6
エバはそこにいた。
物心ついたころから、そこに。
俺たちはまだ子どもだった。
父親であるアダムに、彼女が俺たちの母親だと教えられた。
コールドスリープの装置の中で眠る、美しい彼女。
エバは必要なときにだけ起こされ、彼女の身体に過度の負担がかからない程度にだけ眠らされていた。
アダムによる教育は厳しかった。
アベルと俺は慰め合い育った。
そんな俺たちの心の支えはエバだった。
彼女さえ目覚めれば、優しく抱きしめてくれる。
彼女さえ目覚めれば、すべてうまくいく。
エバがきっと、優しさを、愛をくれる。
俺たちが最初に目覚めたエバに会ったとき、彼女は怯えていた。
なにが彼女を追い詰めているのかはわからなかった。
俺たちは必死で呼びかけた。
エバ、怖がらないで。
ぼくたちはエバの子どもだよ。
すると彼女は泣き崩れた。
そのとき既に彼女は声が出なかったので、涙の意味はわからなかった。
そして彼女は、俺たちの後ろを睨んだ。
憎しみと悲しみの混ざった表情で。
彼女は俺たちの後ろにいるアダムを睨んでいた。
その水槽の前にいるのは、カインの日課になっていた。ごぽごぽと音をたてる、青緑色の水で満ちた水槽。
エバさえ目覚めれば、すべてうまくいく。
優しさを、愛をくれる。
エバはけして、俺たちを裏切らない。
「エバ、そうだろう?」
カインがスイッチを入れる。
すると水槽は水を排出し、中は水の中に浮いていたものだけになる。水槽と部屋を隔てていたガラスが開き、中のものが露わになる。
カインはゆっくりとそのものに近付いて、手を差しのべた。
人の形をしたそのものは、ぱちぱちとまばたきをしながら、あたりを見回す。そして、カインをじっと見つめる。
「おはよう、エバ」
そのものは、イブのかたちをしていた。