくる。
ガツンと今までの衝撃の比では無い威力のその攻撃にドガードの大盾が揺れた。ミシという嫌な音が、大盾を支えてた手首から鳴る。折れても、皹が入った訳でもない事は、軽く動かせば分かるが、それでも何度も受け止められる攻撃という訳でもない。
タンカーと言う役職上、慌てるような事はしないが、それでも早くルクスに正気に戻ってくれと思っていた。
そんなルクスだが、ラウジの腕の中で暴れていた。ラウジもまだ子供なルクスに感情のまま暴れさせては不味いと理解していたからの行動であったが、単純な実力の違いから簡単に抜け出される。それでも、何度も名前を呼んでルクスを捕獲しようとする。
「ルビーナとて冒険者だっ!!」
「っ!?」
ラウジが叫んだ言葉にルクスが反応する。それまで目の前で亡くなった為にルビーナの名前は出さないようにしていたが、それでもルクスの様子にイライラとしてきたラウジが、ルクスに現実を見せようと叫んだ言葉であった。
「ルビーナだって冒険者なんだ。いつ死ぬか分からない事だって理解してたし、自分がそんな危険な仕事に就いた事も覚悟してたさ。」
「だけど、だけど、あの時反応してたら助けられたかもしれないんだよっ!?」
「馬鹿に済んじゃねェっ!!」
ルクスが反応しラウジの方を見た事を知ったラウジが、畳み掛けるようにルビーナの死はルビーナの所為であることを説明するも、あの一瞬、ルクスは反応出来ていた事を話す。あの時一歩だけとはいえ、ルクスだけが反応出来ていたのだ。もう一歩踏み出しておけば、ルビーナを押し倒す様な形で助けられたかもしれないのだ。
そう涙ながら話すルクスにラウジは叫んだ。ラウジは先祖の借金を返す為に冒険者になった。だからこそ命は大事にするし、強敵が相手ならみっともなくとも逃げ出そうともする。だが、だからと言って冒険者としての覚悟を持っていないという訳でもないし、他の冒険者の覚悟を馬鹿にしたりもしない。
「お前に助けられるために、ルビーナだって冒険者になった訳じゃないんだぞっ!!」
「っ!?」
ルクスの自分がまるで物語の主人公になったかのような言い方に、ラウジはルビーナがヒロインになる為に冒険者になった訳では無いと言い聞かせる。その事に衝撃を受けたかのような反応するルクスを置いて、ラウジはドガードを少しでも補佐する為に立ち上がった。
あっ、という声をだし、縋り付いてくるような目をしたルクスを置いて、少し先でアサシンスパイダーの攻撃を受けきっているドガードの方へと歩き出した。
「ここで冒険者を止めるなら、止めちまえ。お前はまだ冒険者じゃないんだからな。」
これは、ルクスの冒険者としてやっていけるか如何かの試験であった。思わぬ事故で大冒険になってしまったが、それでもまだ冒険者ではないのだ。ここで冒険者として潰れるぐらいなら、家出先での貴重な体験程度に留め、実家の騎獣牧場を継げば良いだけである。
地上にはちゃんと送り届けてやるからよとだけ発して、大盾を蹴りつけた勢いで空中に跳んだアサインスパイダー目掛けて鉄のナイフを投げつける。その意識の外からの攻撃に驚いたアサシンスパイダーは、そのナイフを腕で弾いてしまった。
離れていくラウジの言葉に、俯いてしまったルクスはそのままの体制で、足音を聞いていた。手にはルビーナの冒険者カード。そのカードにルビーナの顔が映った気がして、ルクスは少し笑ってしまう。このダンジョンでパーティーを組んで冒険した時間は短かったが、それでも楽しかった。
自分がちょっとした失敗で落ち込むと、それに気付いたルビーナがすぐにふざけて笑顔にしてくれる。それをこんな時でありながら思い出してしまったのだ。がんばんなよ。そう声を掛けられた気がして、顔を上げた。
入らなかった力が入る様になった感じがして、足を一歩踏み出した。もう一歩、もう一歩と踏み出すごとにその力は湧いてくるようで、膝を曲げて、足の裏に力を留めて、ルクスは地面を蹴った。
アサシンスパイダーの動きにラウジとドガードは翻弄されていた。ドガードと言う壁役が居る事で、防御という考えを放棄する事で、何より盗賊という俊敏さを武器にする職業な事もあって辛うじてであるがラウジの攻撃も掠めるだけであったが効いていた。それでも自力そのものが違う所為で、戦況は硬直状態になってしまったのである。いや、ややラウジ達が不利であろうが。
「ぐうっ、しまったっ!?」
「ちっ!?」
だがそもそも実力も自力も違うのだ。次の瞬間には戦況も変わってしまう。ドガードが攻撃を受けて怯んだ瞬間に下から蹴り上げられて、大盾をかち上げられてしまう。その隙を突いてドガードに攻撃しようとするアサシンスパイダーに向かって最後の鉄のナイフを投擲するラウジ。
鉄のナイフは二本一組であったが、ダンジョンの特性上飛ばしたナイフの回収は出来ない。アサシンスパイダーの皮膚に弾かれたナイフはカランと地面に落ちた後、その姿は湯気の様に消えていった。
外殻を抜いてくる攻撃では無い為、目等の比較的柔らかい場所に当たらないのであれば、それは無視を決め込んでドガードへと踏み込んだ。
「でりゃっ!!」
ドガードが、アサシンスパイダーの爪は鋭く、人の首をまるで鋭い刃物で切り落としたかのように落としてしまう程で、やられると思った瞬間、アサシンスパイダーは蹴り飛ばされていった。
「ルクスっ!?」
「うん、ラウジ。僕は帰らないよ。まだ冒険するんだっ!!」
その小さな姿でありながら、今まで苦戦していたのがウソの様にアサシンスパイダーを蹴り飛ばしたルクスに、何で来たんだという驚きの意味を込めて名前を呼ぶラウジに向かって、ルクスは力強く宣言するように、冒険者を続けると言った。
その手には二枚のカード。ルビーナとカインの冒険者カードが握られていた。それを眺めるようにして呟く。
「それに、ルビーナさんが言ってたんだ。カードには魂が宿るんだって。だから家族の所に帰してやらないとカワイソウだってっ!!…だから、僕は君を倒すよ。」
カードを見ながらルクスは、ルビーナに聞いた話を思い出していた。カインというもうすぐ結婚する相手を無くしたルビーナに、何でそんなに元気なのかと聞いていたのだ。
その時ルビーナはルクスの方を向いて困ったように微笑み、そして話し出したのだ。
『悲しいよ。今も泣き叫びたいぐらい。でもさ、こんな場所にカインを置いてっちゃかわいそうだろ。ねぇ、なんで、カードは魔力にならないと思う?』
『えっと、そういう素材で出来ているから?』
『これ、唯の鉄だよ?…カードにね、肉体を魔力にされた魂が宿るんだって。これにはカインの魂が宿ってんだよ。だから、家族の元に帰してやらなくちゃ。泣くのはその後にしようって決めたんだよ。』
その会話を思い出したルクスは、カインのカードをルビーナの代わりに家族に届けなければならないし、ルビーナのカードも届けなければいけないと思ったのだ。だからこそ、アサシンスパイダーに指を突き付け怒りに燃える。
だが、そんなルクスの宣言を理解する頭を持たないアサシンスパイダーは首を傾げるだけであり、そして蹴り飛ばしたルクスに向かって麻痺毒の滴る爪を振るう。ルクスは一歩だけ横にずれそしてカウンターの要領で拳を突き出した。
「っ!!」
「当たってないっ!?」
当たったと誰もが思う中、ルクスの一撃は当たっていなかった。アサシンスパイダーがルクスの踏込以上の速度で後ろに跳んだためであり、二度三度跳んで、壁に張り付き、そこから消化液を飛ばしてくる。
「危ないっ!!」
ルクスの前へと躍り出たドガードが、その強力な消化液を大盾でガードするも、ジュウジュウと音をたて表面が溶けてしまう。
「なんて威力だ!?迂闊に近寄るなよっ!!」
「でも、遠距離攻撃の手段が無いよっ!?」
「むぅ…」
その威力にドガードが注意を促し、だが魔法使いであるルビーナがやられたため、距離を離した相手に対する攻撃手段が無い。その事に唸るドガードだが、アサシンスパイダーは六つある掌からそれぞれ糸をだし、そしてその糸を天井や壁に貼り付けると、振り子の要領でターザンの様に空中を疾走。そのまま空中から一番後ろに居たラウジへと攻撃を仕掛けてきた。
「ラウジっ!?」
「俺の心配すんなっ!!ドガードと構えてろっ!!」
普通ならラウジとしてもみっともなく泣き叫びながら、ルクスの方へと逃げるだろう。真面な武器を無くし、何より武装と言えるようなものを何もしていない。その上で不意を打たれた形になったのだ。だがラウジとしても、今の現状を何とかしなければいけなく、咄嗟に思いついた策を実行に移す。
ラウジの首に向かってアサシンスパイダーの鋭い爪が襲い掛かるも、ラウジはしゃがみ込み、その一撃を回避するや、足払いを掛けんとする。だが、ラウジが思った以上に頑丈であり、まるで鉄の柱でも蹴ったかのようだった。
「えっと、マジ?」
「ギシャァッ!!」
「うお、ちょっ、待った待ったっ!!」
そんな自分の思惑と離れた事で、呆然と呟きながらアサシンスパイダーの顔を見上げてしまう。アサシンスパイダーもそんなラウジの事情なぞ知らずに、その爪を振るった。
何だかんだ言いつつ、地面を転がる様に逃げるラウジ。その時ゴソッと音がした。それはポケットからしており、ラウジは訝しつつも、何でもいいから逆転の一手を探って、そこに手を突っ込んでそれを取り出す。それは石。来る時に倒したバイコーンの皮膚を裂くのにナイフ代わりに使った先が尖った石。
それを見てハッと閃いたラウジの真横。転がった体勢のまま考え事をしてしまい、見上げればアサシンスパイダーが見下ろしていた。
「…これでもくらいなっ!!」
思いついた事を実行に移すにはちょうどいい体勢であり、落ち着いて叫びながらその石を天井に向かって投擲する。
顔の横を高速で通り過ぎて行った物体に咄嗟にその方向、天井を見上げてしまうアサシンスパイダー。その間にルクスは再び転がる様にして脱出する。
アサシンスパイダーが見上げた先では、投げられた石が天井の水晶に当たり、砕いて水晶の雨がアサシンスパイダーに向かって降り注いでいた。だがその水晶はダンジョン内の一部であり、すぐに魔力となって霧散してしまう。
見上げていた顔にニヤリとした笑みを張り付け、ラウジに攻撃しようと前を向いた瞬間、目の前に、文字通り眼球の前に指を突き付けられた。
「ファイアっ!!」
「ギィヤァァァァァァ…」
「今だっ!!」
ラウジの指から生まれた火の初級攻撃魔法。着火魔法と間違えられそうな弱い物であったが、それでも眼球に向かって攻撃魔法が放たれ、目を焼かれる痛みに足を止めて顔を押さえ叫ぶアサシンスパイダー。その叫び声に負けない様に腹に力を込めて、合図の叫びを上げた。
「ナイス、ラウジっ!!」
「そら行けっ、ルビーナの敵を討ってこい。」
その合図にドガードの盾を足場にして、勢いよくルクスが飛んできた。足元はクイーンスパイダーの糸が散乱しており、踏み込むには少し心配であったが、その足場をドガードの大盾で代用したのだ。
ルクスが飛んで行く瞬間に自ら押し出すドガードの文字通りの後押しもあって、ルクスの体は弓の様に放たれた。足場が確りしており、踏み込むことが出来たのなら、その一撃が確実に当たったのならば、ルクスは負けない。
ルクスの強力過ぎる踏込の衝撃に、ついに両手首が折れたドガードの目の前で、痛みに呻きながらもルクスの方を見て立ち上がったアサシンスパイダーの腹へと、やや振り上げ気味の一撃が決まった。
「よっしゃっ!!」
「っ!?……」
ついに決まった一撃にラウジが拳を上げて気勢を上げる。だが、ルクスだけは浮かない顔をして、アサインスパイダーが吹き飛ばされて、舞い上がった土煙で見えなくなった先を注視している。
「如何した?」
「ねぇ、手応えが無かったんだ。」
「なんだとっ!?」
そんなルクスを訝しみ、ドガードが声を掛けてくる。ルクスは黙っている訳にもいかないと、その手応えの無さを話した。瞬間、ラウジが驚きの声を上げる。
「後ろに跳んで衝撃を逃がしたんだっ!?」
「そんな馬鹿なっ!!」
煙が晴れると、そこには腹から緑色の血を流しているが、確りと二本の足で立ち上がっているアサシンスパイダーが居た。ルクスは手応えの無さから、それが殴られた瞬間に後ろに跳んだものだと気付いて注視していた為に、何も言わないが、ラウジとドガードは驚きの声を上げてしまう。
だが、次の瞬間にはもっと驚く出来事が待っていた。本来ならボスを倒した後に扉が現れる筈の場所の横を、アサシンスパイダーが全力で殴りつけ、大穴を開けてしまう。その先には帰還用の魔法陣が見えていた。
そこから外へとアサシンスパイダーが逃げてしまったのだ。慌ててルクスが駆け寄るも、壊された壁は勝手に修復されていき、そしてボス部屋をクリアした証に、ボス部屋の中央に宝箱が出現。そして帰還用の魔法陣に続く扉が現れたのだった。
「マジか。逃げやがったっ!?」
「ふぅ、色々混乱する事ばかりだが、取り敢えず注意して帰ろう。ギルドに報告もしなければな。」
「…だな。」
宝箱の中身を取り、中身は鋼鉄の大盾。ドガードの溶けた大盾の代わりにちょうどいい。と言うか偶然にも同じものだった。ルクスを先頭にして、ラウジはドガードに肩を貸しながら魔法陣へと続く扉を開けたのだった。
ギルドの扉を開ける音がなり、そわそわとしながら仕事をしていたアイーシャはそちらを向いた。そこには待ち人がその姿を現しており、普段のアイーシャにしては信じられない行動に出てしまった。
「ルクス君、お帰りなさいっ!!心配したのよ。丸一日も帰ってこないから。怪我は無い?魔石を取ってきた?二階には到着できたのよねっ!?」
「ちょ、ちょっと待ってアイーシャさん。」
カウンターを飛び越え、ルクスに迫り、そして早口に質問を浴びせかける。流石のルクスもその剣幕にタジタジとなってしまっていた。ルクスの実力ならば、お荷物事ラウジを連れていても半日ぐらいで帰ってくると予想していた為、その予想が大きく外れて、約一日半帰ってこなかった為に心配していたのだ。
「おいおい、俺は良いのかよ?」
「あら、生きてたんですね?」
「本当にっ、受付嬢のセリフじゃっ、無いよなっ!?」
「良かった、無事で。」
「今更かよ。白々しい…」
「これで借金を取り立てられますね。」
「ウォイっ!!」
そのルクスの後ろから入って来たラウジが、俺の心配はと聞くも、ラウジの心配など普段からしていないアイーシャは、いつも通りのやり取りを始めてしまう。
「あら、あなたは確か、上昇の風のドガードさん?」
そんなやり取りをしつつも、ラウジの後ろから入って来たドガードに目を見開いて驚く。少なくとも二階層に入ったばかりだと言え、ラウジと共に行動するような低級では無く、ましてやメンバーが二人足りないのだ。
「すまん、早速だが報告がある。」
「あ、はい。こちらで聞きます。」
手首の痛みに耐えながら、ダンジョン内で起きた事をラウジや、ルクスも交えて報告する。行きにバイコーンが出てきた事は、ダンジョン横の仮設置された小屋で預かって貰っていたバイコーンの素材を見せた。
その報告に、緊急事態だと判断したアイーシャは上の人間に判断して貰う為、ギルド内を走り回る羽目となった。更にギルド内に居る他の職員も忙しくなってしまい、ドガードの治療の為にも、一度ギルドから出ようと言う話になる。
外へと向けて足を運んだラウジはこれからドガードがどうするのか気になった。ドガードのパーティーは二人も亡くなってしまい、今はドガード一人だ。
「そういえば、ドガードは如何すんだ?」
「…上昇の風の兄弟パーティーがある。そこに加えて貰うさ。だが、今は王都までの護衛の依頼を受けているらしい。帰ってくるまで、お前達のパーティーに加えて貰いたいんだが。」
「別に俺達パーティーという訳じゃ…」
「いいよ、ドガードさんが居てくれたら心強いからっ!!」
「おいこらっ、俺は心強くないってかっ!!」
「そ、そう言う意味じゃないよっ!!」
ルクスとは正式にパーティーを組んでいた訳じゃなく、これはルクスの試験であり、あくまで試験管として着いて行っただけと答えようとして、ルクスがラウジの言葉を遮りドガードに答えてしまった。その言い方はまるでラウジが頼りないからと言わんばかりで、怒りながら逃げるルクスを追いかける。
ブワッと風が吹いた。それは二人の背を押し、普段よりも速く足が前へと進む。笑いながらドガードがゆっくり歩いて二人の背を追いかけ、追いかけっこしていた二人も笑顔になってしまう。二人の背を押していた風は空へと舞いあがり、そして消えていった。