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プロローグ1

 薄暗い通路。剥き出しの岩肌なのだが無駄に整地されている場所を慎重に進んでいく。高さは成人した自分が普通に立って歩けるほどで、下の階層に行けば見上げるほどに天井が高い場所もあるが、少なくとも自分の居る上層部にはそんな場所は存在しない。


 四つ辻の曲がり角の所に気配を感じ、壁際に身を潜める。緊張からかやけに自分の吐く息が大きく聞こえ、思わずごくりと唾を飲み込んだ。耳を澄ませればヒタヒタと対象が歩く音がしている。ほんの僅かに距離が開いているようだ。


 フーフーと荒い息を吐き、高鳴る心臓を何も持っていない方の手で押さえ、目を瞑り逸る感情を抑える。右手に持った頼りない武器の感触に、一抹の不安を覚えながら、それでもやらなければいけないと思い直す。ヒタヒタと歩く音が大きくなり、すぐ傍まで来た事を知らせている。


 音が一瞬止まった。対象に気付かれたかと思いきや、再び音が遠ざかって行く。反転しただけの様で、それこそ千載一遇のチャンスであった。このチャンスを無駄にしてたまるかと、潜めていた身を躍り掛からせる。


 対象がこっちに気付いて振り向くもすでに武器は振り上げており、しかも後は重力に従って振り下ろすだけだ。頑丈な木の枝に石を括り付けただけの簡易の武器でも、硬い甲羅を砕くだけの威力はあったらしく、まるで氷の様に砕かれていく。


「スッポヌー打ち取ったりぃ!!」


 目の前の横たわる亀の様な魔獣は一瞬白目をむいて絶命するも、ダンジョン内であった為、すぐに魔力となって男に吸収されていく。亀の様な魔獣の居た場所に乳白色の水晶の様なものがコロリと転がった。


「いや~、久々のE級魔石ちゃん。会いたかったよ~…」


 男はそのコロリと転がった魔石を拾い上げ、涙を流しながら頬ずりする。誰かが居ればそんな男の様子に引いていたかもしれないが、男はソロ活動でパーティを組んでいなかった事が幸いした。


 男はこの近辺を活動場所とする冒険者である。すでに成人の歳は過ぎており、やや小汚いと評されるが、まぁ男と同じ冒険者の中には男よりも乞食の様な物も居る。背丈は高い方で、体質なのか細っそりしているが、筋肉質なのは見て分かる。


 魔獣が闊歩するダンジョンに居ながら、男の格好は軽装だ。所々敗れた布のズボンと布の服。武器は木の枝に石を括り付けられただけのハンマー。それもスッポヌーの甲羅を叩いた所為で折れて砕けている。代えの武器等持ってはおらず、帰り道に不安を覚えるも仕方がないと諦めた。男は所謂貧乏であったのだ。


 真面な武装等出来ず、だが家が残した借金を返す為、危険なダンジョンに潜り続けている。だがそんな軽装が足を引っ張り、魔獣と言えど、一般人でも武器を持てば狩れる様な弱い魔獣が徘徊する上層部から脱却出来ないでいた。


 魔石は魔力が凝り固まった物で、魔法具のエネルギー源となる為高値で取引される。弱い魔獣からは大した魔力が籠っておらず安いが、それでも日雇いの重労働に従事するよりは儲けが大きかった。


 男の居る上層部で手に入れられる魔石としては、E級は最上で、男のポケットに入っている魔石も殆どが、魔石としては価値の無いG級や、良くてF級である。その為男は思わず感涙してしまったという訳だ。


「あん?」


 男が倒した亀の様な魔獣の正式名称はバキュームタートルと言うが、冒険者の間ではスッポヌーと言われている。


「スッポヌー!!」


 それは何故かと言うと、そう鳴くからである。すぼめられた口から音を出す時に空気がそういう音になるからだと言われているが、本当か如何かは男は知らない。だが、今はそんな事は如何でも良かった。独特な鳴き声が反響して聞こえて来た為、視線を前へと戻すと、通路の奥の闇の部分からスッポヌーが勢いよく飛んできたからだ。


「どわっ!!」


 もう一匹居たのかよと言う言葉を飲み込んで、無様に転げるようにして避けた男は一目散に逃げ出した。


 不意を打って仕留める事が出来るか如何か程度の実力しか、それも情け程度とは言え武器を無くした今、真っ向から対峙して無傷とは言わないが、五体無事に済む程の実力が男にはないからだ。走って走って、気がついたら今何処に居るのか判らなくなっていた。


「……嘘だよな。」


 思わず呟いた言葉が薄暗いダンジョン内に響く。通路の先の闇の中から、ヒタヒタと歩く音が無数にし、幾つ物重なって濁音となっている独特な鳴き声が聞こえて来たからだ。


「た、たす、助けて~!!」


 男はみっともなく泣き叫びながらも、生き延びる為に鳴き声の聞こえない方へと走り出したのだった。






「た、助かったぁ……」


 何処を如何走り回ったのかは覚えてないけども、それでも男は正面の山の間から顔を出した太陽、朝日を拝んでいる。ダンジョンの入口で腰が抜けたように手を付いている男の様子を笑いながら、小奇麗な見るからに良い装備と分かる装備を身に着けた他の冒険者達が、今からダンジョンに潜っていくのか、ダンジョンに入っていく。


 ダンジョンで魔物を倒すと、魔力となってダンジョンに還元される。この時ダンジョンが吸収出来ない分が魔石となり、吸収もされず魔石にもならなかった魔力が傍の生物に吸収され、一定値まで溜まると存在格が上がると言われている。所謂レベルアップと言うやつだ。


 ただ、この魔力を効率良く吸収出来るのがダンジョンだけである。ダンジョン外でも魔物、魔獣は存在しているが、外で倒すと魔力化しないのだ。場所によって出て来る魔物のレベルもその時々で変わり、低レベル主体の狩場で高レベルの魔物が出て来ることもある。その代り武装具の素材を、その死体と共に残すのだ。


 ダンジョンが魔力を吸収するからこそ起こる現象だと言われており、詳しい事は分からないものの、実力が無い男は、階層毎に出て来る魔物のレベルが決まっているダンジョンを利用している。


「おー、一昼夜潜ってた事になるのか。」


 陰口や指を指されて笑われる事には、情けないが慣れてしまっていた。そんな周りの様子を無視して、男は手に入れた戦利品を換金する為に、疲れ切った体を休める為に、自分が拠点としている村へと歩き出したのだった。






 カランカランと扉に着けられた鈴が音を鳴らす。冒険者ギルドの受付嬢であるアイーシャはその音で扉の方へと向いた。


「生きていたんですね、ラウジさん。」

「そりゃねーよ…」


 自分でも冷たいかなと思えるような声が出た事に驚きそうになるも、その言葉で傷付き、みっともなく泣いている小汚い乞食の様な格好の男ラウジに向かっての物だった為、それ程不思議ではないかと思い直す。サメザメと泣いているが、ギルドに来た理由が換金である為に手に入れた魔石を木のカウンターの上へと転がす。


 これがもし上級クラスの魔石であれば、小さな傷すら付けるのが勿体無いともっと良い扱いをされるだが、真面な武装すらしていないラウジの持ってくる魔石など高が知れている為、アイーシャも何も言わない。


「E級の魔石が混じっているじゃないですか。」


 ラウジの出した魔石を鑑定しているアイーシャが驚きの声を上げた。ラウジの持ってくる魔石の中で、底辺にしては上等の部類に入る物が混じっていたからで、目の前のラウジがそんな物を持ってくる可能性等考えられなかったからである。


「誰から盗んだんですか?」

「盗んでねぇ!!不意打ちだったけど、スッポヌーを倒したのっ!!」

「ああ、なるほど…」


 だからこそ、ラウジの実力を知っている人間なら、まず窃盗を疑う。アイーシャも正しくそうで、ラウジを疑い、憲兵の詰所へと自首を勧めそうになった。まぁ、直後ラウジの叫んだ言葉にバキュームタートルぐらいなら背後から不意を打てば勝てると、成程と納得し、自首を勧める言葉は飲み込んだが。


「これで俺も武装出来るっ!!」

「…喜んでいる所悪いですが、無理ですよ?」

「えっ!?」


 E級の魔石に、幾つもの底辺魔石。合わせればそれなりの金額に上り、今月分の借金を返しても底辺の武器防具が揃えられるぐらいは残ると踏んだラウジは意気込むも、アイーシャは冷静にラウジに残酷な現実を突きつけた。


「な、なんで?」

「借金返済の期限は昨日までですよ?手数料が掛かってきますから…」

「あっ!?」


 今月の借金返済の期限は昨日までで、後一回分ぐらい足りないからと朝からダンジョンに潜ったのだ。欲張りスッポヌーを探して歩き回り、それでもスッポヌーに追いかけ回され、朝まで逃げていた事を抜きにすれば十分間に合う筈だったのだ。


「ラ、ラウジさん!?」

「ふ、ふふふ、ふふ…」


 ヘナヘナヘナとカウンター前に力無く崩れ落ちてしまったラウジを、こんなのでも一応数の少ない辺境の村の冒険者だと自分を納得させながら、アイーシャは慌てたように演技をしながら声を掛けたのだった。






 朝は誰にでも平等にやってくる。それは野生動物や魔獣にも例外なく、夜行性の生き物達が眠りに入る為、巣穴に戻る前から気の早い生き物達は活動を始める。


 大陸から離れた小島でもそれは当たり前で。海岸線に隣接する林から、最初に日光を浴びて夜の内に冷えた体温を取り戻そうと、砂浜に身をさらしたのは虫やそれに類する魔獣達であった。次に木々の魔獣達がノソリと光合成をする為現れる。最後に動物型の魔獣が、そんな木々の魔獣の生らす果汁を食べる為に姿を現した。


 小さな小島である為、面積が狭く、だが結構な数の生き物が犇めき合っており、当然縄張りを持つ物同士で闘争は絶えなかった。


 今日もそれが当たり前の様に、海岸線の砂浜の一角でそれは起きた。猿型の魔獣二匹が縄張りに侵入してきた相手を威嚇し合っている。虫型の生物は踏み潰されては堪らないと距離を離し、木々の魔獣達はそんなの関係ないと朝日の光の中に葉を晒していた。


 これも日常の一コマで、本来ならそれも自然の営みであった筈なのだ。最初は争っていた二匹の猿型魔獣が気付いた。二匹の叫び声に気付いた他の魔獣達もそれに気付くと、我先にと隠れだす。


 遠目に、水平線から顔を覗かせる朝日の中にポツンと影が差した。それは一見鳥の様で、しかし爬虫類の様な鱗に覆われている。自然の生態系のトップに君臨する竜。それも飛ぶ事に特化した飛竜と呼ばれる種である。


 この島にも何回か飛竜は飛来したことがあるが、それも滅多にない事。この島の立地が大陸から離れている事もあり、普通の飛竜ならばこの島まで飛来する事が出来ないからで、飛来しても疲れ切っており直ぐに過労死してしまう。


 だが徐々に大きくなってくる目の前の飛竜はその速度を落す事無く飛来してきており、それが体力が有り余っている。今までの飛竜とは一線を画する事を表しており、小島始まって以来の天災であった。


 逃げ遅れた数匹の魔獣は、せめて飛竜の動向でも目に焼き付けようとしたのか、草場に隠れながら徐々にその姿を大きくする飛竜を見つめ続ける。


 徐々に、徐々に。だが、すでに一般的な飛竜の大きさになっているが、いまだ影は海の向こう。動いていないのかと考えてみたが、それでも大きさは大きくなっており、飛来してきている事を知らせる。と言う事は、あの飛竜が大きいだけであり、瞬間空気を震わせる咆哮を上げ速度を増した飛竜が島の上部を飛んでいく。


 その大きさは一般的な飛竜種と比べても優に数十倍の大きさを誇る。そんな巨体が羽ばたけば、突風となって島全体を襲った。吹き飛ばされまいとしたがあっけなく空を舞い、それでも無事だった生き物達は再びギョッと驚く。


 海の上を走ってくる小さな影があるのだ。


 その姿は子供。それも生物の中では弱い方へ分類される人間の子供。そんな非力な存在の筈なのに、後方へと水飛沫を上げながら、泳いでいる訳でもなく、ただ沈む前に足を前へとやっているだけだろう。海の上を走ってくる。


 沿岸部に足を踏み入れようかといったタイミングでその小さな存在は足の裏を地面に叩きつけ、膝を曲げて跳躍。一瞬で巨大な飛竜へと飛びかかった。


「こらああぁぁぁっ!!レウッ!!ツマミ食い厳禁だって言っただろっ!!」

「ギャウッ!?」


 空気を震わせる大咆哮がその小さな体躯から発せられ、小さな存在が自分に追いすがってきた事を悟ったレウと呼ばれた飛竜が驚きの声を上げて、その巨大な体躯をやや慌てながら傾けた。


 瞬間ボッという空気が押し出される音が鳴り、レウの広げた翼膜を掠めながら何かが通り過ぎた。


 小さな存在を見ると足を振り上げた体勢で地面に落下仕掛けている。どうやら回し蹴りの様な形で蹴りつけたようだ。レウがそれを察知し、体を傾けた為にスカ打ったようだが。


 それでも空気を切り裂き、まるで飛んでいく刃の様に直線上にある物を切り裂いたようで、正面にある白い雲に切れ目が走り、反対側にある海に一本の道が出来上がっていた。


「グゥルワァァァァッ!!」

「あっ、コラァ!!逃げるなっ!!」


 そのスカ打った為にほんの僅かに遅れた挙動をチャンスだと判断したレウは、その巨体に比例する全てを薙ぎ払う様な咆哮を上げ、巨大な翼膜を羽ばたかせ更に加速。小さな存在を引き離しにかかる。


 だが、その小さな存在もそう易々と逃がすつもりもないのか、空中を海の上を走った要領で落ちる前に前へと足を動かし空中を走って見せた。空気を蹴って前へと進むその速度は地面を走っていた時と遜色なく、すぐにその小さな島からは見えなくなっていた。


 その小さな島に起きた災害を、その小さな島に生きる生物達は呆然と見送ったのだった。






「うぅ、どうせ俺は貧乏人ですよぉーだ。」

「こんな場所で落ち込まないでください。業務妨害ですよ?」

「酷いな、本当にっ!?」


 カウンター前で力無く涙を流しながら管を巻くラウジを冷たくあしらいながら、小さな辺境のラクシズ村の冒険者ギルドの受付嬢アイーシャはその手を止めない。


 冒険者の役割は依頼のあった場所の魔物の討伐や依頼で出された素材の収集であり、その依頼の数は多く、依頼品が遠距離の物になったりすることも多々ある。


 だからこそ受付嬢はその依頼書を読み込み、必要な情報やその依頼品のある場所を分別し、余りに遠距離にある時はその依頼品のある場所に近い冒険者ギルドに連絡しなければいけない。


 だからこそラウジを励ます時間など無いのだ。幾ら依頼の少ない辺境の小さな村のとはいえ、やる事は多い。


 夜が明けたばかりで冒険者の大半が出払っており、受付に居るのが自分一人しか居ないのもあいまってラウジに対する態度が冷たくなるのは自分でも自覚しているが…、そこで一度ラウジの方を見てこれでも良い方だと思い直した。


 ラウジの姿格好は御世辞に言っても乞食そのもので。悪く言えば着の身着のままの浮浪者。怪しい人とか犯罪者と言えてしまう。そんな存在が顔の穴と言う穴から汚い水を噴出し、泣いているのだ。思わず顔を背けてしまう。


 どうやって叩き出そうかとアイーシャが考えた瞬間、外からカンカンカンと緊急を知らせる鐘が鳴らされた。






 その日の見張りの男は運が良いと思った。辺境の村は魔物の襲来に備えて高い壁で覆われ、一種の城壁の様になっている。竜種といった空飛ぶモンスターが攻めてくることもあり、下手に低いと何の役目も果たさないからだ。


 その壁の上から見下ろす景色は壮観だが、何時も見ていれば飽きるもの。ましてやモンスターの襲撃に気を張らなければいけないとなると、見張りの役は不人気であり、だからこそ村の兵役に就いている人間が交代で行う。


 男もそんな村の兵役に就いている。見張りと言っても幾つかある門の傍の壁の上から、モンスターが傍に居ないか見るだけであり、ましてや冒険者達が出掛けの駄賃とばかりに狩って行くものだから、門の傍にはモンスターの数は少ない。


 だからこそもう一人の見張りの男と賭け事に興じる事も出来、しかも先程から勝ってばかり。酒も夕飯もグレードアップしたものを食せると男はホクホク顔だ。今日は運が良いと顔を空の彼方へと向けた。


「お、おい、あれ…。」

「あん、負けた俺に皮肉でもってか?」

「ち、違う、あれって…。」

「うん?…おい、あれってまさか……。」

「…りゅ、竜種だぁ!!」


 見張りの男の視線の先には脅威の一つ、天災の類として有名なモンスターのシルエットがあった。


 力は弱い部類に入る種類でも下手なモンスターの全力攻撃よりも上で、弓矢を弾く皮膚を持ち厄介なことに空まで飛んで火を噴く。


 竜種を見たら逃げ出せ。軍隊すら敵わない。そんな標語が生まれるのも致し方ない相手であり、ましてや万全な城塞等では無く、辺境にある一つの村の板の壁等有って無いに等しい物であるはずなのだ。


 見張りの男達はそんな竜種が近付いてきている事を知らせる為、緊急事態を知らせる鐘を力一杯叩くのであった。






「竜種ってマジかよ…」

「不味いですね…」


 この世の終わりの様な顔をして落ち込むラウジを無視して、受付嬢のアイーシャは頭を悩ませる。ラウジの反応は別に間違ってはいない。だが、緊急事態の時こそ冷静であるよう訓練を施されている華奢なアイーシャの堂々とした姿と比較すると少々所か、情けなさに本当に冒険者か疑わしくなる。


 アイーシャが頭を悩ませている理由は一つである。


「ラウジさん…」

「…言いたい事は分かるが、頼む、後生だから言わないでっ!!」

「…死んで来てください。」

「言うなよっ!?」


 それは冒険者の殆どが出払っている事であり、それこそ居るのは目の前の浮浪者としか言えないラウジぐらいである。


 竜種の飛行速度は御世辞を抜きにして言っても遅い等と言う事は決してない。ましてやシルエットの形は飛ぶ事に特化した飛竜種の物で、とてもではないが村人全員を非難させる時間が足りない。


 巨体なのか、結構な大きさに見えるが、まだまだ距離があるのが幸いか。いや、どのみちあの巨体で暴れられたら被害が大きくなるだけである事から絶望を感じた方が正しいだろう。ましてや相手は飛竜。すぐにでも飛来してくるはずだ。


 もう少し早く来てくれるか、もう少し後なら帰ってきた冒険者達で時間稼ぎが出来たのだが、目の前に居るのは実力等無いに等しいラウジだけである。


 だがそんなラウジすら使わなければ生き延びられない訳で、アイーシャはラウジの懇願を無視して事実を突き付けた。


 ラウジならどう足掻いても生き延びる事は出来ないだろうと。


「ほら、俺、まだ借金返してないし!?」

「ラウジさんの弟さんのラレンさんが居るじゃないですか。」

「…いやいや、時間稼ぎなんかならないって!?」

「ラウジさんを味わっている間は大人しくなると思いますよ?」

「…死ぬのは、嫌やぁ!!」


 腰が引けて、逃げようとするラウジの足を掴み、どう見ても受付嬢が出来る事ではないが出来てしまっている。逃げ出せない様に抑え込んでいるアイーシャ。


 死んでたまるかと言い訳、真実竜種と戦わない為の言い訳なのだろう、言葉をアイーシャに向かって放つもあっさり躱される。ついには駄々っ子の様に泣き叫び、手足をバタバタとさせだした。


『ギャァアオウッ!!』


「っ!?」

「そんな、早いっ!?」


 瞬間空気を振動させ、飛竜の咆哮が村の防壁の表面を吹き飛ばす。思わず瞑ってしまった目を開けたアイーシャは、既に目の前と言ってもいいぐらいに近づいた飛竜の飛行速度に驚き、飛竜の咆哮に身を竦めて固まったラウジを落してしまう。


『グワオォォォォッ!!』

「うっひぃ、もう駄目だァァァァ!!」


 そんなラウジの目の前に、無数の鋭い歯が並んだ咢が現れる。食われると思い込み、情けなくも叫び、少しでも生き延びられるよう逃げ出そうとしたラウジの上を飛竜は飛んで行ってしまう。


「あ、あれ?」


「こんのっ!!」


「どわっ!!」


 思わず呆けるラウジの背後。一部崩れた村の防壁を飛び越え、更に防壁の地面を蹴って宙に飛び出した影があった。その防壁の上を蹴った衝撃でラウジは危うく防壁の上から落ちそうになりながら、その影を目で追ってしまう。


 その影は黒髪の寝癖を直して無い様な、所々ツンツンと立っている髪形をした小柄な少年。そんな少年が巨大な飛竜に向かって飛び上がって行くではないか。


 「おい、ガキっ、危なっ……、嘘だろ!?」


 流石に子供が死ぬのはしのびないと、思わず注意喚起しようと叫ぼうとして、その少年の起こした行動に茫然としてしまう。


 少年は通常と比べても遥かにデカい飛竜種の上空まで飛び上がると、左右の拳を合わせて一つの巨大な拳を作り、それをハンマーの様に、落下に合わせて飛竜の背中へと打ち付けたのだった。


 本来なら飛竜種に、そんな攻撃等効く筈もないのにどれだけの威力があったのだろうか、その巨大な飛竜種は悲鳴のような鳴き声を上げながら地面へと落下。いや上から押しつぶされたように、拳が当たった場所を中心にして地に落ちた。その衝撃でか、巨大な飛竜が落ちた為飛竜の周りは窪んでいる。


「な、何じゃそらぁっ!?」


 ラウジの素っ頓狂な叫び声。今の光景を見ていた誰もが声にならない。大口を開けて驚愕している。そんな光景を背後に、少年は軽やかにスタッという音を立てて飛竜の上に降り立ったのだった。

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