プロローグ6
「これ、俺居る必要ないよな。」
ぽつりと溢されたラウジの言葉がダンジョン内で響く戦闘音でかき消された。次の瞬間、ルクスの一撃がモンスターの腹にめり込み、吹き飛ばし、魔力へと変換させる。
「あっ!?」
「あーあ、魔石が飛んで行っちゃった。」
「落ち着いて行け。時間は幾らでも稼いでやるから。」
前衛でルクスが大暴れ。元々飛竜すら打ち落とす身体能力を遺憾無く発揮しており、巨大なカエルのモンスターであるビックフロッグが魔石と共に吹き飛んで行く。ラウジが案内したとはいえ、ラウジの能力ではそれが一匹の所なのか三匹の群体なのかまでは分からないが、それでもまったく問題にならない、問題になっていない。
初めての複数のモンスターとの戦いの時にルクスを抜けてきたモンスターが居たが、タンカーであるドガードがそのモンスターを足止めし、戻ってきたルクスによって沈められる。ルクスの攻撃が当たりずらい素早いモンスターもルビーナが魔法で攪乱し足を止めてしまう。
何だかんだと、それぞれの役割が被らなかった為に起きた奇跡の様なチームワークで、七階と言う深い階層を攻略していく。
まだまだ経験の浅いルクスであったが、そこは落ち着いた父親の様な雰囲気を持つドガードがフォローし、ちょっとした失敗で落ち込みそうになると姉御肌のルビーナが場を盛り上げ笑顔にしてしまう。
そんな三人の様子に何故かモヤモヤとしたものを内に抱えてしまうラウジ。実は何気に最年長であると言うのにである。
「それで、次は如何する?」
「あ、ああ。右に行ってみるか?流石にモンスターの連戦は控えた方がいいからな。」
「えっと…」
「そうだねぇ。私も魔力回復させたいし。」
一通り三人で騒いだ後、これからの行動をラウジに聞いてくるドガード。そんなドガードに左側の道からモンスターが進んできており、右側の道にいったん非難する事を薦める。ルクスは如何しようという感じにルビーナを見上げ、ルビーナが魔力回復の為に小休止を入れる事を受け入れた。
「にしても、スカウトが居るだけでこんなに楽になるんだね。」
「そうだな。戦闘ではお荷物でも攻略には欠かせないのだな。」
「おい、褒めるのか貶すのか、どっちかにしろよっ!?」
「まぁまぁ…」
カインはルクス程の実力は無かったとはいえ、それでもドガードとルビーナのパーティーの前衛役でありメインアタッカーであった。ラウジの様な専門のスカウトをメンバーに入れて無かった為、自分達でなんでもやってきたとはいえ、運悪く不意打ちを食らい、なにより力の強いサイクロプスの一撃でカインがやられたのだ。
不意打ちの心配が無くなっただけでは無く、ましてや自分達でも気付かない小さな疲れからくる挙動の乱れに気付いて指示を出してくれる存在に、心底有り難く感じている二人はラウジを褒めるも、ラウジの装備不足からくる戦闘力の無さはどうしようもなく、結局漫才のようになってルクスに慰められるのだった。
「おっと、ここに罠があるぞ。」
「ほんと優秀だな。」
「これは解除しなくていいのかい?」
「帰り際でいいだろ。」
右側の道を進んだ先でラウジが罠を見つけ出し、後方を歩いていた三人に注意する。それはかなり注意して見ないと分からない程で、それを見つけ出したラウジの手腕をドガードが褒め直す。ルビーナがその罠の解除をしなくていいのかと聞くと、この先は行き止まりであり、モンスターを罠に掛ける為に残しておくと言う。
ラウジの盗賊やスカウトとしての能力は実は高い方なのだ。真面な装備が出来ず、モンスターの気配や罠に敏感でなければ簡単に死んでしまう。そんな生活を十年以上も続けている為、しかも浅い階層であるとはいえ、借金の為に毎日の様に稼がなければならず、当然入ってくる魔力は少なくとも、ラウジはそれなりのレベルアップを果たしていた。
幾ら深いとはいえ、此処は上層部だと思われる階層であり、罠もラウジが知っている物でしかない為、モンスターの気配にさえ注意しておけばどうって事無かったのである。
「あっ、宝箱。」
「さて、何が入ってるやら。」
「罠は無し、開けてみるぞ。」
行き止まりの壁際に宝箱がポツンと置いてある。それを最初に見つけたのはルクスであった。宝箱に化けたモンスターも存在したりするため、ドガードが中身の心配をしつつ、ラウジがモンスターや罠ではないと調べ、声を掛けて開け放つ。
「鉄の手甲か、ルクスにちょうどいいね。」
「ぐぅ、せめて小剣でも入っていれば…」
「まぁ、パーティーとしての攻撃力が上がったんだからいいじゃないか。」
中身はラクシズ村でも安く手に入る防具、鉄の手甲。そのままの手の甲を被う鉄の防具であり、素手で戦うルクスにとっては立派な武器となる。その中に入っているのが小剣か片手斧であればラウジも前へと出てそれなりにダメージを与えられるものの、宝箱の中身は完全なランダムであり運の要素が強い。
それでもこの深さまで潜っていれば、この程度の武器防具の出現もそれほど珍しい訳では無く、この後攻撃力の上がったルクスが無双し、宝箱を三つ程開けて鉄のナイフを取得するのであった。
武器防具が外れていないか、少しの挙動が命取りになるボス戦で武装が外れて倒されると言う話をよく聞く為、ボス部屋の前で念入りに確かめる。
「なぁ、本来のボスモンスターって何だったんだ?」
「マジロベアーだ。」
「マジか、さっき戦ったよな。」
「うむ、戦ったな。」
そんな折ラウジがボス部屋のボスは何だったのか、元々の活動域が第二層だったドガードに聞いた。聞かれたドガードは別に隠す事柄では無かった為、自分も鋼鉄の大盾と背負った鋼鉄の大剣の具合を確かめながら答える。
その答えにラウジは頭を抱える。ボス部屋のボスモンスターは階層を隔てる壁の様な役割を持ち、今までの出現したモンスターよりも一つ上のモンスターが出て来る。下の階層では見かけても上の階層では決して出現しない。
マジロベアーと言うのは大きな甲羅を持った熊のモンスターで、相手の攻撃に対し、丸まって転がりながら突進してくると言うモンスターだ。鉄の手甲を手に入れたルクスに瞬殺されたモンスターでもあり、それ即ち、ボス部屋のボスが変わっている事を示す。
「下の階層に出て来るモンスターは基本、スパイダー系とワーム系だよな。」
「だな。と言う事はスパイダー系か?」
「たぶん、サイクロプスの様な他のモンスターが居ない訳ではないから分からんけど。」
ラウジとドガードがボス部屋のボスモンスターの考察をしている。マジロベアーでないとすると、下の階層から出て来るモンスターの主な種類から当てるしかなく、少しでも考えておくことで驚愕に体を止めるようなことを防ぐためだ。
スパイダー系要するに蜘蛛のモンスターとワーム、ミミズ系のモンスターが第二層では主なモンスターになる。この二種類は種類が多く特定は無理だろう。第三層にまで到達している冒険者でも全てに出会った訳では無いと言われている。
それぞれに特徴があり、地面の下から音もなく忍び寄り食らいつくワーム系モンスターと、ダンジョン内で唯一、自分から襲い掛かってこないスパイダー系モンスター。蜘蛛らしく罠を張って獲物が掛かるのを待つモンスターであり、巣の傍ぐらいしか活動範囲は無い。
どちらも隠密行動や不意打ちで襲い掛かってくるため、常に気を張っていなければならず、第二層の低階層で活動しているドガードパーティーも、第一層でサイクロプスが出て来ると思っていれば対処出来ていた。第一層の狭い通路の所為で、横薙ぎに棍棒を振るう事が出来ておらず、何よりタンカーと魔法使いがいるのだから、運が悪かったとしか言えない。
ボス部屋の特徴、これもダンジョン特有の現象と言われているが、ボス部屋の地形はそれまでの地形の特色を持った広場となっている。
巨体を持つワーム系モンスターが移動するには困難な固められた足場である以上、ボスモンスターは高い確率でスパイダー系モンスターだろう。第二層にサイクロプスの様な他の系統のモンスターが居ない訳では無いので確実とまでは言えないが。
「ルビーナ、魔力は如何だ?」
「大丈夫。殆ど回復したよ。」
「ルクスも手甲は緩んでないか?」
「こっちも大丈夫。」
ドガード達は二階層が活動域とはいえ、それもまだ入り込んだ直後であり、相手がスパイダー系モンスターとなれば油断する事など出来ない。ルビーナの魔力が回復したかどうか尋ねるドガードに、満タン近くになっていると告げる。ラウジはルクスの面倒をあれこれ見ており、擽ったそうにしているルクスに引き離されていた。
二人の返答を耳にして、ラウジとドガードは顔を見合わせ緊張で固まっていてはいけないと、皆で笑い合う。無理矢理笑う事で緊張を解したのだ。ルクスだけは何時通りにニコニコとしているが。
さて行くかとラウジが声を掛けると、おう!!と言う三者三様の返事が重なり、後押しされたかのようにラウジはボス部屋の扉を開いたのだった。
ボス部屋へと続く扉を潜った先は、第一層の特徴である整備されている通路。その通路の様な硬い足元が続く広場へと出た。その広場はまるで第二層の様な感じを受けるも、第二層とは違い高めの天井があった。天井にぶら下がる水晶がキラキラと光り、幻想的な空間を作り出して居るも、ラウジはあれ売ったら幾らになるだろうと即物的な考えを持ってしまった。
天井付近にモンスターは居ない。蜘蛛のモンスターであるスパイダー系のモンスターは天井付近に巣を張り巡らせ、その下を通りかかる獲物に襲い掛かる為、天井付近を注視していたが、蜘蛛の巣等何処にもない為、視線を前へと向けた。
「はっ!?」
ラウジの口から予期せぬ出来事だった為、思わず声が漏れる。ラウジ達の目の前には、スパイダー系のモンスターが鎮座しており、ラウジ達に尻を向けて、ゴソゴソと前足二本を忙しなく動かしていたのである。
ラウジ達の存在に今気付いたのか、背後を振り向き、八つのクリクリした丸くて黒い目を向けてくる。互いに無言で見つめ合い、先にモンスターの方が奇声を上げて飛び退いた。あえて分かり易く言うのならキャー、エッチであろうか。
どうやらダンジョンの変化の為にボスモンスターとして配置された直後の様でまだ巣を張っていなかったようなのだ。ダダダと割かし速い速度で壁際まで駆けた蜘蛛のモンスターは、壁をよじ登り、尻をラウジ達へと向ける。
「来るぞっ!!…どわっ!?」
ラウジの言葉に、地上で顔をノンビリしているスパイダー系モンスターと言うありえない物を見たドガードとルビーナはハっとし、意識を戦闘のものへと切り替える。ルクスは既にラウジの横に並び、何時でも攻撃できるように構えていた。
瞬間ラウジを押しのけ、ドガードが前へと躍り出る。大柄な自身すらも覆い隠せる様な鋼の大盾を構えてスパイダー系モンスターが大量に吐き出した糸を防いだ。
スパイダー系モンスターは、自身の属性に合わせた糸を紡ぐ事が出来る。その吐き出す糸は一度に相当な長さを生成し、時にはその量によって地形を変えてしまう程である。この糸の攻撃も、どうやらそれが目的の様で、ボス部屋の床は大量の白い糸で埋まってしまったのだ。
「これ、動きにくいよ!?」
「ちっ、流石は蜘蛛の糸ってかっ!?」
その糸は、獲物を捕らえる為のものだけあって、それなりに粘着性を持っていた。ルクスの馬鹿力すらそうそう発揮できなくなってしまったのである。
「相手はCランクのクイーンスパイダーの様ね。」
「冷静に観察している場合かっ!?」
「これ、燃やせないかっ!!」
「馬鹿ね。私たちの周りにもあるのよ?私達も燃え死ぬわ。」
ルビーナがボスモンスターの正体を知っていたようで、その名称を口にする。その慌てた様子の無いルビーナに、流石に自分の蜘蛛の巣に引っかかるわけもなく、スイスイと泳ぐように、かなりの速度で移動し攻撃を仕掛けてくるクイーンスパイダーの攻撃をいなしていたドガードがツッコみを入れる。
ランク自体はサイクロプスよりも上だが、サイクロプスの方が単純な行動をする分狩りやすく、実力で言えばサイクロプスよりも下の相手であったが、意外に苦戦を強いられていた。
ラウジがこの糸を魔法で燃やせないか提案するも、ほぼ床一面に広がる糸を燃やせば、それこそ自分達も炎に巻かれてしまう。
「ぐっ、このっ!!…当たらないっ!!」
近付いてきた瞬間を狙い、何とかルクスが攻撃を仕掛けるも、糸の粘着性に足を取られ真面に動けない為、クイーンスパイダーには当たらなかった。その事に歯噛みしてしまう。意外な苦戦に、周りが焦り出している事を悟ったラウジは、この状況を打破する為に頭を働かせる。
「何か、何かないか!?」
周りを見渡し、何か使えないかと見渡すも、それこそ大量の糸と岩肌。それに天井付近の何処から入ったのか光を反射している大量の水晶。
「水晶?…そうか、おいルビーナ、お前水属性は使えるかっ!!」
「水属性、そうね。その手があったわねっ!!」
水晶という言葉から水を連想したラウジがルビーナに声を掛けた。水属性の魔法の中には雨を降らせ、天候を変えてしまうものがある。火の上位魔法が使えるルビーナならば、他の属性が使えてもおかしくは無い。これが実力が低いと一つの属性しか使えない場合が多いがルビーナは第二層まで潜れるパーティーの魔法使いである。
「ウォーターレインっ!!」
ただの雨である。この魔法には酸の雨を降らせるアシッドレインの様な広範囲に攻撃を叩きこむものもあるが、限定された空間であるボス部屋では、ラウジ達にもかかってしまう危険性もある為、唯の水を降らせるものを選択したのだ。
だがその効果は覿面であり、厄介な粘着性が見る見る失われていったのである。自由に足を動かせるようになったルクスは、突然の雨で慌てているクイーンスパイダーに駆け寄った。
雨でふやけて、本来の防御力等見る影もない程弱ったクイーンスパイダーの腹目掛けて、拳を突き上げたのだ。
キュキュキューイという耳障りな音の様な鳴き声を上げて、天井へと打ち上げられるクイーンスパイダー。天井付近に生えていた水晶へと激突して、その背中に無数の穴を開ける。そして落ちてきた。ルクスに殴られた腹と、そして水晶に貫かれた背中の穴から魔力が煙の様に立ち上っている。
「ふぅ、やっと終わったわね。」
そんなクイーンスパイダーへと、すぐにも魔力となって消えていきそうな様子に安心してしまったのだろうルビーナが、魔石を回収する為に安易に近づいてしまったのだ。
「駄目だっ!!まだ終わってねェっ!!」
「えっ!?」
ラウジの叫びに、驚き振り向く。瞬間ザシュと言う音が鳴り、ルビーナの視界が反転していく。意識が無くなっていくのが分かり、最後に見たのは驚愕に目を見開くルクスの顔であった。ルビーナは、ルクスの目の前で魔力となって消えたのだった。