5
壁という壁に、スクリーンが設置されている部屋。コード、そして様々な端末。
部屋の照明自体は薄暗いが、スクリーンからの光で部屋は満ちていた。
そこにひとりの少年が、キーボードを叩いていた。ノアである。
彼は侵入者の男に会い、違和感に襲われた。既視感、とも呼べる違和感に。
そしてノアは今まで記録を読み漁る。この塔で行われてきたプロジェクトの記録を。
数々のサンプルが作られては失敗作として処分されてきた。その末に産まれた成功作、被検体13F。彼は次々と研究記録を検索する。
そしてノアは彼の仮説にほぼ確証を持った。
スクリーンのライトが、立ち上がり呟くノアを青白く照らし出す。
「やっぱり…」
「今日はここで休もう」
男がそう言うと、イブは立ち止まり座り込んだ。
「疲れさせたかな、ごめんね」
イブは男を見上げて笑顔で首を振る。男はそんなイブを見て安心する。
ちいさな倉庫のような部屋。男は部屋の外の通路に侵入者を知らせるセンサーを設置すると、イブの元に戻る。
「寒くない?」
イブは笑顔で首を振る。そして男は寝る体制に入り壁にもたれて目を閉じた。
が、間近で不思議な音がするのが聞こえて目を開ける。
するとそこには自分の膝をぽんぽんと叩き、男の顔を見るイブがいた。
「…なに?」
イブは片手で自分の膝を叩き、もう片方の手で膝を指差して見せる。なにが言いたいのかはすぐに分かった。
「いいよ気を遣わなくても。まったく、そんなことしたらきみの膝が傷むよ。おやすみ」
男は再び目を閉じる。すると今度は手が伸びてきて、男は無理やりにイブの膝へと招かれた。
「わあ!もう、大丈夫だって!」
起き上がろうとするがイブの全体重で押し込められる。しばらく格闘していたふたりだが、男は諦めて大人しくイブの膝に頭を乗せた。
「まったく、きみってやつは」
呆れたように男は言う。そんな男を見てイブは微笑む。
イブは男の髪をいとおしそうに撫でると、遠くを見つめて唇を開いた。
イブの歌が聴こえる。
いや、聴こえるはずがない。彼女は声が出ないのだから。
男は目を見開いた。
見覚えがある。デジャヴ、いいやそんなものではない。もっと確かで懐かしい、記憶。
男はいつしかイブの唇に合わせて歌っていた。イブはそれに気付き、唇を止め男を見つめる。
男は壊れたオルゴールのように歌い続ける。
男は頭を抱える。そして目から一筋の涙を流す。
「イブ、僕はきみを知っていた。…知っていたんだ…」