8
「カイン、エバを捕まえたよ、エバを捕まえたんだ」
カインと僕はふたりきりだった。
アダムからの厳しい教育。
学問、戦術、実践。
怠ればすぐに罰が下された。
僕は何度も泣いた。
カインの前で何度も泣いた。
その度にカインは僕を慰めてくれた。
でも、カインは僕の前で泣いたことはなかったね。
僕は、きみの力になれていたのかな。
アベルが走る。廊下に足音が響く。
ノックもなくアベルはカインの部屋に駆け込んだ。
「カイン褒めてよ!エバを捕まえたんだ!」
その瞬間、アベルの表情は凍りついた。
「エバ…?」
そこには、イブがいた。
正確に言えば、イブのかたちをした生き物がそこにいた。
その生き物は、目を瞬かせ、アベルを見つめていた。
「な、んだ、お前は」
その生き物は応えない。いや、応えることができないのだろう。ただ、あー、とも聞こえる意味のない音を漏らすだけだった。
「ちがう、お前は、お前はエバじゃない」
アベルの中で、なにかが弾ける音がした。
カインはイブの髪の毛を手に入れた。
そしてカインはあることを思いついた。
この髪の毛からイブのクローンを造ればいい。
そうすれば、イブはずっとカインのもの。
愛を、安らぎをくれる。
それからカインの生活はその生き物中心の生活になった。
言葉を知らないその生き物に言葉を教え、食事を運んだ。
その生き物の髪を梳くとき、安らぎを感じた。
その生き物が無邪気に笑うとき、暖かさを感じた。
カインはそのとき、愛とは、与え与えられるものだということを学んだ。
その生き物が愛を教えてくれた。
そしてその生き物は今、最愛の弟に首を絞められている。
反射的にカインは、アベルに向かって、引き金を、引いた。
ねえカイン。
きみはいつも僕を支えてくれていたね。
僕は、きみの力になれていたのかな。